第26話「喧嘩と魔法」

 傷だらけのヒルを目の前に、無傷のこま光成みつなりは舌打ちをした。

客観的に見れば、優勢なのは明らかに狛の方だ。

しかし彼の中には、拭いきれない焦燥が生まれていた。

(・・・何をしているんだ僕は。なぜ決めきれない。なぜこいつを立ち上がらせる。こんな構えも知らない、武術も魔術も知らないチンピラに・・・)


 狛の睨みに、ヒルは血の混じった反吐を地面に吐いて応えた。

「・・・・どいつもこいつもよォ・・・・魔法だがなんだか知らねぇが・・・ナメくさりやがってよォ・・・・」

ヒルは目の奥に鈍い光を宿らせながら、不気味に揺らめきながら、狛に近づいた。

そして彼は射程圏内に入ったと同時に、幾度目いくどめにもなる無骨なブローを狛に放った。

狛は冷静にヒルの拳を捌きながらカウンターで縦拳(直突き)を顔面に見舞うと、相手の体勢の崩れを利用して背負い投げを仕掛けた。

狛の投げは、綺麗に決まった。しかし、彼の焦燥は増すばかりであった。


(・・・コイツ、拳速も圧力も増してないか・・・?・・・寝技ついげきを仕掛けるか・・・?イヤだめだ・・・僕は狛の人間だ・・・こんなチンピラを相手に服を汚すわけにはいかない・・・・あくまで受けに徹するんだ・・・・。)


 狛は静かにヒルから距離を取り、冷静に言った。

「・・・いい加減にしたらどうだ。もうそろそろ疲れただろう?」


 狛の言葉に答えるように、ヒルは震える膝を抑えながら、無言でゆっくりと立ち上がった。

ヒルは意外にも、頭をはっきりさせたまま思考していた。


(・・・なるほど強ぇな・・・・このチビは・・・・・。

柔道とか柔術っつ〜のか・・・?触れられた瞬間みたいに投げられちまう・・・・割とマジに効いちまってるぜ・・・・。

おまけにコイツは打撃も知ってやがる・・・・重さはねぇが・・・俺より速ぇ・・・・。

・・・けどよォ・・・俺もわかってきたぜ・・・・このメガネのかたも・・・・使も・・・・。

・・・・あたま・・・使ってみっか・・・・)


 「狛光成」と「西宮ヒル」は、性格も趣味も格闘スタイルも、何もかも正反対であった。

しかし、そんな水と油のような二人は、皮肉にもこの時まったく同じことを強く心に想っていた。


(・・・こんなチンピラに遅れを取るわけにはいかない・・・・)

(・・・こんなチビに負けるわけにはいかねぇ・・・・)


(・・・僕は強くならなければならないんだ・・・・)

(・・・俺は強くならねぇとならねぇんだ・・・・)



 近づいたのは、例のごとくヒルだ。

しかし今回の彼の近づき方には攻撃的な危うい雰囲気はなく、まるで握手でも求めるかのような無防備な様子だった。

 そしてヒルは、後一歩踏み出せば握手を求められる距離まで近づき、止まった。


「・・・なんのつもりだ?」

先に口を開いたのは、狛だ。

「・・・西部劇さぁ・・・・」

「はぁ?」

笑みを含みながら突拍子もないことを言うヒルに、狛は目の前の男の正気を疑った。

「だから西部劇だよ・・・。よくあんだろ・・・?『抜きな、どっちが素早いか、試してみようぜ。』・・・」

ヒルはそう言いながら、右手を狛の目の前に差し出した。

その右手は、狛が一瞬で袖を取れる距離にあった。

ヒルの行為は、柔道使いに対する自殺行為とも挑発行為とも取れる暴挙だった。

「・・・この距離なら、時代劇の居合いの方が適切だと思うがな。」

「・・・知らねぇなァ・・・俺はヤンキーなもんでよ・・・・」


ひりつく沈黙が、二人を覆う。 

その中にあっても、狛は動じず、冷静に、不敵な笑みを浮かべた。

(・・・・浅はかな考えだ・・・。

コイツはおそらく、僕がこの差し出された袖を掴んでからえり、左拳を僕に打ち込むつもりなのだろう・・・。

なるほど確かに、襟を取りに重心を前に移したところで奴の拳が当たればカウンターになるから、大きなダメージになるだろう。

それを見越して、奴の拳をさばいてから襟を取りに行くという選択肢もあるが、僕にそれをさせないためのというわけか。

 「どっちが素早いか試してみよう」・・・か・・・。

浅いぞ・・・お前の拳はもう見切っている・・・。

お前の拳が届くよりもはるかに早く、僕はお前の襟を取ることができる。

攻撃力と圧力は認めてやるが、それもこちらが組手組みさえれば、お前の拳は体重の乗らないになる。

・・・・王手だチンピラ・・・・次は二度と立てないように投げてやる・・・・。

格の違いを・・・思い知らせてやる・・・・・)



