第28話「隠密陰陽師」


「・・・こんなことは、認められない。」

陰陽学校おんみょうがっこう応接室おうせつしつのソファーで、男が小さくうめいた。

「この件についての交渉は、先日終えたはずでは?」

彼とガラス板の机を挟んで相対するは、作り物のような苦笑いを浮かべながら、ソファーにもたれかかった。

明るい髪に可愛らしいフェミニンな服飾。

しかし、そんな小動物のように無害を思わせる身なりにもかかわらず、彼女は極めて威圧的な雰囲気を放っていた。


如月きさらぎさん・・・これは裏口入学だ・・・・。」

「推薦入学ですよ浅木あさぎ教頭。西宮ヒルかれには陰陽師としての適正もありますし、投資価値がある。」

「それはだ。教育者として、こんな不正を認めるわけには。」

国益こくえきはお互いにとっての価値では?あなたが勤めているのは、国立の教育機関のはずですが。」少女は笑いを含んだ。

「しかし、教育機関です。学問にたずさわるものとしてこればかりは・・・」

浅木が断固した声で少女の要求に応えると、やれやれ、といった風に首を振った。


 そして彼女は、おもむろに鞄の中から二つの封筒を取り出すと、それらを机の上に置き、まず封筒の一つを浅木の方へと滑らせた。


「・・・・っ!!?」

封筒の中身を確認した浅木は、言葉を失った。


「娘さん。来月から中等部に進学なさるんですってね。おめでとうございます。きっと立派なお父上を誇りに思うことでしょう。」

 彼女の笑みは、とても優しかった。


「・・・わたくしたちとしても、このようなタイミングで貴方あなた更迭こうてつするのはじつしのびないのですよ。わかって頂けませんか。」

「・・・・・・・・・・・」

 浅木は何も答えられなかった。


 続けて彼女は、もう一つの封筒を浅木の方へと滑らせた。

凛子りんこちゃん、お父さんには遠慮して言えなかったらしいけれど、ガリアブランドMielのワンピースが欲しいんですって。・・・健気けなげむすめさんではないですか。お洋服くらい、で買ってあげてください。きっと喜ばれますよ。」

 

