第498話 ギルドでの出来事②

 「でも、あれだ! 俺のパーティーなんてまだ出来たばっかだからな! まだまだこれからだ!」


 「できたばっかなら、メンバーがいな……少なくても仕方ないね!」


 「だろ! 結成してまだ5年だからな!」


 「……5年?」


 「おう!」


 「……まだ?」


 「おう! まだ、5年、だ」


 「……そっかぁ」



 再び沈黙。

 そしてシュリは思う。無駄な話を終わらせて早くご飯食べたいなぁ、と。

 そんなシュリの哀愁を感じ取ったのだろう。シュリを大好きな2人が、事態の収拾に動き始めた。



 「あなた、王都のギルドには来たばかりなんじゃない?」


 「ああ、そうだぜ? つい何日か前についたばっかだ」


 「じゃあ、知らなくても仕方ないけど、私もジャズも、もう他のハーレムメンバーだから、あなたのハーレムには入れないわよ。ね、ジャズ」


 「そうだね。私達は、もう他の人のものだから、誘ってもらっても無理なんだ」


 「他のハーレムのメンバー、だと!? 王都には、リアルハーレム野郎がいるってのか!? この俺でさえ実現できてねぇっていうのに!?」



 ハーレム冒険者は驚愕の表情を浮かべ、シュリもまた衝撃発言を耳にして目をまあるく見開いた。



 「ち、違うよ!? ジャズもリリも、ハーレムメンバーとかじゃなくて、僕の恋人でしょ!? 僕、リアルハーレム野郎じゃないよ!?」


 「シュリは婚約者がいて、それ以外に私を含めた恋人がたくさんいるわよね?」


 「そ、それは否定できないけど」


 「一般的には、たくさんの女性をシュリみたいに独り占めしてる事をハーレムって言うんじゃないかしら? ねぇ、ジャズ」


 「ん〜。そう言われてもおかしくはないかも? 一般的にはそう言われちゃうかもしれないね?」



 己がリアルハーレム野郎な事実をつきつけられ、そんな!? 、とシュリが衝撃を受けていると、正面から突き刺さる視線を感じた。

 その視線を言葉にするのなら、こんなガキが、嘘だろ!? 、って感じだろうか。



 「あ、あの」


 「な、なにかなっ?」


 「ちなみに恋人は何人ほど……?」


 「の、のーこめんとで?」


 「じゃ、じゃあ、10人以上か以下だけでもいいんで」


 「……じゅ」


 「じゅ?」


 「じゅうにん以上?」


 「じゅうにんいじょう……」



 妙に丁寧な言葉遣いでシュリに問いかけた後、もらった答えをかみしめるようにハーレム冒険者は黙り込んだ。

 そんな彼に、ジャズとリリシュエーラが追い打ちをかける。



 「でも、恋人って明言してない人もあわせたら、20人は軽くこえるよね?」


 「にじゅう……」


 「っていうか、もしハーレム宣言をしたら、入りたい人なんて無限にいるわよね……。やっぱり、ハーレムは良くないわ!」


 「むげん……」


 「た、確かに!? 下手したらシュリのハーレムで軍隊とか出来ちゃいそう……。そんなに多くなったら私達を構ってもらえる時間が減っちゃうし、ハーレムは良くないね!!」


 「ぐんたい……」



 ジャズもリリシュエーラも言いたい放題である。

 っていうか、それを聞いてるハーレム冒険者の目がどんどんうつろになっていくので、ちょっと可哀相だからそろそろ止めてあげて頂きたい。



 「えっと、ぼ、僕のは一般的なハーレムとは違うし、参考にはならないと思うよ、うん。だから、そんなに気を落とさな……」


 「俺、気がつきました」


 「うん?」


 「俺、間違ってました。俺程度の男がハーレムパーティーを作ろうだなんて」


 「え〜っと、まあ、夢を持つのは悪くないとは思うけど、確かにハーレムパーティーっていうのはあんまり良くないかもしれないね?」


 「ハーレムパーティーを作るなんて目標を掲げていた過去の俺をぶん殴ってやりたい」


