これが俺の物語だ

けろよん

第1話 これが俺の物語だ

 これが俺の物語だ。

 そう、俺の物語はこうして始まる。

 

 平凡ながらも毎日楽しい生活を続けてきた俺。16才の誕生日を迎えた朝、両親に呼ばれた。

 いつもの平和な朝のリビングで父親と母親は深刻な顔をして俺にこう告げた。


「お前は俺達の本当の子供じゃないんだ」

「あなたは伝説の勇者の子孫なのよ」


 俺は答えた。


「そんなことより誕生日プレゼントは?」

「それはここに」


 親は箱を取り出した。俺は包み紙を破いて箱を開けた。


「やっほー、3DSだ! ずっと欲しかったんだ! ありがとー! さっそく遊んでくるぞ!」

「待ちなさい! お前は勇者なのだ! なんだこんな物!」


 父親は俺の手から3DSを取り上げると、それを床に投げつけた。3DSは壊れてしまった。母親は取り乱した。


「あなた、そこまでしなくても。売ればお金になったのに」

「いいんだ、こいつは自覚するべきなんだ。事態が深刻なのだということを」

「そうか、事態は深刻だったんだな」


 俺は事態の深刻さを理解した。


「それで俺は勇者として何をすればいい?」

「何をすればいいんだ、母さん?」

「そうね、まずは王様を訊ねなさい。王様は偉くて何でも知っているから、きっとあなたにも道を示してくれるわ」

「分かった。行ってくるよ」


 そうして、俺の冒険が始まった。

 だが、それはすぐに行き詰ってしまった。


「しまった、財布を持ってくるのを忘れていた」


 俺は駅までたどり着いてから、その致命的なミスに気が付いた。

 財布の中にはお金が入っている。定期もそこに入れてある。財布が無ければどこにも行けない。電車にだって乗れない。


「このままではどこにも行けないぞ」


 駅で立ち往生する俺。

 そうして困っていると、そこに両親が駆けつけた。


「財布を忘れていったな」

「届けに来たわよ、はい」

「ありがとう、父ちゃん、母ちゃん、行ってくるよ」


 そうして、俺は両親のありがたさを噛みしめて旅立ったのだ。


 電車が発車して俺は座席に揺られていく。

 電車はサラマンダーよりもはや~い。

 王様の城は駅を二駅行ったところだ。順調に行けばすぐにたどり着けるだろう。多分20分ぐらいで。


 だが、そこへたどり着く前に、たまたま次の駅で電車に乗ってきた王様と出会った。


「ついに旅立つ時が来たのだな、伝説の勇者よ!」


 王様は俺の向かいに腰かけて威厳のある声で言った。王様の白い髭は立派だ。金の王冠は窓から差し込む太陽の光で輝いている。だが、服を着ていなかった。それは言ってはいけないことなのだろう。賢明な俺はそう判断して質問した。