 浅木の手は、何かを葛藤しているかのように、震えていた。

しかしその震える手は、次第に彼女の渡した封筒へと伸びていった。


 彼女は浅木が封筒を受け取るのを確認するとひそかにニヤリと口角を上げ、そのあとは努めて優しい笑顔と明るい声で、浅木の良心を励ました。


「浅木さん、あなたは何も気に病む必要はありません。テロとの戦いは、我が国の正義だけでなく、国際社会が掲げる正義なのです。あなたは正しいことをしているのですよ。」

「・・・・・せい、ぎ・・・・・」

浅木の顔は、救いを請うような表情であった。

「ええ、まがうことなく。・・・話は終わりましたね?それでは、失礼いたします。」


 彼女は立ち上がり、で浅木を見下ろしながら、一方的に話を切り上げて、応接室を後にした。

 応接室を出た時、彼女の顔は冷酷れいこくさを感じさせる無表情に戻っていた。


 そんな彼女が陰陽学校の廊下を歩いていると、その背後に男が近づいていった。

その男は、これといって特徴のない、記憶に残らない顔をしていた。

「・・・車は・・・?」

少女は後ろの男へ振り返らず、呟いた。

「・・・こちらです。」

男は小さく彼女の問いかけに答えると、歩速を上げて彼女の前を歩き、彼女を黙って案内した。


 男が案内した先には、白い車体のセダンが止まっていた。

男は後部ドアを開け、彼女は当然のように車内へ乗り込んだ。


「お疲れ様です主任しゅにん。いかがでしたか?」

運転席の体格の良い中年の男が、車を発進させながら彼女に聞いた。

「順調よ。問題ないわ。」

「なぁ〜んか、チョーアッサリ堕ちちゃいましたねぇー☆」

主任と呼ばれた冷静な彼女の声に、それとは対照的なが被さった。

主任が声の方へ振り向くと、いつの間にか、隣に座っていたに変貌を遂げていた。

しかし主任は、その異常に驚く様子もなく、淡々と彼女に応える。

が良かったからね。助かったわ日野ひの。」

「・・・・はい、どうも。」

主任のねぎらいの言葉に、助手席の若い男が控えめに応えた。


「ハハハ(^◇^)、でも性的暴行レイプかぁ〜、それも自分のむすめに。マジメなやつに限ってカンジ?すえだねぇ〜♪」ギャルが愉快に笑う。

「それも娘の方もまんざらじゃないってのがね。良い運営材料うんえいざいりょうよ。正当化の余地が残っている方が、協力者モニターはよく働いてくれるから。」

「そういうのないとことありますものねぇ〜♪やっぱりみんな、善人でいたいし?」

「・・・っていうか山田。なんでアンタまた女装してんのよ。」

主任は、鞄から資料を取り出しながらに言った。

「女装じゃないですぅっ!変身ですぅ〜っ!」

山田はプリプリ怒った。

「どうでも良いけどウザいのよ、そのキャラ。」

「でもでも〜?「葉月」ちゃんの時の望月もちづき主任、ッチョ〜!可愛かったですよぉ〜?アレってゼェ〜ッタイわたしのこと意識してますよねぇ〜♪」

「・・・そう、ならうまく演じられてたわけね。アホな女学生じょがくせい。」

望月もちづき主任は資料をパラパラめくりながら、冷たく言った。


「あ?それって対象マルタイの?」

山田はめげずに望月の資料を覗き込んだ。

そのページには「西宮ヒル」の写真が掲載されていた。

「ええ、どうやって獲得かくとくしようかしらね・・・・。苦手なのよ、こういう男・・・。」

「まぁ珍しいタイプですもんねぇ〜。失うものがないクセにぃ、金で動きそうもないってカンジィ〜。・・・あっ!色仕掛けハニートラップなんてどうですっ!?こういう童貞ウブな子は初めての女に一途いちずなんですよぉ〜♪」