 「それに気づけたんだから、これから新しい目標を見つけてそれを目指していけばいいと思うよ? まあ、頑張って?」


 「応援、してくれるんですね」


 「うん、まあ、それなりに?」



 本当はどうでもいいと思っていたが、流石にそうとは言いにくい。

 無難に彼との会話を終わらせて、今はとにかく早くご飯が食べたかった。

 だいぶ少なくなってきた湯気が、消えてしまう前に。


 そんなシュリの様子になど気づく様子もなく、目の前の男子は目をキラキラ輝かせている。

 何となく、嫌な予感がしないでもなかった。



 「ありがとうございます! ハーレム先輩!!」


 「うん???」



 喜色にあふれた大音量での感謝の言葉に、シュリは深ぁ〜く首を傾げた。

 あれ、今、聞き捨てならない言葉を聞いたぞ、と。

 そんなシュリに、青年は更に追い打ちをかける。



 「俺を、先輩のハーレムパーティーの一員にして下さい!!」


 「は!?」


 「俺、こう見えても尽くすタイプです!! 昼も夜も、先輩を満足させられるように頑張ります!! あ、体力にも自信あります!!!」


 「は!!??」


 「あ、それとも、先輩は攻める方が好きですか!? 俺、先輩になら俺の初めてをささげ……」


 「いらないよ!? ハーレムパーティーなんてものも存在しないし!! 僕、ハーレム先輩なんかじゃないし!?」


 「え〜? またまたぁ。でも、そうか。ハーレム先輩じゃ不満なんですね? じゃあ、いっそ、ハーレム王って呼んじゃいましょうか!!」



 嬉しそうな彼の声にシュリは思う。

 呼んじゃいましょうか、じゃねぇよ、と。

 ちょっと柄悪く。


 刻一刻と冷めていくご飯を前に、心がすさんじゃったようである。

 むぅぅっと眉間にしわを刻むシュリの様子に、シュリ大好きっ子なジャズとリリが再び動こうとした。

 その時。


 「……シュリの飯の邪魔をするな」


 空気を読まない青年の背後に巨大な影がずもっと現れた。

 おっきなおててが青年の頭を掴み、その体を軽々と宙に持ち上げる。


 その黒くて大きな熊の手の持ち主は、この食堂の主人であり料理人でもあるダグさんのものだ。

 ダグさんは、とっても立派な体格の、威圧感ばつぐんな熊獣人、なのである。


 普段は滅多に調理場から出てこないのだが、シュリの窮地を見かねて出てきてくれたらしい。

 彼はじたばたしながら騒ぐ青年を片手で宙にぶら下げたまま、そのつぶらな瞳をシュリへと向けた。



 「……あたたかいうちに、食え。腕に、よりをかけた」


 「ありがとう!! ダグさん!!」


 「ゴミ捨てに行くが、すぐ戻る。おかわりは遠慮するな。サービス、する。いっぱい食って、大きく育て」



 そう言いおいて、ずしーん、ずしーんとダグさんは去っていく。

 大きな熊ボディに、奥さんのアンナさんからの贈り物だと噂のファンシーなエプロンがよく似合っていた。


 「ダグさん、かっこいいなぁ」


 その後ろ姿をうっとり見送っていると、



 「シュリ、邪魔する人もいなくなったし、ご飯食べよう?」


 「そうよ。冷め切っちゃう前に早く食べましょ。ダグの心遣いを無駄にしたらダメよ?」



 耳に届くジャズとリリの声。

 その言葉にはっとして、シュリは慌てて料理に向き直る。そしてまだわずかに湯気は立ち上っていて、冷め切っていないその様子にほっと胸をなで下ろした。


 「良かった。まだ冷め切ってはいないね。美味しく頂いて、ダグさんに料理の感想とお礼を言わなきゃだし、早速いただこうか」


 シュリはにこにこ笑顔で2人の顔を見る。

 そんなシュリの笑顔に2人も頷いて、



 「そうだね。早く食べよう」


 「そうね。じゃあ」


 「「「いただきます!!」」」



 3人は声を合わせて手を合わせ、その後ダグさんの料理を美味しく頂いた。

 シュリを大きくしてやろうとというダグさんの気遣いを無駄にしないように、おかわりまでしっかりぺろりと。

