第25話「陰陽道と式神」


「あ、あの、どうもありがとうございます。私の荷物まで持っていただいてしまって。」

「いいんだいいんだ。私が見ていられなかっただけだから。」

ミナのお礼に、両手に荷物を持った恰幅の良い緑色の紳士オークは穏やかな笑顔で応えた。


 ミナが式神フクロウを飛ばしてからすぐ、オークはわざわざ彼女の後を追って、ワックに置きっぱなしになっていたを届けに来てくれた。

それは彼女のものではなかったが、「西宮ヒル」が両手に持っていた紙袋だった。

ミナはオークにお礼を言ってその荷物を受け取ったのだが、華奢な彼女にとって、背中の自分のリュックに加えてヒルの荷物を両手に持ち、なおかつ式神を使ってヒルの居場所を特定するというのは困難なことであった。

 ミナはそれでも始め、オークの心配に対して気丈に振る舞っていたのだが、結局は彼の親切な申し出に甘え、今は彼にヒルの荷物だけでなく、自分の荷物まで持ってもらっていた。

おかげで彼女は身軽に動けるようになり、ヒルの捜索に集中できるようになったのだ。


「・・・みずのととりだね。賢い選択だ。」

オークは空を飛ぶミナの式神フクロウを眺めながら言った。

「そんなことまでわかるんですか!?」

ミナにとっては、目の前のオークが空を飛ぶフクロウをミナの式神だと見抜いたことだけでも驚きだったが、あまつさえ式神の種類まで見破られるとは驚愕だった。

「うん、こう見えて陰陽道には多少の心得があってね。ミナちゃんと言ったかな?とても賢明な判断だね。みずのと、つまり水属の陰性式で組まれた式神の中でも、酉型とりがた夜目よめが効く。・・・だけにね。」

ミナはオークのオヤジギャグにも笑わずに、真面目に真剣な顔で聞き入っていた。

少し寂しげにオークは続ける。

「『鳥目とりめ』などというように、一般的なイメージでは酉型とりがた夜目よめが効かないと思われているから陰陽師の中でも間違う人が多いのだけど、みずのととりだけは例外なんだ。そして夜目に加えて癸酉みずのととりは、驚異的な聴覚、視覚、空間把握機能を実装し、機動力にも優れている。夜間の捜索という目的に対して、これほど理に適った手段はないよ。」

オークは感心した笑みをミナに向けた。

「それに君の式神は霊力タパスも安定している。良い魔術プログラムを組んだね。」

「きょっ、恐縮です・・・。」

ミナは顔を赤くして恐縮した。



 陰陽道の魔法は––––––––。緑色の紳士オークの説明をきちんと理解するために、ミナは陰陽道の基本を頭で復習した。

 

 陰陽道の魔法は、他の儀式言語ぎしきげんごによる魔法と区別して、「しき」と呼ばれることがある。

そしてこの式は、「五行ごぎょう」と呼ばれるに、「陰陽おんみょう」と呼ばれるを組み合わせた、「十干じっかん」と呼ばれるから構成される。


 五行とは「」「」「つち」「」「みず」の五つの属性で、陰陽おんみょうとは「陽性ようせい」と「陰性いんせい」の二つの性質だ。

また陰陽おんみょうにおいては、陽性を「」、陰性を「」と表現することもある。

 十干とは、この「五行」と「陰陽」を組み合わせた10種類の魔法(式)の系統のことだ。

具体的には、きのえ,きのと,ひのえ,ひのと,つちのえ,つちのと,かのえ,かのと,みずのえ,みずのとの10種類のことだ。

例えば、今オークさんが説明していた「みずのと」というのは、十干のうちの一つだ。

この「癸」というのは「みず」とも書き、「属性の性質の(魔法)系統」という意味となっている。

もし水属性の性質の式系統ならば、十干は「みずのえ(水の兄)」となる。

火属性の陽性質ならば「ひのえ(火の兄)」、火属性の陰性質ならば「ひのと(火の弟)」だ。

 そして陰陽道における式(魔法)は、すべてこの「十干」で分類することができる。

 それは「」と呼ばれる陰陽道の魔法においても、例外ではない。


 式神は、簡単に言えば、人工知能魔法じんこうちのうまほうだ。

ただ「」というものは定義が意外にも難しく、人によって解釈が分かれてしまうことも多い。(ちょっと昔までは、漢字の変換やメッセージの予測変換なども人工知能とみなされていたそうだけど、私を含めて今ではピンとこない人も多いと思う。)