「山田アンタそれセクハラだから。・・・まぁ私も不得手ふえてじゃないし、考えはしたんだけどね。けど報告じゃ彼、EDイーディーらしいのよ。」

「うげっ!勃起不全インポっ!マジで無敵むてきじゃないっスかぁ彼ぇ・・・。この作業さぎょう、私やりますぅ?人的諜報ヒューミントなら自信ありますけど。」

「いや、いいわ。こんなのでもに関わってる作業だし、彼のことゼロするつもりもないから。」

「さっすが主任っ♪頼もしいっ♪」

望月もちづきの冷徹な声と山田の能天気な声が後部座席で交差する。

前部座席の二人の男たちは、それを黙って聞いていた。


 「・・・・主任しゅにん色仕掛けハニートラップ想像そうぞうしちゃった?・・・ふぅ〜♪」

助手席の日野は、突然背後うしろから耳元でささやかれ、耳に息を吹きかけられた。

「うわッ!!なななんスか!?」

日野は驚いて後ろを振り返ると、山田が日野を指差してケタケタと笑っていた。


「日野ぉ」

後部座席に振り返った日野に、望月が資料を読みながら低い声で話しかけた。

「は、はいっ!」

日野は、先ほどの自分の想像をかき消すように、真面目な顔で望月に返事をした。

対象マルタイ特異行動トクイはあれ、なんだったの?」

「はい。どうやら主任のいたワックの窓から「」を発見して、それを追いかけていたようです。」

「ふぅ〜ん、それで接触を?」

「ええ、ただし普雷アマクラの方でしたが・・・。そのあと、こま家の長男と接触して喧嘩になっていましたね。子供のケンカです。」

「狛って、あの埼玉の狛?」

「ええ、狛神社こまじんじゃかんなぎです。どうやら彼、やしろがずに陰陽師になるそうですよ。」

「・・・そう、あのガキはまた随分と格式高いところにケンカを売ったのね。それで?勝てたの?あの東国むさしの武士に。」

「まさか。でも一発だけ顔に良いのを入れましたよ。左拳のカウンターを、主任の時に使ったのと同じ魔法を使って。」

「・・・逓倍魔法オーバークロックね。まぁ無茶するわ。」

望月は呆れた風につぶやいた。


「・・・向坂こうさか、いるんでしょ?」

望月は、どこへ向けるでもなく、を呼んだ。

すると、ダッシュボードに備え付けられていたカーナビの画面表示が切り替わり、ディスプレイには美少女萌えアニメのキャラクターアイコンが表示された。

「・・・ゴホッ、ゴホッ・・・何でしょう・・・?」

車内スピーカーからは、き込んだ男の声が流れた。

「日野が話していた喧嘩の時の対象マルタイのデータとかって、アンタがくれたスマホから取り出せるの?」

「・・・ゴホッ・・・「データとか」というのは抽象的な概念だと思う・・・・・」

「あぁ〜、西宮ヒルマルタイ霊力タパス消費量と魔法プロセス管理が見たいのだけど。」

「・・・了解・・・ゴホッ・・・修正値じゃないけど・・・・」

向坂こうさかと呼ばれた音声が望月の指示を承ると、ディスプレイにはグラフや数字の羅列が表示された。

「どっひゃ〜、まるで神々ディーみたいな消費量ですね。よくこれで生きてられるわぁ〜。」

山田が驚嘆の声を上げる。

望月は眉をひそめながら、何かを考えていた。

「向坂、アンタさっき修正値がどうとか言ってたけど、それってこのデータが過大評価だってこと?過小評価だってこと?」

「・・・過小・・・ゴホッ・・・・スマホで衣服を挟んで霊力情報を受け取っているからその分・・・・ゴホッ・・・」

「まんま神々ディーじゃないですか?これ」珍しく真面目な声で山田が評価した。


 望月はディスプレイを眺めながら、運転席の男に問いかけた。

「・・・仁科にしなさん。の養父だったっていう西宮三郎にしみやさぶろうは、元隠密陰陽師シノビなのよね?」

「ええ、評価の高いウラでしたよ。シーズンレポートも常に「A」でした。」運転手が答える。

「それが突如行方ゆくえをくらませて、片田舎かたいなかで孤児院を経営していたと。・・・・そんな冗談あり得るの?にんにも捕まらずに逃げおおせて、なおかつ経営が苦しかったなんて。」

「はははは、顔もかなり変えていて、魔法もほとんど使っていなかったらしいですからね。それに常世とこよの魔法は、八洲やしまの魔法とはまた違った文化を持っていると聞いています。何か秘術のようなものを知っていたのかもしれません。」

「秘術ね・・・。出身が常世とこよかんなぎだったっけ?・・・泥沼どろぬまはまりそうだわ。」

「視野を広く取りすぎでは?主任。それはゼロの仕事でしょう。我々現場組には、情報の概観を知る術はない。」

「・・・ええ、そうね。・・・ありがとう向坂。それ閉じていいわ。」

望月は指示を出すと、ディスプレイはまたアニメキャラのアイコンへと切り替わった。


「けど仁科さん。対象マルタイと関係していることは間違いないわけで、なおかつ報告では対象マルタイの施設がに襲われた可能性もあるわけでしょう?そのときに西宮三郎は殺害されたわけで、おまけに赤蛇はお客さんの組織なら、西宮三郎まで調査範囲を広げるのは妥当なのでは?」

助手席の日野が、運転席の仁科に反論した。

しかし、日野の疑問に答えたのは、仁科ではなく、後部座席の望月だった。


「いや、彼の言ってることの方が正しいのよ日野。対象マルタイの特異性に引きずられて仕事を間違えるところだったわ。不思議な偶然が重なると、それらに関連性をつけたがる認知バイアスが働くものね。・・・でも私たちは、政治家でも神学者でも統合失調症患者でもなく、諜報部隊なのよ。私たちに求められているのは、面白おかしく情報を加工することではなく、加工される前の情報を集めることよ。どのみち西宮三郎がこの特命遂行さぎょうに必要なカードならば、ゼロが何かしら降ろしてくるわよ。。」

「・・・・・」日野は望月の答弁に無言で了解した。

「物事はなるべく離散的りさんてきに捉えるべきだわ。先入観せんにゅうかんは捨てなきゃね?」望月は仁科に微笑みを向けた。

「恐れ入ります。」仁科にしなは望月に恐縮した。


「あぁそうだわ向坂こうさか課長キャップがあなた一人じゃ大変だろうからって、隠密技術調査室ヤマから誰かウチに引き抜いてくれるらしいわよ。誰か希望ある?あなたの古巣ふるすでしょう?」