 狛は、ヒルが差し出した袖を、掴んだ。

そして彼がヒルの襟を掴もうとしたその瞬間、彼はヒルの身体が


 狛は、右頬に硬いものが当たるのを感じ、その感覚はすぐに鈍い痛覚へと変わっていった。

彼は鋭敏な意識の中で、自分の計算違いに戸惑っていた。


(バカな・・・ッ!?速・・・ッッ!!まさかコイツ・・・ッッ!!こんなチンピラが・・・ッッ!?)



 ヒルは狛の左頬を撃ち抜きながら、自分の計算結果を確認していた。


(コイツは、勝負に乗る・・・・。

負けず嫌いで・・・なおかつテメェのルールに縛られる野郎だからだ・・・。

コイツは真剣に、俺と差をつけて勝ちたいと思ってやがる・・・・。

ナメた野郎だが、どちらかというと俺相手というより、コイツ自身に縛られてる感じだ・・・。

ならそこに付け込んでやる・・・・。)

皮肉にも、ヒルの狛の分析のいくつかは、ヒル自身にも当てはまることだった。


(・・・マジにムカつく話だが、「鬼の面」と「如月」あのクソったれアマどものおかげで学ばせてもらったぜ・・・・使ってのをよォ・・・・。

は速度を調節できる・・・・このメガネと手を合わせる時に何度か試してみたが・・・問題ねぇ・・・・。

如月こうあんの時みたいに全力フルで使わなければ・・・耐えられる・・・・・。

コイツに襟首とられるより前に、拳を当てるくらいなら・・・・。)


 ヒルは、かすかに黒と白の気体をまとう左拳を撃ち抜いた。

殴り抜かれた狛は勢いよく地面に倒れた。

しかし狛は、柔道家的な反射と執念深い矜持プライドを持って、途切れる思考、震える膝、歪む視界のまますぐさま立ち上がった。

 それが、アダとなった。


 西宮ヒルが、狛の回復を待つわけがないのだ。

彼はこの千載一遇せんざいいちぐうのチャンスに狛を仕留めるため、その頭に蹴りを放った。

 狛はを前に、半ば無意識のまま腰の「十手じって」を引き抜いた。


 ヒルはその蹴り足に手応えを感じた。

しかしそれは、狛の頭部ではなかった。

それは何かの記号が敷き詰められた、だった。

その光の壁は、ヒルの蹴りを受け止めると陽炎かげろうのように揺らめき始め、次の瞬間半透明の衝撃波へと変化し、ヒルを身体ごと後方へと吹き飛ばした。


「っ!?ウォおっとッ!!」

その衝撃波からは、ヒルにダメージを与えるというよりはむしろ、強制的に距離をとるような意図が感じ取れた。

ヒルは吹き飛ばされてからいくらか地面に転がった後、すぐに立ち上がって、狛を見据えた。

 狛の方も、唇の血を拭いながら、ヒルを睨みつけた。


「・・・逓倍魔法ていばいまほうか・・・・。やってくれたな・・・チンピラが・・・・。」

「・・・へっ・・・いい感じによォ・・・「」ってツラになってきたじゃねェか・・・ボクちゃんよォ・・・・。」

狛の睨みに、ヒルは挑発的な笑みで応えた。


「・・・・僕にを・・・後悔させてやる・・・・。」

先ほどまでの冷静な声とは打って変わって、狛の声は、怒りに震えていた。



 狛はヒルと目線を合わせたまま右手に持った「十手つえ」を正面に構えると、小さく何事かを唱えながら左手でミステリアスなサインを作った。

すると狛の正面に、小さい「赤い光の模様」が現れた。

その模様はで、円の内部には先ほどヒルを吹き飛ばした光の壁にあったものと同じようなが記されていた。

そしてその模様の中心部には、まるで何かのが存在した。


 そして狛は、模様の照準部を覗き込みながら、その模様を右手の十手つえで思い切り叩いた。

すると、狛の十手を持った右手が反動を受けたように光の模様から弾かれるとともに、その円形の模様から「赤い光弾」が高速で射出された。


 その光弾は明らかに、西宮ヒルを標的としていた。













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