第501話 働く女王様①
冒険者ギルドでの顔合わせの次の日。
昨日は構ってあげられなかったから、今日はラフィーと過ごそうかと思っていたら、なにやら用事があるらしく。
それならばと、シュリは久々にキャットテイルでお昼を食べることにした。
獣王国の元女王様でシュリの押し掛け恋人的にやってきたアンドレアがキャットテイルに引き取られていってしばらくたつが、なんだかんだと忙しく、彼女の様子を見に行けていないことが気になってはいたのだ。
氷龍シャナクサフィラことシャナ曰く、楽しそうに仕事をしているし客も喜んでいる、らしいけど。
その言葉を疑う訳じゃないけど、押し掛けとはいえ一応恋人だし、恋人を気にかけるのは悪くない事のはずだ。
キャットテイルに関して言うなら、アンドレアに限らず、店主から従業員から全てシュリの恋人のようなものだけど。
まあ、シャナだけはシュリの
とまあ、そんな訳で、シュリは1人キャットテイルに向かっている。
カレンにはラフィーに付いてもらっているし、恋人だらけの場所に、女性連れで向かうのもどうかなぁ、と思っての判断だが、ジュディスがシュリを1人で外に出すはずもなく。
シュリは気づいていないが、今日も慎重に距離をとって影護衛がちゃんと付いてきていた。
今日もシュリの影護衛をつとめるのはシャイナ。
ジュディスはともかく、アビスやルビスもこっそり影護衛の仕事を狙っているのだが、隠密的な技量が(シャイナに比べると)低いので、もうしばらくはシャイナの独占市場になりそうだ。
そんな訳で。
シュリに気づかれないように遠くからシャイナが見守る中、その小さな背中はキャットテイルの入り口の奥へと消えていった。
◆◇◆
キャットテイルの食堂は、予想していたとおりにぎわっていた。
時間はお昼より少し前。これからお昼にかけて、まだまだ人がやってくることだろう。
(来てはみたけどすごく混んでるし、僕の相手をさせるのも悪いかなぁ)
そんなことを考えながら、店内を見回す。
席がなかったらまた出直してもいいかな、なんて思いつつ。
だが、結論を出す前に、
「シュリ、よく来たな!!」
シュリの姿はアンドレアの目にとらえられてしまった。
「あ、アンドレア。今日はちょっと様子を見に来てみたんだけど、混んでるみたいだし、僕はまた今度……」
改めて来るよ、と言おうとしたのだが、アンドレアはそれを許してはくれなかった。
「しばし待て。すぐに席を用意しよう」
そう言って、アンドレアは鋭い眼差しで店内を見渡す。
シュリもつられて見回すが、どう見ても空いている席はなさそうだ。
やっぱり今日は帰るよ、そう告げようとアンドレアの顔を見上げたのだが、シュリが口を開くより先に、アンドレアの声が店内に響きわたった。
「おい、そこ。ちょっとつめろ。で、お前!!」
「は、はひっ」
アンドレアの声に、1人で食事をとっていたらしい冒険者がびくっとしてこちらを見た。
「お前はあっちの席に移って相席しろ。場所は空けさせた」
「それじゃ悪いよ。僕、相席でもいいよ?」
「ダメだ。シュリは可愛いからな。相席なんかして無駄に目を付けられたらどうする? 懐が深いところはお前の良いところではあるが、これ以上恋人が増えたら私の分が減る。今でもかつかつなのだぞ。それじゃあ私が困る」
「心配してくれるのは嬉しいけど、流石に男の人を恋人にする趣味はないからね?」
「わからんぞ? シュリは男にもモテるからな。おい、なにをぐずぐずしている? シュリをいつまで立たせておくつもりだ。とっとと移動しろ」
「は、はひ。よ、喜んでぇ」
アンドレアの鋭い声を浴びたその男性は、なぜかちょっぴり頬を染めて、そそくさと移動をはじめる。
そんな騒ぎを聞きつけたのか、奥の方からナーザが姿を現した。
「何事だ?? おい、女王。お客様は神様だと教えただろうが」
「客は神かもしれぬが、シュリの方が優先だ」
「なんだ、シュリが来ているのか。じゃあ仕方ないな。ほら、とっとと移動しろ」
「い、急ぎましゅ!!」