望月は思い出したように、ディスプレイに向けて問いかけた。

「・・・遠慮、します・・・・。僕と以外の魔法使いユーザーに、この部屋のモノは触らせたくない・・・・ゴホッ・・・。」

スピーカーから流れる彼の声は穏やかではあったが、ディスプレイのアニメアイコンはプンスカ怒っているようだった。

「そっ。じゃあキャップには私から断っておくわね。」

望月はあっさりと部下の意志を尊重した。

「お嫁さんともども、これからもよろしくぅ〜っス!」山田はディスプレイに敬礼した。


 ちょうどその時、望月のポケットから電子音が鳴り始めた。

「噂をすれば、ね・・・。」彼女は一言つぶやいてから、携帯の通話ボタンを押した。


「もしもし。お疲れさまです、キャップ。」

「・・・ご苦労だ望月くん。首尾はいかがかな?」

携帯から、低い男の声が響く。

「もちろん順調ですよ。おかげでご報告さしあげられることが少ないのが残念ですが。」

「それは良かった。・・・だが私の耳には、君について良からぬ噂も入ってきている。」

「まぁ、それは心外ですわ。」望月の悲しげな声でいった。

「・・・君は、ゼロに登録していない協力者モニター運営うんえいしているのか?」

「お言葉ですがキャップ。もう少し具体的におっしゃっていただかないとNoとしか答えられませんが。」

「「おに仕事人しごとにん」と、「西宮ヒル」という少年についてのことだ。」

「前者についてははっきりとNo、後者についてもNo、解釈によってはYesでしょうか。」

「解釈によっては、とは?」

「西宮ヒルは未だ獲得段階かくとくだんかいにあり、獲得後にはゼロに登録とうろくせずに運営うんえいするつもりであるということです。」

「そんなことが許されると思っているのか?」

「許されるも何も、公式オフィシャルに未成年、それも15歳の少年を協力者スパイに仕立て上げることの方が倫理的に問題では?・・・組織的に賢明な消去法ですよ、キャップ。」

「その倫理的に問題のある選択を君個人が実行しなければならない根拠を言いたまえ、望月くん。」

「西宮ヒルがテロリスト検挙けんきょに結びつく手がかりだからです、出浦いでうら課長。彼はリリス・チューリングと深い関係がある。彼を運営すれば、彼女を検挙することも、彼女からその背後にあるテロ組織「赤蛇RedSnake」の情報を引き出すことも可能となります。・・・うまくすれば「魔女まじょ図書館としょかん」へのアクセスも。」

「君にしては楽観的すぎる分析だ。もはやそれは君の希望と言って良いのではないかな?どうして一度君たちが逃した国際テロリストが、再びわざわざあえて、敵地の中の少年一人に接触するようなことに蓋然性がいぜんせいを感じることができるのかな?」出浦は呆れたような声で言った。

「我々が不合理な生物であることにかんがみてですよ。あとはそうですね、現場のカンでしょうか。」

「勘?勘だと?インテリジェンスに未開な文化を持ち込まないでくれ。」

「果たしてそうでしょうか?特徴量とくちょうりょうですよ出浦さん。人工知能が大量のサンプルデータを通じて物事の素性をコード化学習し出力するように、私も多くの現場の経験を通じて人の不合理性に対する見地を得ているのですよ。ただし前者の例と同じく、原理コードが他者に理解できないブラックボックスであるという批判に関しては甘んじて受け入れますがね。」

「・・・・」

「出力に問題がないのであれば、よろしいのでは?」

「・・・君が私の部下でなければね。」

「もちろんキャップをご安心させる情報もございますわ。西宮ヒルが呪詛じゅそによる負傷を負った時、リリス・チューリングは彼を助けるために、へ信号を発しました。確実に敵対関係にあり、自らの監視者である我々隠密陰陽師おんみつおんみょうじにです。これは二つの興味深い可能性を示唆しさしています。一つ目は、彼女が「西宮ヒルたった一人の少年」のためにリスクを負ったということ。二つ目は、我々の視察しさつはモロバレであったということです。後者については極めて不愉快な可能性ではありますが。」

