第499話 ユズコ倶楽部の可愛いお客様①
その日、ラファルカが目を覚ましたのは、もうシュリが冒険者ギルドへ出かけた後だった。
いるだろうなぁ、とは予想していたが、朝食の席にちゃっかり姿を見せた麗しい父親の姿にちょっぴりいらっとしつつも、昨日のシュリとの会話を思い出して最大限の優しさを発揮して無難に一緒の時を過ごし。
部屋に戻って身支度を終えたラフィーは、今日は護衛として一緒に行動するカレンと一緒に屋敷を出た。
そのまま屋敷で過ごしていたら、共に過ごそうと父親が乱入してくる予感しかしなかったし、今回の旅はただ単にシュリに会いに来たわけではなく、もう一つ、シュリには内緒の目的があったからだ。
今日の目的地に着いては、もうジュディスには話してあるし、ジュディスからカレンにも話を通してもらっている。
シュリには内緒、という事に関しても、もちろん了承してもらっていた。
そんな訳で。
弾むような足取りでラフィーが向かうのは王都の中心部。
そこはある伯爵令嬢が個人所有する大きなお屋敷だった。
ユズコ倶楽部には貴族のお嬢さんも数多く参加しているが、その中で最も高位の貴族がその伯爵令嬢であり、彼女は己に許された範囲で倶楽部に多大な貢献をしていた。
その1つがこのお屋敷、である。
伯爵家の別宅の1つで、件の伯爵令嬢は全く使われていなかったその屋敷を言葉巧みに父親から譲り受け、それをそのままユズコ倶楽部の活動の場として提供した。
現在、この屋敷ではユズコが生活しており、自宅で活動が難しいお嬢様達が創作活動を行う場となっている。
かつての主寝室はユズコの私室に。
使用人達の部屋が並んでいるエリアは、職人を入れて小綺麗に整えて簡易宿泊ゾーンに。
食堂は大きなテーブルを囲んでみんなで議論や創作を行うフリーエリアに。
書斎だった部屋は、創作の為の資料や、倶楽部のみんなが同人活動で生み出した作品の献本、それぞれが買い漁ったおすすめBLやユズコの著書などを収めた腐女子の夢が山盛り詰まった図書室に。
料理人や使用人は置かず、己の世話は己で行う、をルールとし、清掃は自分で使った場所は各自で、共用部分は当番制で行う事となっている。
厨房は一般人でも使いやすく改築した後に解放して、自分で作るもよし、己の料理人を連れて来るもよし、買って来るもよし、と自由に使えるように最低限の道具類とルールを整えた。
ただ、防犯と関係ない人間の出入りを排除するために、門番だけは置くようにしている。
もちろん、BLという文化に比較的理解のある人材をしっかりと吟味して。
カレンをお供に歩いてそのお屋敷を訪れたラフィーの前に、その門番が立ちふさがる。
だが、立ちふさがると言っても、強面のおじさんではなく、戦闘力はあるんだろうけど見た目は優しげなお姉さん門番だったが。
しかも、彼女達はジュディスやシャイナに付いて出入りするカレンを見知っていたようで、
「あら、カレンさん。今日はジュディスさんやシャイナさんのお使いかしら? 2人は一緒じゃないのね」
「もしかして、次のイベントの原稿ができたとか!? それなら早く読みたいんだけど」
そんな風に声をかけてくる。
そんな2人に苦笑を返し、
「残念ながら、原稿は預かってません。今日はこの方の護衛で来ただけなので」
カレンは自分の少し前に立つラフィーを示した。
「この方、って、その女の子?」
「ずいぶん小さいけど……お嬢さん、ここにどんな用事かしら?」
門番2人は目を丸くし、1人がしゃがんで視線をラフィーにあわせて問いかける。
その問いを受けて、ラフィーは荷物の中から手紙を一通取り出した。
「ショタリオン様に会いに来ました。この手紙で、いつでも遊びにおいで、とご招待してもらったので」
「ショタリオン……ああ、ロリ先輩か。相変わらず、ファンに手篤い人だなぁ」
「そうね〜。お嬢さん、一応そのお手紙、確認させてもらってもいいかしら?」
「はい。お願いします」
「ありがとう。ちょ~っと見せてもらうわね。ん〜。ああ、この辺りね? 王都に来ることがあったら訪ねてくるといい。歓迎しよう。門番にこの手紙を見せれば通してくれる。なるほど。問題なさそうね」