「王様はこの時間に出勤ですか?」

「うむ、王様出勤というものじゃよ。お前に誕生日プレゼントを与えよう!」

「おお、それはありがたい」


 俺はそれを受け取った。俺は喜んだ。


「これはプレイステーションVITA! こんな高価な物を良いのですか?」

「うむ、ぜひ旅の役に立ててくれ! 着いたようじゃな、降りるぞい」


 電車が止まる。

 俺は王様と一緒に駅のホームへと降りた。そして、改札を抜けて見通しのいい構内のロビーに行って町を見た。王様は俺に旅立ちの助言をしてくれた。


「まずはあそこに見える酒場に行って仲間を集めるのじゃ!」

「でも、俺はまだ未成年ですよ。お酒は20歳になってからでは?」

「お前は勇者じゃ! そんなことを恐れていてどうする!」

「はっ、そうだった! 俺はルールに縛られるあまり大事なことを見失っていた!」

「立ち止まり理性をもって考えることは時に大事なことじゃ。だが、お前は勇者なのだから、ただ前を向いて進んでいけばいいのだ!」

「分かりました。ありがとうございます、王様!」

「うむ。そして、仲間を集め終わったら、魔王を倒しに行くのじゃ!」

「魔王はどこにいるんですか?」

「魔王ならここにいるわ!」


 そう答えたのは一人の女子生徒だった。大きな声に通行人達が通行する足を止めて振り返ったが、すぐに元の通行人の役目へと戻って通行するのを再開していった。

 俺はそいつを知っていた。


「お前は俺の隣の席のクラスメイト・・・・・・陽南子(ひなこ)!」

「そう、あなたの隣でずっと授業を受けていた、この陽南子様こそが魔王だったのよ!」


 ちなみに今は夏休みだ。今日は授業はない。陽南子も私服だった。

 俺は身構えた。


「まさかこんな身近にいたとはな。だが、好都合だ。ここでお前を倒せばハッピーエンドだ!!」

「フッ、このわたしに勝てると思っているなら、それは甘いことだと知るがよい!」


 陽南子はどこからともなくバレーボールを取り出すと、それをアタックして俺にぶつけてきた。


「いて! やりやがったな!」

「魔王の攻撃がこれで済むとは思わないことね。それ、スマッシュ! スマッシュ!」


 陽南子はどこからともなく卓球のラケットを取り出すと、ピンポン玉を俺にぶつけてきた。


「いて! いて! それ意外と痛いからマジ止めて!」

「フッ、所詮は帰宅部の力などその程度よ。あらゆる運動部の助っ人をこなし、あらゆるスポーツに通じているわたしの敵ではないんだ! さあ、次はこのサッカーボールでハットトリックでも決めてやろうかなー」


 陽南子はサッカーボールを膝や足や頭の上で綺麗に跳ねさせながら、余裕の笑みを浮かべている。将来の夢は旅芸人という陽南子にとってこれぐらいの芸当は朝飯前だ。王様は叫んだ。


「魔王はあらゆる運動部の助っ人をこなし、あらゆるスポーツに通じている! 帰宅部のお前さんの勝てる相手ではないぞい!」

「二人揃って同じことを言わなくても分かっている。ただ帰宅するだけではあいつには勝てないってことはな。だが、どうすればいいんだ」


 迷う俺に王様は威厳のある声で言った。


「仲間を集めてくるのじゃ! ここはわしが引き受ける!」

「キャー! 服着てよ! この痴漢!」


 王様は陽南子の前に立ちはだかった。陽南子は慌てている。その足からサッカーボールが転がり落ちた。


「分かった。ここは任せたぜ!」


 俺は仲間を集めに酒場へと向かった。そして、紹介してもらった。


戦士 「攻撃力には自信があります」

武闘家「凄い必殺技が使えます」

僧侶 「MP多いですよ」


 といういかにも強そうな奴らを俺は雇った。

 もちろん全員女子だ。男を雇う趣味は俺にはない。誰が好き好んで男など雇うものか。俺にはそんな趣味はないのだ。だから、俺の選択に迷いなどなかった。

 俺達は自己紹介をした。まずは三人が名乗った。


「戦士いいいいです。よろしくお願いします」

「武闘家ううううです。よろ~」

「僧侶ええええです。よ」


 俺は呆れた。


「なんか手抜きな名前だな」

「勇者様の名前はなんですか?」


 戦士が訊く。隠すようなことでもない。俺は答える。


「ああああだ」

「・・・・・・」


 沈黙の帳が辺りに落ちた。俺は軽く咳払いをした。

 まあ、他人の名前をどうこう言っても仕方がない。

 名前は親が付けるものだ。本人達には何の罪もないのだから。

 俺は気を取り直してみんなに号令をかけた。


「よし、魔王を倒しに行くか。バッチリ頑張ろうぜ!」

「ガンガン行くわよ!」

「わたしに任せて!」

「いのち大事に」


 そして、俺達は魔王のいる駅へと向かった。


 俺達がそこへたどり着くと、王様が警察に逮捕されて連れていかれるところだった。王様はパトカーに乗せられて行ってしまった。


「この世に神はいないのか」


 僧侶ええええが呟く。俺も同じ気持ちだった。戦士や武闘家も同じ気持ちだっただろう。


「ファミマのチキン食べたい」


 戦士いいいいが呟く。彼女は駅前にあるファミマを見ていた。俺は言った。


「今は振り返らずに前を見て進もう。王様の犠牲を無駄にしないためにも。魔王陽南子! 俺達は戻ってきたぞ!」

 

