第27話「正義感と一般化」
「ギャーーッ!!」
ヒルと狛の間に、けたたましい鳥の声が響いた。
狛の放った光弾は、ヒルに直撃することはなかった。
光弾は、ヒルの直前で障害物に阻まれ、目標に到達することができなかったのだ。
障害物とは、狛がヒルの蹴りを防いだのと同じような、青白い光の壁とフクロウだった。
ヒルと光弾の間に突如としてフクロウが割り込み、このフクロウが
ただしその赤い光弾は、ただ
光弾は、シールドに当たると砕けたように四散し、小さな光弾となって、シールドを回り込んでフクロウを攻撃した。
光弾が直撃したフクロウは悲鳴をあげると、身体を霧に変えて四散した。
フクロウが消えた後には、鳥類形の「白い紙」だけが残された。
「に、ニワシヌ!!」
二人の少年の間に、少女の声が響いた。
二人が声の方に振り向くと、そこには悲しみと不安に歪んだ表情をした
「・・・あ、あの、ケンカは、や、やめま––––––––––––」
「余計なことしてんじゃねェぞタコッッ!!!ぶっ殺すぞッッ!!」
二人の少年の睨みにも似た注視を受けて、ミナは何かを言おうとしたが、それは
ミナは、疑いようもなく自分に向けられた敵意に怯え、小さく悲鳴をあげると、体を縮めこませて目をつぶった。
しかし、暗闇の中の彼女にさえ、現実は追い打ちをかけた。
「・・・
ミナは始め、言われたことの意味がわからなかった。
だから彼女は目を恐る恐る開けて、発言者の顔を見たのだが、彼の表情はあまりに饒舌だった。
狛は、軽蔑の目をミナに向けていた。
その軽蔑は何か、憎悪を含んでいるようにさえ、ミナには思えた。
ミナは、ここまで敵意を向けられたことも、軽蔑を向けられたことも初めての経験だったが、何より一番心に
それは彼女が初めて受けた、世間一般で言うところの「差別」かもしれなかった。
彼女は、言葉を失った。
「・・・口を挟むようだが––––––」
険悪な雰囲気の中で口火を切ったのは、
うつむくミナを慰めるように彼女の頭を軽く二回叩きながら、オークは狛に向かって無表情で言った。
「少し冷静になってみたらどうかな。今の式は、「ケンカ」で使って良いものだったかい?彼女が止めなければ君だって面倒なことになっていたかもしれない。」
「・・・チッ・・・っ!」
狛はオークの問いに答える代わりに、舌打ちをした。
ある意味それは、彼自身オークの指摘を自覚していることの表現でもあった。
続けてオークは、ヒルに向けても言った。
「君も、せっかく助けてくれた彼女にそんな態度はいけないだろう?」
「・・・なんだバケモン、アンタには関係ねェだろ・・・・」
ヒルは血の混じった反吐を吐いて、オークに噛み付いた。
「あるよ。彼女は私の友達なんだ。」
オークはヒルの悪態にも顔色ひとつ変えず、さらりと言ってのけた。
うつむいていたミナが、オークを見た。
ミナはドン底で受けた優しさに泣きそうになった。
「・・・・チッ・・・っ」
ヒルはきまり悪く舌打ちをし、それ以上何も言えなくなった。
「・・・・まったく・・・・」
オークが思春期男性特有の面倒くささにため息をついたその時だった。
「ドロボーーーーッ!!!」
その場に悲鳴にも似たけたたましい声が響いた。
その瞬間まるで脊髄反射のような勢いで、狛は声の方へ飛び出していた。
狛の目の前を、法定速度を無視した箒が二つ、飛び去っていく。
運転者は、目隠し型の
「・・・二人組の強盗犯か・・・・」
狛は素早く状況を察すると、左手で
照星とは、先ほど狛がヒルを相手に発動させた「照準部」を持った円形の光の模様である。
狛はその照星を使って、暴走箒の一つに狙いを定めると、右手の十手で照星を叩き、光弾を撃ち放った。
光弾は狙い通りに見事命中。
暴走箒は地上に落下して、運転者を守る
狛は命中を確認すると、すかさずもう一つの暴走箒へと照星を向け、狙いを定めた。
しかし狛が照星を叩く前に、照星は狛に「射程圏外」の表示を示した。
狛は小さく舌打ちをしながら、懐から4枚の高級和紙で出来た
「・・・
彼が呪文を唱えると、和紙は
そして、狛がその妖しい紙たちを宙へ放ると、それらは空中で炎を
その四匹の犬たちは、無垢な真っ白い体毛の中に原色的な赤い模様を持つ、中つ国の伝統的な
「走れッ!!」
狛の号令とともに、式神たちは一斉に四方に駆け出した。
それもまるで重力を知らないかのように、壁や建造物なども構わずに走り、飛び跳ねながら。
次に狛は、懐から今度は普通紙の
「お前は履歴の式で倒した
