第500話 ユズコ倶楽部の可愛いお客様②

 「さ、どうぞどうぞ。狭い部屋で恐縮ではありますが」


 狭いと言いつつも十分広い部屋に通され、促されるまま席につく。

 ロリアナの肩に担がれていた女性は、気が付けば傍らのソファーに横たえられていて、カレンはいつの間に、と目を丸くした。

 今まで、ロリアナをちょっと変わった貴族令嬢としか見ていなかったが、その身体能力の高さも中々のものかもしれない、なんて思いながら。

 ただの腐った貴族令嬢にしておくだけでは惜しい、などと思われているとはいざ知らず、


 「せっかく来ていただいたのですから、お茶など準備させましょう」


 にこにこしながらそう言って、ロリアナは部屋の奥に向かって声をかけた。

 すると、奥の方から、どたんばたんと騒がしい音が響き、そのまま待つことしばらく、よたよたとメイド服を身につけた女性が現れた。


 「ふぁい。お呼びでひょうか……」


 ほっぺたに枕の跡と、口元には恐らくよだれの跡をつけ、明らかに寝ていたと分かるその女性は、色々誤魔化すように、にへり、と笑う。



 「私が留守の間にまた寝ていましたな?」


 「え? 寝てませんよ? 起きてましたよ? ずっと」


 「私のベッドや枕を使うのは構いませんが、よだれは止めて頂きたいものですなぁ」


 「は? よだれ??」


 「ついてますぞ? 口元に、よだれの跡が」


 「はっ!!!」



 見た目は美人なのに中身が残念そうなそのメイドさんは、ロリアナの指摘にあわてて口元を拭う。

 その行為が己の罪を確定してしまう、と思うよりも早く、反射的に。



 「ふふっ。しっぽを出しましたな?」


 「し、しまったぁぁぁ」


 「全く。正直に主のベッドを使って昼寝をしてました。枕をよだれでべとべとにしてしまってごめんなさい、と言えばいいだけのことでしょうに」


 「ぐぬっ」


 「ごめんなさい、は?」


 「ご、ごめんなさい」


 「ふむ。素直で結構。とはいえ、仕事をさぼったことは事実。それなりのペナルティーは覚悟するんですな」


 「そ、そんな!? 謝ったのに!!??」


 「ごめんですんだら、神様はいらない、とユズコ先生も常日頃おっしゃっておられる。世の中はそう甘くはないのですよ、アルマ。これに懲りたら以後気をつけるように」


 「はぁい」


 「では、お客様にお茶の準備をお願いしても?」


 「かしこまりましたぁ」



 しょんぼりしつつも素早い動きでお茶の準備に動き出す彼女を苦笑混じりに見送って、


 「驚かせて申し訳ない。あの娘はいつもあんな感じでありまして」


 びっくりした顔をしているカレンとラフィーにそんな言い訳をした。

 困った娘です、と言うように笑うロリアナの顔をラフィーは不思議そうに見上げる。そんな彼女の視線に、なんですかな? 、と言うようにロリアナは顔を傾げて見せた。



 「貴族のお屋敷では、ちゃんと仕事が出来ないとやっていけないと思ってたんですけど、ここはそうじゃないんですね?」


 「う〜ん。ここは普通の貴族の屋敷とは違いますからなぁ。もちろん、建物自体は伯爵家のものですが、中に住まうのは多種多様なご令嬢方。大まかな共同生活のためのルールはございますが、それに抵触しない限りは各自自由に過ごしていい、という事になっておりますな」


 「なるほど。そうなんですね。では、あの人も?」


 「アルマ、ですか? アルマは私が個人的に雇っている使用人ですから、自由に過ごす、ということはできませんなぁ。ただ、まあ、アレは私の乳母の娘なので、つい甘くなってしまうんですが」


 「乳母の娘、というと、俗に言う乳兄弟、というやつですかね?」



 カレンの合いの手に、ロリアナはこっくり頷く。



 「そうなのです。私と乳兄弟という事で、私付きの侍女として伯爵家で働いていたんですが、あの調子でしょう? 周囲の風当たりも当然の事ながらきつく、本人はあまり気にしていない用でしたが、乳母である母親が心配しておりましたので、こちらの屋敷の私付きとして引き抜いたのでありますよ」