「・・・君が「鬼の目の仕事人」を運営したという噂のあの夜か。」

「あの半陰陽ふたなりは極めてビジネスライクなパートナーですよ。我々はの手続きに従って業務の一部を委託した、それだけです。アレを陽動ようどうに使って我々が陰動いんどうに徹する伝統的な手法をとったのですが、さすがは年の功といったところでしょうか。何世紀も国際魔法警察機構IMPOから逃げおおせている魔女というのは、一筋縄ひとすじなわではいきませんね。」

彼女は自らの失敗を、淡々と話した。

「我々としては、彼女と敵対するよりも、お友達になりたいですわ。」

「国際テロリストとか?極めて挑発的な発言だな。」

「今もどうかはわかりませんよ。彼女が未だ赤蛇RedSnakeであるという確証はない。」

「そういう事実を示唆させる報告は私の元へ上がっていないが、それも現場の勘かな?それとも君の報告していない情報からの分析かな?」

「同じことでは?キャップはお忙しい方です。退屈で瑣末な情報群ブラックボックスの中身も全てお聞きになられる余裕があるのなら、確証に対する議論についてご報告させていただきますよ。」



「・・・・・・・・・・いや、いい・・・。君は優秀だ・・・信じよう・・・。」

「恐縮です。」悄然しょうぜんとした出浦の声に、毅然きぜんとした声で望月は応えた。

出浦は、大きなため息をついた後、続けた。


「・・・我々隠密総務課おんみつそうむかの中でも、君たち「調査第六担当ちょうさだいろくたんとう」だけは毛色けいろが違う・・・。

ゼロからの特命とくめいを遂行する、ゼロ直属の精鋭部隊だ・・・・わかっているさ・・・。」出浦の声には卑屈さが混じっていた。

「・・・どうせ君のカンとやらも、私を迂回うかいしてゼロから君たちに与えられた情報をもとにしているのだろう・・・?」

「まさか。考えすぎですわ。我々のボスは、出浦盛清いでうらもりきよ主神使しゅしんし、あなたですよ。」

望月の声は、出浦を励ますような声だった。


「しかし望月もちづき千代女ちよめ権神使けんしんし・・・。君の以前の所属は「五行戦隊ごぎょうせんたい」だったのだろう・・・?総理大臣そうりだいじん部外司令ぶがいしれいによってのみ展開する魔法庁の最終兵器・・・・。聞くところによると、その司令官はゼロであるという話ではないか・・・・・。」

「・・・・」

「君はゼロの正体を知っているのではないか・・・?あるいは、ゼロとの直接的なパイプを––––––––」

「ナンセンスですわキャップ。私たち隠密にゴシップに返答する習慣はございませんし、ゼロの正体は何者も知らないし、知ろうとするべきではない。」

望月は出浦の質問を笑いながら遮った。


「・・・・ならば何故なぜ・・・君はゼロを恐れずにいられる・・・・」

「恐れる、ですか?」

「私の目には、君はゼロに刃向かっているように見える・・・。ゼロは隠密陰陽師に対して横断的な権力を持ち、隠密の獲得した協力者モニターを管理する権利を持っている・・・。したがって、我々が獲得した協力者は全てゼロへ登録することが義務付けられている・・・。その義務を、あろうことかゼロから特命を受けている立場の君が放棄しているのだ・・・・狂気じみている・・・・。」

「まだでしょう?鬼の目の件については、疑いも晴れたはずですが?」

「我々の感覚でいえば、ゼロの特命の一部をすること自体、狂気じみているんだよ。」

「彼女はアレでなかなか有能なのですがねぇ、内部の人材より。・・・まぁ良いでしょう。キャップの疑問に対する回答は難しくはない。我々はゼロを信頼しているのですよ。恐れるのではなく。」

「・・・信頼?」

出浦は、ではなおさら・・・、とでも言いたげな声だった。

「ええ、信頼です。出浦課長は幹部候補キャリアの陰陽師で、オモテ隠密シノビしか知りませんから無理もないのですが、我々のようなウラ隠密シノビというのは、その、あまりのですよ。」