犬の式神は
「・・・い、一度に五枚の式神を・・・すごい・・・っ!」
遠くで狛の様子を見ていたミナは、驚嘆の声を漏らした。
「・・・とても優秀だな・・・・それだけに、惜しいが・・・・」
オークは言葉少なく、地面にかがみ込む狛を眺めていた。
狛は十手を地面に突き立てて、地面を
ディスプレイには四丁目の地図が映し出され、式神の位置を示す点と犯人と思しき者を示すいくつかの点が
彼は地面に映し出された地図を触って操作したり、呪文を唱えたり、簡単な命令をかけたりしながら、式神を操っていた。
そして数分後、彼は若者にしては珍しい二つ折りの携帯電話を取り出し、どこかへ電話をかけていた。
「・・・事件です。・・・いえ、二人組の強盗犯を確保しました。一人目の場所は右京二条四坊十五町で、大きな
狛が電話をかけている横には、強盗の被害にあった背広姿の男性が不安そうな表情で立っていた。
狛が電話を切った瞬間から、男性はまくしたてるように状況を聞きたて、結果心配ないことを知ると、怒涛のごとく感謝の言葉を狛に述べた。
狛の顔が終始仏頂面だったので、不安を駆り立てられたのだろう。
この少年は、感謝を述べられている時でさえ、ニコリともしなかった。
それどころか彼は、自分たちを遠巻きに見る野次馬たちを一瞥すると、その表情から軽蔑を隠さなかった。
「・・・こいつらは、悪を目の前にしても見て見ぬ振りだ・・・・。こいつらだ・・・こいつらが、この国を腐らせたんだ・・・・。」
彼は誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。
そんな狛の背後を、不穏な人影が狙っていた。
怪我を負ったその男は、右手に木製の杖を握り、狛に向かって今まさにそれを振るおうとしているところだった。
「腐ったことしてんじゃねぇよタコ。」
しかしその男の試みは、突然の背後からの蹴りによって無力化された。
そこには、煙草をくわえた西宮ヒルがポケットに手を突っ込んだまま立っていた。
彼は強盗犯が落とした杖を取り上げると、不思議そうに二、三度振ってみた。
「こんな棒きれがねぇ・・・。おい、何も出ねぇぞ?アイツみたいに火とか出ねぇのか?」
ヒルは強盗犯に聞いてみたが、返事はない。
「チッ・・・あのクソメガネ、ライターぶっ壊しやがって・・・・」
彼は舌打ちしながら強盗犯のポケットを漁り、ライターを探していた。
「ガルルルルッ!ワンッ!!ワンッ!!」
「ん?なんだテメェ犬っころ」
他人のポケットを漁るヒルに、狛の式神が吠えた。
その式神の先ほどまで赤い模様だったものは、今は炎のようなオーラへと変わり、威嚇的な雰囲気を纏っていた。
「・・・ん?燃えてんの?お前」
ヒルは式神に近づき、その炎にくわえ煙草を重ねて点火させた。
「・・・礼は言わないぞ
相変わらずの仏頂面で、狛はヒルに話しかけた。
「テメェの礼なんざ期待してねぇんだよタコ。こっちのお礼参りが先だ。」
ヒルは紫煙を吐きながら、狛に応えた。
「おら始めんぞ。続きだ。」
ヒルは吸いさしのタバコを指で弾いて、狛を睨みつけた。
「受けてたつ。・・・来い
狛もまたヒルに応えて、冷静に構えた。
しかし、再戦は叶うことはなかった。
「
狛の背後から、中年の男の声が飛んできた。
狛の身体は、その声を聞いた瞬間こわばり、緊張したようだった。
狛は、ヒルに脇目もふらず、すぐに男の方へ振り返った。
「強盗を捕まえたようだな。よくやった。」
狛に声をかけた背広姿の男は、厳格な雰囲気を纏っており、短い言葉で狛をねぎらった。
「いえ、当然のことですから。・・・父上も、
「問題はない。ただみんな残念がっていたよ。狛の
「・・・・申し訳ありません・・・・。」狛は男に頭を下げた。
「・・・怪我をしたのか?光成」
男は自分の左口端を指差して、狛が口を切っていることを知らせた。
「あっ、いえこれは・・・」狛は血を
「・・・気をつけろ。お前は勝って当然かもしれんが、狛の
男はそれだけ言って振り返ると、あとは黙ってその場を去り始めた。
「・・・申し訳、ありません・・・・」
狛も、男の後を黙ってついていった。
「おいッ!」
ヒルが狛を呼び止めた。
狛は、それに応える代わりに、わずかにヒルを一瞥した。
「知り合いか?」男が問う。
「・・・いえ、知りません。」
狛は目を背けて答えた。
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