 「なるほど」


 「ちょっとさぼり癖があるだけで、基本的には優秀なんですが。特にアルマの入れるお茶は絶品なのです」



 気が付けば、あっという間に目の前にティーセットが準備され、目の前のティーカップには紅茶が注がれ。

 さ、どうぞ、と2人を促してから、ロリアナもティーカップに口を付け、うれしそうにその口元をほころばせた。

 そんな彼女の背後からアルマが声をかける。



 「ロリ様」


 「ん? なんですかな??」


 「このソファーで泥のように気絶してるゴミは、捨ててきても?」


 「あ〜……それでありますか。それはシャイナ殿から再教育を頼まれたゴミでありますから、捨ててはダメですな!」


 「シャイナが? じゃあ、シュリ様の護衛関連ですかね? ご迷惑をおかけします」


 「いやいや、お気になさらず。新たな同士として、シュリたん……いや、シュリ様への正しい接し方をたたき込んでやるでありますよ」



 申し訳なさそうなカレンに、ロリアナはにっこり笑う。

 そしてそのままにこやかに、ラフィーにも目を向けた。



 「今日はせっかくラフィーも来て下さっておりますし、彼女の教育にはラフィーにも手伝ってもらおうと思うのですが、いかがですかな?」


 「私が、ですか? でも、なにをしたら??」


 「なぁに。簡単な事です。貴女は好きな作品を彼女に熱くすすめて下さるだけで結構」


 「え? それだけでいいんですか?」


 「ええ。私と貴女で、彼女の新たな扉を開いてあげましょう」



 そう言って、ロリアナはにんまり笑った。


◆◇◆


 「……ん」


 ソファーに横たえられたままの女性の口から密やかな声が漏れる。


 「ん、まぶしぃ……ここ、どこ? 私、いったい」


 うっすらと目を開いた彼女は、瞳に突き刺さるまぶしさに顔をしかめ、それからもう一度、おそるおそる目を開けた。


 「確か、私、冒険者ギルドに行く途中で超絶可愛い男の子を見つけて、それで……」


 軽く混乱したまま、彼女は意識を失う前の己の行動を思い出す。

 そんな彼女の記憶の欠落を埋めるように、


 「そう。貴女はシュリたんに目を付けた。お目が高い。貴女には人を見る目がある、ということでもありますな。すばらしいですぞ。貴女には素質がある」


 初めて聞く声が彼女の耳をうった。

 横になったまま、ゆっくり顔を巡らせる。

 視界に映るのは3人の人物だ。


 1人は小さな子供。整った顔立ちのその子供は、どことなく気を失う前にみた男の子を思い起こさせた。


 その斜め後ろに立つ女性は、凛々しい中に色気を感じさせる、独特の雰囲気があった。

 立ち位置から察するに、小さい子の保護者か護衛のような立場なのだろう。


 そして最後の1人。

 その人は、一般的な貴族令嬢がまとうドレスを身に付け、よく見れば美人なのに地味な髪型とメイクでそれを感じさせず。しかし、キラキラと好奇心に輝く瞳が全ての努力を裏切って、彼女を魅力的な人に仕上げていた。


 「素質、ってなんの??」


 まだ半分寝ぼけたまま、さっき聞こえた言葉に反応してこてんと首を傾げる。

 そんな彼女に、隠しきれていない貴族令嬢がにんまり笑いかけた。



 「貴女に備わった素質がなんなのか。良い質問ですな。貴女に与えられた素質は2つ。すばらしい推しを見いだす素質とBLの素材を見つけだす素質。その素質が読む方に転ぶか、書く方に転ぶかは、まだ未知数というところでございましょうが」


 「推し? びーえる?? なんのことよ、一体」


 「焦らずとも、じっくりねっとり教えてさしあげますとも。ですがその前に自己紹介と参りましょうか。我が名はショタリオン、と申し上げたいところですが、これはペンネームですから、最初の名乗りには相応しくないでしょう。ロリアナ・シェーファーライン。これが私の俗名です。ロリ先輩、と気軽に呼んでいただいて良いですぞ」


 「ロリ、先輩」


 「ふむ。なんですかな? 後輩」


 「シェーファーライン、ってこの国の伯爵家がそんな名前だったような気がするんだけど」


 「ほう、よくご存じですな? さては貴女も貴族籍ですかな?」


 「まさか。うちはただの商家だし、私は商人がいやで飛び出したただの冒険者よ。今日は余りに可愛くて好みど真ん中の男の子に胸を打ち抜かれちゃったけど、普段はちゃんと真面目に冒険者で稼いでるんだからね! って、話がそれちゃったけど、シェーファーラインって、やっぱあの、シェーファーラインなの? ってことはもしかしてあんた、伯爵令嬢!? 見た目はともかく、そんな中身で!?」


 「確かにそのシェーファーラインで間違いございませぬが、我が内面に言及されるほど知り合ってないと思いますが?」


 「その話口調を聞けば十分だと思うけど!?」


 「話口調だけで内面を決めつけられるのは心外ですし、互いを知り合うのはまだまだこれから。しかし、その前に、貴女の名前も教えて頂けますかな?」


 「え? ああ。私はショタリア。家名は捨てたわ」


 「……いま、なんと?」


 「だから、家名は捨てた、って」


 「その前ぇぇ!!」


 「私はショタリア?」


 「それですよ、それそれぇぇ。ショタリア。ショタ……なんとうらやましい響きでしょう。私にはペンネームでしか許されない響きを、生まれながらに与えられているとは、なんという幸福!! なんという幸運!! うらやましすぎるぅぅっ!!」