「だね。どうぞ、お嬢さん。入っていいよ。中の案内は、カレンさんがいれば問題ないよね?」
「大丈夫ですよ~。ロリアナさんの部屋へは、何度か伺ったことがありますし。ユズコさんへの挨拶は必要でしょうか?」
「あ〜……先生、今、迫る締め切りに追いまくられてるから、止めといた方がいいかな。ロリ先輩は日課のシュリ君観察に出かけてるけど、もうすぐ戻ってくると思うよ? それまで書庫で時間をつぶすか、ロリ先輩の部屋で待ってればいいんじゃないかな」
「分かりました。じゃあ、行きましょうか、ラフィー様」
カレンの言葉に頷いて、通してくれた門番2人にぺこりと頭を下げ、ラフィーはカレンと共に屋敷の中に足を踏み入れた。
そんな2人を笑顔で見送った門番達は、にこにこしたままひっそりと言葉を交わす。
「あの子が噂に聞く、シュリ君の小さなおばさん、かしらね〜?」
「多分そうでしょ? なんとなくシュリ君の面影があるよね」
「あ、あんたもそう思った?」
「そりゃね〜。シュリ君同様礼儀正しくて、可愛かったね〜」
「そうね〜。可愛かったわぁ」
「「ただ……」」
ラフィーが可愛かったと意見が一致した2人の言葉が重なる。
「あの子が男の子だったら完璧だったわね」
「あの子が男の子だったら最高だったね〜」
続けて似たようなことを呟く2人。
互いの言葉を聞いて、2人ははっと顔を見合わせた。
「やっぱりあんたも思った!?」
「思わないわけないじゃん!! アレだけの素材だよ!?」
「そうよね!! シュリ君と、シュリ君によく似た年下の男の子。しかも肌の色は色違い。萌えるわ……ってか萌える要素しかない!!」
「分かる!! 萌えるよね!!」
「くっ。文才も絵心もない自分が憎いわ……」
「わかる! 読みたい題材があるのにそれを生み出す才能が無いの、辛いよね……」
「所詮私達は、門を守る戦闘力しかない、待つことしか出来ない女なのよ……あ~、誰か描いてくれないかしらね」
「ほんと、それだよね! 描いてくれたら即座に課金するのに!!」
「課金、したいわね~。課金すべき対象さえあればいくらでも課金させていただくのに……」
「うちらのお金はもはやそのためにあると言っても過言じゃないもんね」
「全く、その通りよね~」
客人の姿が見えなくなった門の前で、2人はきゃっきゃと盛り上がる。
ユズコ倶楽部の会員だろうと、ただの門番であろうとも、ここにいるのは結局腐った女子達ばかりであった。
「ぬ? お二方ともどうなされた? ずいぶん楽しそうですな?」
そんな場面に戻ってきたのは、肩に意識を失った女子を担いだ、話し方はちょっとアレではあるが、見た目はごく普通のお嬢さん。
ただ、ごく普通、と言い切ってしまうには、少々見た目が整いすぎているかもしれない。
地味に装ってはいるが、正直、地の美しさを全く隠し切れていなかった。
やや凛々しめの硬質な美貌に不思議そうな表情を張り付けて、彼女は萌え盛り上がっている2人の門番を見つめる。
声をかけられてやっと彼女の存在に気づいた2人は、ぱっと顔を輝かせて彼女に駆け寄った。
「ロリ先輩!! いい人材を招待してくれたわね!!」
「おかげで良質な妄想の材料をもらったよ〜」
「そ、それはよか、った??」
駆け寄られて手を取られ、その手をぶんぶんと振られたロリ先輩、こと、ロリアナ・シェーファーラインは2人のテンションに付いていけず、返事も疑問系である。
そんな彼女こそが、ラフィーが訪ねてきた相手であり、この屋敷の所有者でもあるシェーファーライン伯爵家の令嬢でもあった。
「それにしても思ってたより早いお帰りね? ちょうど良かったけど」
「ちょうど良かった、とは??」
「ついさっき、ロリ先輩を訪ねてきた可愛いお客様を中にお通ししたところなのよ。名前は……あ、名前は聞いてなかったわね?」
「そういえばそうだね。でも、ロリ先輩からの手紙を持ってたし、護衛にカレンさんが付いてたから、問題ないはずだよ」
「カレン殿が? なら客人の検討はつきます。問題ないでしょう」
門番2人の証言に、ロリアナはふむふむと頷き、