 俺が叫ぶと、駅のロビーの片隅にある自販機の前にいた陽南子は振り返った。


「戻ってきたんだ、帰宅部のスキルを活かして帰ったのかと思ってたのに」

「ああ、帰宅部は帰ってくるのが活動だからな。俺は帰ってきたぜ! 頼もしい仲間を連れてな!」

「帰宅とは家に帰ること。ここは駅なのだから帰宅とは呼べないのでは?」


 頭の軽そうな武闘家がどうでもいいことに茶々を入れやがる。


「うるせえな! 細けえことはいいんだよ! とにかく俺達はここへ来たんだ!」


 仲間を揃えた俺達を前にしても、陽南子は全く動じていなかった。


「ちょうど良かった。ジュースを買おうと思ったのだけど、5千円札しかなくてどうしようかと困っていたところだったのよ。この自販機って千円までしか使えないみたいで」

「その悩みはもう無用だぜ。今こそ決着を付けてやる!」

「いいでしょう! ならばその望みを叶えてやるわー!」


 そうして、俺達と魔王の戦いは始まった。

 魔王陽南子はご都合主義の結界を展開した。これは無関係の人間を追い払い、戦いが終われば全ての壊れた物が元通りになるという都合のいい結界だ。

 魔王にとっても都合がいいだろうが、俺達にとっても都合が良かった。


「まずはわたしがガンガン行く!」

「行け! スライム!」


 戦士いいいいが飛び出した。魔王陽南子はスライムを召喚して応戦した。武闘家ううううは気合いを溜めている。いいいいの攻撃。スライムに1のダメージ!


「おい、攻撃力に自信のある戦士ー!」

「このスライム、強い!」

「お前が弱いんだよ! くそっ、奴のコメントを信じて雇った俺が馬鹿だったのか。まあいい。武闘家うううう! お前の凄い必殺技を見せてやれ!」

「今は凄い武器を装備してなくて使えないの」

「使えねー、こいつら使えねー!」


 頭を抱える俺の前で、いいいいとううううはスライムにぼこられていった。


「回復するわ!」


 俺の頭越しにええええの回復魔法が飛んでいった。いいいいのHPが回復した。いいいいはええええにお礼を言った。


「ありがとう! これでまだ戦えるわ。スライムと!」

「いえいえ、僧侶は回復するのが仕事ですから、お礼はいいですよ」

「よし、そのままううううのHPも回復してくれ!」

「もうMPがありません!」

「おい! MPが多いんじゃなかったのか!?」

「そう思っていたんですけど」

「くそっ」


 俺は頭を抱えたかったが、事態はそれを許さなかった。スライムの攻撃でううううの体力は残りわずかだった。ええええは叫んだ。


「ああああさん! わたしに小瓶を投げてください!」

「小瓶? それで何とかなるのか!?」

「はい! それでMPを回復出来ます!」

「よし!」


 俺は自販機の隣にあるゴミ箱へと走っていった。そして、その中から空き瓶を見つけた。俺は振り返ってそれを投げた。それはええええに向かって飛んでいき、ええええは頭にそれをくらって倒れた。


「ああああさん! 何をやっているんですか!」

「空き瓶なんて投げつけてどうするんですか!」


 いいいいとううううが抗議の声を上げる。俺だって抗議したい気分だった。


「今のは俺が悪いのか!?」

「あなたは致命的なミスをしてしまった!」

「僧侶がいなくては戦いはもう無理です。ここは一度全滅しましょう」

「なんてこった」


 俺のミスでパーティーは絶体絶命のピンチに陥ってしまった。陽南子はボケた。いいいいとううううは笑い転げた。

 俺達はこのまま負けるのか。いや、負けるわけにはいかない!

 その時、不思議なことが起こった。俺の勇気に答えるように天から光が降り注ぎ、俺は伝説の装備を身にまとったスーパー勇者となったのだ。

 

「これが俺の真の力!!」


 俺の体から溢れ出るスーパーパワーに恐れおののくスライムを陽南子は引っ込めた。陽南子は真剣な顔つきになった。


「勇者が真の覚醒を遂げたか。ならばわたしも真の力をお見せしよう! 世界を轟かす火の竜、土の竜、水の竜、風の竜よ! 出でよ!」


 陽南子は4匹の巨大な竜を召喚した。奴らはそれぞれに火土水風の強大な能力を有している。だが、


「スライムだろうとドラゴンだろうと、今の俺の敵ではないぜ!」


 自信たっぷりに断言する俺。陽南子は余裕の笑みを返しただけだった。


「勘違いしてもらっては困る。真の力を見せるのはわたしだと言ったはず」

「なん・・・・・・だと!?」

「勇者ああああよ。人の名前を覚えるのが苦手なあなたでも、わたしの名字ぐらいは知っているでしょう」

「竜月(りゅうづき)! まさか!」


 魔王の言う通りだった。クラス全員の名前を覚えているわけではない俺でも、隣の席の奴の名前ぐらいは覚えていた。竜月陽南子、それが奴のフルネームだった。陽南子はにんまりとした笑みを浮かべてそれに答えた。