 ロリアナは、どころからともなく取り出したハンカチをぐぎぎっと噛んだ。

 そんな彼女を、ショタリアは若干引き気味に見る。



 「ええぇぇぇ……そんな、悔しがられても。別にショタリアなんて名前、好きじゃないし」


 「そんな暴言はいけませんぞ! ショタ後輩!! 貴女はまだ己の幸福に気づいていないだけなのです!!」


 「ショタ後輩、って」


 「貴女とは先輩後輩の仲ですからな!! 気軽に呼び合おうではないですか」


 「私、伯爵令嬢と先輩後輩の仲になった覚えなんてないんですけど……」


 「今日、この時! 新たに結ばれた縁を大切にしようではないですか」


 「ええぇぇ。心底嫌なんですけど」


 「そう言わずに!!」



 にこにこ笑うロリアナに、無理矢理握手されてうんざりした顔をするショタリア。

 そんな様子を、若干置き去りにされた感じのラファルカとカレンが目を丸くして眺めていた。



 「さあ、同士ラフィーよ。今ですぞ!!」


 「いっ、いま??」


 「貴女のおすすめを熱く語るのです。ショタ後輩のBL堕ちの為に」


 「だから、そのびーえるってなんなのよ……」


 「それを今から我が同士が語ってくれます。貴女はただ、なにも考えずに良質なBLの波にたゆたうだけでいいのです」



 目をきらんと輝かせ、ふふふ、とロリアナが笑う。

 そして、


 「遠慮はいりませんぞ! ラフィーは思う存分、好きな作品のことを語るだけで良いのです」


 戸惑うラフィーの背を押した。



 「そ、そうですか? じゃ、じゃあ、遠慮なく。えっと、お姉さんはBL初心者なんですよね?」


 「まさしく」


 「なら、取っつきやすいけど至高の名作、ユズコ先生のシュリ兄様受け作品から……」



 言いながらラフィーは、ほっぺたをほんのり赤く染めて、いそいそと己のバイブルとも呼べる本を取りだした。


 ……それから数時間後。


 「やはり、ノア×シュリは至高ね……」


 胸に薄い本を抱き、頬を桃色に染めて、ほうっとため息をもらす腐った乙女が爆誕していた。



 「ノア×シュリは確かに至高ですけど、私はシュリ兄様総受けのも好きなんですよねぇ」


 「分かるわ。彼は愛され体質だものね。でもやっぱり私は、1対1に惹かれるのよね」


 「ふむふむ。どちらにも、捨てがたい魅力がある題材ですからなぁ」


 「それに、どうせなら新たなカップリングを打ち立てたいわ」



 言いながら、ショタリアはじっと、目の前で散乱するBL本を前にきらきらと目を輝かせている少女を見つめた。

 獲物を見定める、BL作家の眼差しで。



 「決めたわ」


 「ふむ、決めましたか」


 「私、次の即売会で新たなカップリングで作家デビューする」


 「ほほう。大きく出ましたな。どちらでデビューを?」


 「絵心がないし、私にマンガは無理よ。でも、文章なら書ける」


 「ふむ、なるほど」


 「挿し絵は、あなたにお願いしたいんだけど。受けてもらえるかしら、ロリ先輩」


 「ほう。可愛い後輩の頼みですからなぁ。受けるのはやぶさかではない、が。なぜ私に? 高い技量を持つ絵師は他にもおりますが?」


 「くやしいけど、あなたの書く彼が、1番私の好みに合ってるのよ」


 「それはそれは。最高のほめ言葉ですな」


 「短い原作も用意するから、マンガも1本、書いてくれない?」


 「ふむ。私のチェックは厳しいですが、それでも良いですかな?」


 「望むところよ」


 「では、契約成立、ですな」


 「報酬は、売り高払いで良いかしら」


 「良いでしょう! 私が関わって売れないなど、あり得ませんからな!」


 「よく言うわ。でも、これで契約成立ね!」



 目の前であれよあれよと進む話に目を丸くするラフィーの目の前で、ロリアナとショタリアはがっしりと握手を交わす。

 それは、後にロリ&ショタと呼ばれる伝説の作家コンビの誕生の瞬間だった。


 数ヶ月後。


 ショタ後輩の宣言通り、新たなカップリングで2人は1冊の薄い本を世に生み出す。

 新たなカップリングのお相手は、シュリより年下の少年。


 褐色の肌に金色の髪、シュリによく似た面差しのその少年の正体は、シュリの祖母が産んだ年下のおじさん。

 生まれた瞬間から年上の甥に恋し続ける少年ラファルがあの手この手でシュリにアプローチをするストーリーで、色違いの美しい少年2人の並びが秀逸すぎると話題になり、莫大な売り上げを生み出した。


 もちろんラフィーもその薄い本を購入し、その仕上がりを絶賛した。

 ショタリアから質問されて答えた内容も盛り込まれていたので、性別が変わっただけの自分とシュリのエピソードが甘酸っぱくアレンジされており。

 その事にかなり身悶えしつつも、ストーリーとイラスト、そしてマンガの秀逸さに、いつしか2人の作品の熱狂的なファンとなった。


 結果、ラファルのようにシュリと甘く過ごしたい、という気持ちが高まって、非常に麗しい男装の麗人ができあがっていくのだが、それはまだ、だいぶ先の話である。

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