料理の乗った皿を抱えた男は、シュリを見た瞬間に手のひらを返したナーザにも追い立てられるが、ほんのり嬉しそうなのは何でなんだろう。
周囲のお客さんも、
「ダブル女王様からの命令だと!?」
「う、うらやましすぎる!!」
「放置プレイも悪くはないが、叱責&命令のダブルコンボはやはり至高だな」
「お、俺も怒られたい」
うらやましそうな顔でなんか妙なことを口走ってて、正直ちょっと怖い。
そんな客たちを後目に、
「よし、席が空いたな。ナーザ、消毒だ」
「それは給仕の仕事だろう、と言いたいところだが、シュリを待たせる時間が惜しい。任せておけ」
アンドレアとナーザは連携しててきぱき動く。
あっという間にイスとテーブルは磨き上げられ、どこのレストランに来たんだろうな、と思うくらいに、テーブルセッティングも完璧に仕上げられ。
「さ、準備万端だ」
「シュリ、待たせたな」
やり遂げた感のあるナーザの笑顔に促され、アンドレアにエスコートされ、他の席とは別格の仕上がりのテーブルに案内された。
ナーザが引いてくれたイスに座り、ようやく一息。
だが、それもつかの間。
今日のメニューを見てなにを食べるか決めようと伸ばした手の先から、メニューが消える。
目を丸くしてナーザを見上げると、
「シュリ。今日はお任せコースでいいな?」
「お任せコース?」
「ああ。シュリの為だけに用意した特別なコースだ」
「僕の為だけ??」
「ギルドの食堂でダグの日替わり定食を絶賛したんだろう? それを聞いたサギリが大層悔しがってな。シュリの胃袋を掴むのは自分だと、血の涙を流して開発したメニューだ。食べてやってくれ」
「僕がギルド食堂でダグさんのご飯を食べたの、昨日だよね……?」
「だな」
「なのに、もうメニュー開発出来てるの?」
「いつシュリが来てもいいように頑張ってたぞ」
「そ、そっかぁ。が、頑張ってくれたんだ……。じゃあ、頂かないとね」
もうメニューが出来ているという事は、昨日の時点でもう情報を手に入れていたに違いない。
一体どんな情報網を持ってるんだろう、と思いつつ、シュリは自分の腹具合を確認する。
幸い、今日はここでお腹いっぱいお昼を食べようと思って朝食は軽く済ませてきた。
これならどんなに大ボリュームなメニューであろうとも食べきれるだろう。
(残したりしたら、頑張ってメニューを考えてくれたサギリが可哀相だもんね)
どんなにお腹いっぱいになっても笑顔で食べきってみせる、とシュリが健気な覚悟を決めるその横で、
「お〜い、サギリ。シュリスペシャル一丁だ! 最優先で頼むぞ」
ナーザが厨房に向かって注文を通す。
「シュリスペシャル!? ということはシュリ君が来てるのね!? いよっしゃぁぁぁ。シュリ君の胃袋を掴んでいるのは誰か、あの駄熊に思い知らせてやんよぉぉ!!」
「女王、今日のランチタイムは打ち止めだ。外にクローズの札をかけてきてくれるか」
「ふむ。承知した」
「え!? まだ閉めるには早くない?」
「シュリが久々に来てくれたんだ。精一杯もてなすとなると、新規の客の相手をしている暇はない」
「僕の事は適当で放置で良いから! 他のお客さんを優先してあげてよ」
「ん? 無理に決まってるだろう? なんと言っても、シュリが久し振りに食事に来てくれたんだからな! もてなすに決まってる」
「で、でも、ほら、お客さんはみんな、ここでのご飯を楽しみに来るわけだし……」
「私達も、シュリの来店を心待ちにしていた。今日の歓待は待たせすぎた弊害だと諦めて、ゆっくり楽しんでいってくれ」
困り顔のシュリの主張は、真顔のナーザに切って捨てられ。
シュリは冷や汗と共に観念する。
そして思う。
来店間隔があいたせいでこうなったなら、今度からもう少し頻繁に来るようにしよう、と。
心の中で、常連のお客さんに、ごめんなさい、と手を合わせながら。
そこに、表にクローズの札をかけおえたアンドレアが戻ってくる。
「表に札をかけて、シャナにもその旨伝えてきた。ちょうどやってきた客もいたが、丁重に追い返しておいたからな」