「とはいえ、あまり待たせるのも申し訳ないですな。急ぎ向かうとしましょう」
2人の間をすり抜けて中へと向かう。
門番達も、ここの持ち主であり住人でもある彼女を止める理由はなく、その背中を黙って見送った。
そうして小さくなる背中を見ながら、2人は小声で言葉を交わす。
「ねえ?」
「ん? なに??」
「ロリ先輩、肩に担いでたわよね?」
「ああ〜! 担いでたね!」
「担いでたわよね!? 私の見間違いじゃなくて」
「私も見た見た。ちゃんと担いでた」
「そうよね〜……良かったわ。私の目がおかしくなったんじゃなくて」
「その気持ち分かる。人一人担いでるのに、それを全く感じさせないロリ先輩がすごいんだよ」
「普通に会話してたもんね……」
「なんか、改めて、何で人を担いでるんですか? って聞く方がおかしい空気だったよね〜?」
「確かに」
ロリアナが消えた屋敷の玄関を見ながら、2人はうんうんと頷き合う。
「あれ、誰なのかしらね〜?」
「あれ、誰なんだろうねぇ?」
2人の疑問の声が重なるも、それに答えられる人はもうここにはなく。
まあ、あれが誰であれ、いずれ分かるときがくるだろう、と疑問を棚上げした2人は、再び門の左右に分かれ、門番の仕事を真面目に続けるのだった。
◆◇◆
「やあやあ、初めまして。カレン殿と一緒、ということは貴方が私の可愛い客人ですな? 貴方からのお手紙はいつも大変興味深く拝読しておりますぞ!」
ロリアナの部屋に行ってみたものの、部屋の主のいない部屋に入り込んでいるのも落ち着かず、屋敷の書庫に移動して、その偏った蔵書の豊富さに目を輝かせたちょうどその時、後ろからそんな風に声をかけられた。
ちょっと驚きつつも振り返り、カレンよりも少し背が低いものの、女性としては十分に長身の部類に入る、すらっとしたその女性を見上げる。
にこにこと人懐こく笑うその人の顔立ちは非常に整っていて美しく、艶やかな金の巻き毛が豊かに顔の周りを縁取っていた。
ドレスも地味な作りではあるがいい素材が使われているのは一目瞭然で、黙っていれば素敵な貴族令嬢に見えるのだが、そう言い切るには話し方が決定的におかしかった。
ぽかんと自分を見上げている幼い少女の様子に、その人は面白そうに目を輝かせて、
「手紙での面識はありますが、こうして対面するのは初めて。となればまずは自己紹介からですな。我こそはショタリオン、こと、ロリアナ・シェーファーライン。以後お見知りおきを、ラファルカ・シュナイダー嬢」
にっこりと笑みを深めた。
「ショタリオン、様。私の名前、覚えててくれたんですね」
「もちろん。貴方の手紙を読むのは私の楽しみなのです。それにしても様、などと、他人行儀な。私のことは呼び捨てか、ここの皆が呼ぶようにロリ先輩、と」
「よ、呼び捨て!? そ、それは流石に。じゃ、じゃあ、ロリ先輩、って呼ばせてもらいます。私の事はラフィーって呼んで下さい」
「ふむ。ではラフィー殿、と」
「え? あ、あの、私の事は呼び捨てにしてくれませんか?」
「ぬ? そうおっしゃるのであれば、ラフィー、とそう呼ばせていただく事にしましょう」
「はい、ぜひ」
お互いの呼び方が決まり、ラフィーはほっとしたように笑う。
そんな彼女の様子に、ロリアナは柔らかく目を細め、
「自己紹介が終わった所で、そろそろ私の部屋へ招待させていただいても? 色々と語り合いたいことが山とございますからな」
「はい!」
笑顔で頷くラフィーの手をとり、エスコートするように歩き出した。
ラフィーの歩調にあわせて歩きながらも、2人は楽しそうに言葉を交わす。
そんな2人の後ろ姿を視界におさめたまま、
「……えっと。その肩に担いでる人は誰なんですかね〜、って気になるのは私だけなんでしょうかね?」
カレンはぽつりと漏らす。しかし、それに答えてくれる人はなく。
やっぱりここには変わった人が多いな〜、と自分の事は棚に上げてそんなことを思いつつ、前を歩く2人の後を追いかけた。
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