「その通り。竜を支配する月の下にわたしは生まれた。今こそその真価をお見せしよう!」


 陽南子は大空高くジャンプした。俺は見上げる。駅の天井は外れ、空にはいつの間にか満月が浮かんでいた。ご都合主義の結界は術者にとって都合のいい空間を形成する。俺は今更になってそれを思い出す。

 明るい夜空に浮かぶ満月を背景にして、陽南子は竜を象った剣を抜いて天へと掲げた。


「わたしは竜を総べる者! 4つの力を持つドラゴン達よ! 今こそここに集いて我が力とならんことを!」


 4匹の竜達が天へと向かって咆哮を上げ、その力が陽南子に向かって注がれていく。


「火は剣に宿り、水は知性の流れとなり、土は万物を防ぐ鎧となり、風は天を駆ける翼となる! これぞ我が真の姿! 竜帝ドラゴニック陽南子!」

「ドラゴニック陽南子だとう」


 変身を遂げて真の姿を現した陽南子に俺はびびっていた。だが、負けるわけにはいかない。

 俺には勇気がある。この勇気が世界を救うと信じて。




「・・・・・・という小説を出してみようと思うんだが、どう思う?」


 俺は前の席にいる親友に訊ねた。

 ここは教室だ。今は二学期が始まったばかりの放課後だ。

 俺が夏休みの間に書いていた小説を読んだ親友は答えた。


「ふざけんな!」


 親友の言葉には熱意がこもっていた。俺も熱意をもって答えた。


「俺は何もふざけてなどいない!」

「こんな物を読まされた俺の時間を返せー!」

「なんだとう! 俺が必死になって頑張って書いてきた小説をこんな物とはなんだー!」

「こんな物だからこんな物なのだー! だいたい何で竜月さんが魔王なんだよ! 意味分かんねえよ!」

「は? 面白いだろうが」

「面白くねえよ! お前のセンスは笑えねえよ!」

「うるさい! お前は創作をしないから俺の素晴らしさが理解出来ないのだー!」

「新作書いたんだ。見せて見せてー」


 危うく乱闘になりかけた俺達二人の間に、明るく弾む女子の声が掛けられた。

 俺はそっちを振り向いて驚いた。部活に行ったはずの隣の席のクラスメイトが興味津々といった目をしてそこにいた。


「ゲー! 陽南子! いつからそこにいた!」

「今来たところ」

「運動部の助っ人に行ったんじゃなかったのか?」

「人数足りてたんだって。だから、戻ってきたんだけど」

「そうか、戻ってきたのか」

「ちょうど良かったじゃないか。魔王様にも読んでもらえよ」

「魔王様?」


 親友だと信じていた野郎が余計なことを言う。陽南子は可愛く小首を傾げた。俺は慌てた。


「いや、これはお前に読ませるようなものじゃないんだ」

「竜月さんが出てるのに?」

「わたし?」

「余計なことを言うな、親友よ。とにかくこれはお前に読ませるようなものじゃないんだ」

「えー、残念。わたし、あなたの小説好きなのに」

「はうわっ」


 陽南子の言葉に俺はかつての記憶を思い出していた。

 俺が小説を頑張ろうと思ったきっかけとなったことを。


 その日は陽南子が教科書を忘れていて、隣の席の俺は机をくっつけて見せてやっていたんだ。

 授業は退屈だった。俺はノートに小説を書き始めた。やがて、陽南子がニヤニヤしているのに気付いた俺は、自分の小説が読まれていたことに気が付いた。

 俺は慌てて隠したが、陽南子はこれをとても面白かったと言ってくれたのだった。


「これはまだほんの小手調べなんだ。だが、いつか必ずアニメ化もされるような凄い小説を書き上げてみせる。その時になったらまた読んでくれ」

「うん、夢を目指す人って立派だよね。また読みたいから頑張ってね」

「こいつのは夢じゃなくてただの妄想だよ」

「ああ、頑張ってくるぜ!」


 親友の嫌味も俺の耳には入らない。俺は帰宅の途に就いた。俺は帰宅部だからそのスキルを活かしたのだ。 

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