望月は思わせぶりな言い方をした。

「そしてゼロというのはむしろ、ウラのボスという面の方が強い。我々が行っている「ゼロの特命」というのも、言い方を変えれば、非正規任務ですから。・・・したがって、ゼロは我々ウラに対しては意外に柔軟です。そのかわり、それなりの結果を要求してきますがね。・・・私の狂気なんて、可愛いものです・・・・。」

望月が曖昧な説明を終えると、出浦は一つため息をついた。彼は、彼女の説明を理解したようだった。

「・・・・やはり君は・・・・・。なるほど・・・私は所詮しょせん、お飾りだったということかな・・・・・。」


彼女は、悄然しょうぜんとする出浦の声に、毅然きぜんと答えた。

「出浦さん。私がなぜ、西宮ヒルの非登録での運営を貴方アナタにご報告しなかったか、わかりますか?」

「・・・・・・」

貴方アナタ経歴キャリアに傷をつけないためですわ。・・・出浦さん、アナタはゆくゆくは魔法庁の事務次官になるべき方です。我々はそれを望んでいるし、それを応援しています。」

「・・・事務次官・・・・」事務次官は、魔法庁官僚の最高ポストである。

「そのためには、貴方は潔白でいなければなりません。部下の功績は栄転に役立てつつも、部下の失敗・不祥事には関せずにいる必要がある。・・・・非登録運営は、私個人の不祥事ふしょうじなのですよ、出浦さん。」

「・・・・・」

「貴方は正義感のある、とても善良な陰陽師です。だからこそ、あまりこちらに踏み込むべきではない。聞いてしまえば、関わることになる。」

彼女は強く念を押すように、出浦に言った。

「我々がまたそうであるように、オモテにはオモテにしかできない仕事があります。適材適所なのですよ。課内でも毛色の異なる我々を受け入れ、課内の他担当と横断的に調整し、協力体制を実施することは、隠密総務課長である貴方にしかできないことです。出浦さん、貴方だけにできることです。」

出浦は黙ったままだ。

「・・・何卒ご了承いただき、本工作の現場については我々に一任していただきたいですわ。」


「・・・非登録ということは、彼の運営資金は望月君個人の持ち出しかな?」出浦が口を開く。

「もちろん。工作費とは別に用意しておりますわ。」

「足りるのか?」

「人の不合理のおかげで。人が皆経済的に合理的ホモエコノミクスなら、我が国の不況がここまで長引くこともないのでは?」

「ははは、その通りだな。」

出浦は彼女との通話で初めて笑った。


「・・・わかった。望月くん、私も、君を信頼しよう・・・。」

「恐れ入ります。必ず良い結果をご報告に入れますよ。」

「頼もしいな。・・・それでは」

「あっ、そうですキャップ、先日ご提案頂いた電子諜報シギント隊員の拡充の件ですが」

「あぁ、あの件か」

「大変ありがたいのですが、今回はご遠慮させていただきます。我々の「調査第六担当」チームは「五人」編成で十分という結論に至りましたので。」

「・・・そうか。了解した。」


 出浦は通話を切り、望月は携帯をポケットにしまった。


「もうすぐ着きますよ。」

運転席の仁科が望月に知らせた。

「そう。・・・山田。」

「あいあ〜いっ!」

望月の呼びかけに不真面目な返事をした山田は、不真面目でないメイクセットをどこからともなく取り出し、あっという間に望月の崩れかけたメイクを直した。


 予告なく車が止まる。

望月は荷物を持ち、ドアに手をかけた。


「それじゃあ・・・・・行ってきまぁ〜っスっ♪」


ドアを開けた瞬間から、「望月もちづき千代女ちよめ」は「葉月はづき千夏ちなつ」に変身した。


「行ってらっぴ〜☆」


葉月は、山田の素っ頓狂すっとんきょうな挨拶にも愛想あいそよく応えてから、日常の闇に、溶け込んでいった。




 隠密陰陽師おんみつおんみょうじ

それは魔法庁まほうちょう公安局こうあんきょくに所属する、中つ国の諜報インテリジェンス魔術師マジシャンである。








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