「よし、いい仕事だ。よくやった」
「ほめるな。これくらいの事は出来て当然だろう。来た当初に比べ、私も給仕として大分成長した。それにしても、ナーザ」
「なんだ?」
「このイスは、シュリが座るにしては座面がずいぶん低くないか? これでは食事をしにくかろう」
「ん? ああ、確かにそうだな。もっと小さかった頃のシュリ用のイスはあるんだが、シュリも大きくなったからな。前のイスは今のシュリには小さすぎる」
「大きく!? そうなんだよ。大きくなったんだよ、僕。だから、このイスで大丈夫だよ、アンドレア。だって、大きくなったから!」
大きくなった、その言葉に気を良くして、シュリは満面の笑顔でアンドレアを仰ぎ見る。自分は大きくなった。
だからこのイスで平気なのだ、と。
だが、アンドレアはそう簡単に納得してくれなかった。
「シュリが大きくなったことは認めよう。だがやはり、そのイスでは食べにくかろう?」
「大丈夫だよ! あ、でも、アンドレアが気になるなら、何かお尻の下に敷くものをくれない? 座布団みたいな」
「尻の下に敷くもの、か。なるほど。確かにそれはいいな。よし、任せろ」
そう言うが早いか、アンドレアはひょいとシュリを抱き上げてそれまでシュリが座っていた場所に腰を下ろし、己の太股の上にシュリの尻を鎮座させた。
「これでよい。少々座面が高いかもしれぬが、低いよりは良かろう」
「ちょ!? アンドレア!?」
「なるほど。その手があったか。人手が増えたからこその選択だな!! 後でわたしとも交代してくれ」
「ああ。後でな。この心地よい重みを手放すのは惜しいが、平等にシュリを分かち合うことは大切なことだ。独り占めはいらぬ軋轢をうむからな」
「交代してくれ、じゃなくて! 僕、もう膝に乗せてもらうほど子供じゃないよ!?」
うなずきあうナーザとアンドレアに、シュリは抗議の声を重ねる。
だが、そんなシュリの腹部を両腕で柔らかく拘束しながら、アンドレアは己の胸をシュリの背中にぎゅっと押しつけてきた。
「そう騒ぐな。これは子供の特権ではない。むしろ、大人の男の夢、だぞ?」
「大人の男の、夢??」
「ああ。少し落ち着いて周囲を見てみろ。周りの男共の羨ましそうな顔が見えるだろう?」
アンドレアに言われるまま、ちらりと周囲に目を向けてみれば、
「じょ、女王様に抱っこされる、だと!?」
「少年の背中で形を変える、あ、あれは夢のおっぱいクッション!!」
「は、はわわわわ。う、うらやまちすぎる!!」
「女王様をイスにするとはなんと贅沢な……しかし俺が羨むのはむしろあのイス! 女王様の下に組み敷かれたあのイスに、俺はなりたい」
お客さん達はゴクリとつばを飲み込み、誰もが非常に羨ましそうにこちらを見ていた。
若干おかしな意見も混じってはいたが。
「ほらな? シュリは大人の男だから、私に座っていてもおかしいことはなにもないぞ」
「大人の、男だから?」
「ああ。もう子供じゃないんだから、大人の男の楽しみを楽しんだっていいだろう?」
「もう子供じゃない……そうだね。うん、僕、もう大人だし! 大きくなったしね」
「ああ。大きくなったからな! じゃあ、このままで構わないな?」
「うん! ……あれ??」
なんだか言いくるめられてしまった。
弱いんだよ、大人の男って表現。
それを上手に使うアンドレアは、ずるい、というべきか、流石、と言うべきか。
受け入れてしまった以上、今更降りるのもアレなので、シュリは諦めてイスになりきっている(?)アンドレアに身を任せた。
前は頭が埋まっていた2つの膨らみを背中に感じるくらいには成長したんだなぁ、と感慨深く思いながら。
次の更新予定
2024年7月1日 10:00 隔週 月曜日 10:00
♀→♂への異世界転生~年上キラーの勝ち組人生、姉様はみんな僕の虜~ 高嶺 蒼 @maru-maru
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