 魔法庁が発表しているところの「式神」の定義は、「魔法使いを管理者として、管理者の霊力の一部が譲渡された形代カタシロであって、管理者による自然言語ないし自然言語に準じた簡易な言語体系による命令を受け付ける魔法が実装された干支えとの形態をとる魔法」としている。

・・・正直私も、最初読んだ時にはわけがわからなかった。

とても噛み砕いて説明すると、「「形代カタシロ」と呼ばれる道具に自分の霊力を込めたものうち、のが「式神」なんだけれど、それはすべて「干支えと十二支じゅうにし)」の形をとるよ。」ってことかな?

 十二支というのは、ネズミ,ウシ,トラ,ウサギ,リュウ,ヘビ,ウマ,ヒツジ,サル,トリ,イヌ,イノシシという12のことだ。

そして式神というのはすべてこの十二支の動物たちの形をとる。

またもちろん式神は、その名の通り「式(陰陽道の魔法)」なので、十干じっかんで分類できる。

そしてこの十干と十二支を組み合わせた「式神の種類」が、魔法庁の式神の説明にある「干支えと」だ。

私の式神「働き者ニワシヌ」で言えば、十二支で言えば「トリ(フクロウ)」で、干支で言えばみずのと(十干)+とり(十二支)で癸酉みずのととりとなるわけだ。

ただし、「干支」つまり「式神の種類」には、がある。

実は、十干に「みず(陽)」・「みず(陰)」といった感じに「陽性の十干」と「陰性の十干」があるように、十二支の動物たちも「陽性の動物」と「陰性の動物」で分かれているのだ。

具体的には、十二支のうち陽性なのは「ネズミ」「トラ」「リュウ」「ウマ」「サル」「イヌ」、陰性なのは「ウシ」「ウサギ」「ヘビ」「ヒツジ」「トリ」「イノシシ」となっている。

そして干支では、「陽性の動物には陽性の十干」、「陰性の動物には陰性の十干」といった感じに、同じ性質の十二支と十干でないと組み合わせることができない。(だから式神の種類数は、12×10=120ではなく、6×5×2=60種類だ。)

例えば、私の式神ニワシヌの干支は「癸酉みずのととり」だけど、酉は陰性の十二支だから、これと陽性の十干である「みずのえ」を組み合わせて「壬酉みずのえとりとすることはできないというわけだ。


 ・・・う〜ん、うまく復習できたかな?図で示せればもっとわかりやすく説明できると思うのだけど・・・。



「・・・やはりこの分野は蝦夷流陰陽道トゥスが強いな・・・・」オークが呟いた。

「えっ!私の使ってる儀式言語までわかっちゃうんですか?」

「うん、やはり式神が綺麗だからね。蝦夷流の陰陽師は「霧隠きりがくれ」とも呼ばれるように、みずのと(水の陰)の式開発に特別優れているだろう?」

「あははは、よくご存知なんですね。・・・じ、実は私、オークさんが説明してくださった分析じゃなくて、ただ単に私が唯一まともに組めた式神が癸酉だっただけなんです・・・」

「はははは、そうだったのか。いやなに気にする必要はないよ。どうあれ上手な式神なんだから。」

「きょっ、恐縮です・・・・」



  二人が雑談をしていると、ミナの指輪から通知音が響いた。

どうやらミナの式神が、「西宮ヒル」と思しき魔法使いを見つけたらしい。


 ミナは、式神ニワシヌの視覚情報を得るために、左目をつむり、

そのまぶたの上に指輪を当てた。

すると、ミナの左目のまぶたの裏には式神ニワシヌの見ている光景が投影された。

ミナはそれを確認すると、小さく悲鳴のようなものを上げた。


「どうしたんだい?お友達は見つかったのかい?」心配そうな声でオークがミナに尋ねた。

「いいい急ぎましょうっ!!オークさん!」ミナは質問に答えず、テンパった風にオークを急かした。

「ど、どうしたというんだい?」

「ちち血が、、、、怪我をしてるんですぅ〜!!」

「ななんだってッ!?それは急がなくてはッ!」


 オークは、ミナの情報量の少ない返事でも素早く状況を察し、巨体を揺らして走り出した。

しかしただ、運動音痴で華奢なミナとしても、インテリで恰幅の良いオークとしても、急ぐのと走るのは苦手な部類の活動だった。











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