 その頃、冒険者ギルドの外では。


 「あ、頭をつぶされるかと思ったぜ」


 ギルド食堂の裏口から放り出されたハーレム青年が額の冷や汗を拭っていた。


 「食堂の親父でもアレとは。王都の冒険者ギルドってのは、やっぱりすげぇんだな」


 ギルドの裏手の人気の少ない木立の中で、青年は1人、感心したようにうんうん頷く。

 そんな彼はもちろん気づかない。

 自分を見つめる、冷ややかで冷静な、1対の目があることに。


 「そんなすげぇ王都のギルドで、ハーレムパーティーを堂々と連れ回すハーレム先輩はもっとすげぇ。可愛くてちっちゃくて頼りなさそうに見えっけど、きっと色々すげぇんだろうなぁ。先輩のハーレムパーティーに入れてもらうためなら、俺の尻も惜しくはねぇ……」


 「……ギルティ」


 「は??」


 「あなたの汚い尻など、シュリ様には必要ありません。シュリ様に愛でてもらう想像も禁止です。シュリ様が汚れますので」


 「は? え??」



 どこからともなく聞こえた声に、青年は慌てて周囲を見回す。

 が、その視界に誰の姿も捉えることは出来ず、その顔から血の気が引いていく。



 「シュリ様のお食事を邪魔したばかりか、身の程知らずな野望を抱くやんちゃなあなたの矯正は中々骨が折れることでしょう。でも、あの方でしたら……」


 「お、お前、誰だよ!? あの方ってだっ……」



 言葉の途中で青年は崩れ落ちた。

 そんな彼の襟首を、触るのもイヤだという様子を隠しもせずにつまみ上げて、シャイナはシュリのいるギルド食堂の方へと目を向ける。


 「シュリ様はお食事中、ですね。ご安心下さい。お食事が終わるまでには戻ります」


 シュリには届かぬ言葉と残像を残し、シャイナはその場から駆け去った。

 向かう先は。

 ちりん、ちり〜ん。


 「いらっしゃいませぇ〜。あらぁ、シャイナちゃん、いらっしゃい。今日はどうしたのかしらぁ? シュリちゃんに見せる勝負服でもお求め?」


 最強の漢女おとめのいるファンシーなお店。


 「シュリ様に見せる勝負服。そそられる響きではありますが、今日は別件です。こちらを……」


 片手で嫌そうにぶら下げていた男を床に放り出すと、


 「あらぁ? 結構素敵じゃない? 中々将来有望じゃないかしらぁ」


 身を乗り出すように床に転がったソレを見たアグネスが声をあげる。



 「シュリ様にいらぬ尻を差しだそうともくろむ不届き者です。こちらでしっかりと教育して頂ければ、と」


 「あらあら。よりにもよってシュリちゃんに手を伸ばすだなんて怖いもの知らずな子ねぇ」



 冷ややかなシャイナの声に、アグネスのくすくす笑いが応え、そのたくましい腕が、床に転がった青年をひょいと抱き上げた。



 「報酬は、ノアール特製の新作下着一式でどうでしょう? 来シーズンの為にせっせと作業をしていたはずです」


 「うふ。乗ったわ〜。この子の事は任せてちょうだい。うちでしっかり教育してあげる」


 「煮るなり焼くなり愛でるなりお好きなように。では、私はシュリ様の元へ戻りますので」


 「はぁい。気をつけて帰ってね」



 シュリによろしく、とは言わない。

 シャイナが隠密で護衛中と察しているからだ。

 シャイナはアグネスに頭を下げ、急ぎシュリの元へ戻っていく。来るとき同様、屋根の上を高速移動で。

 結果。



 「じゃあ、ジャズ、リリ。今度は何か依頼を受けて冒険者らしい活動をしようね」


 「うん! シュリと一緒に受けるのにちょうどいい依頼があるか、気をつけて見ておくね!」


 「シュリとの初依頼に相応しい依頼を見つけたらすぐに連絡するわ」


 「ありがと。楽しみにしてるね。僕が捕まらなかったら、ジュディスに言っといてくれれば、予定を調整してくれるから」



 そんな風に別れの言葉を交わすシュリ達の姿を、冒険者ギルドの外に見つけることが出来た。

 シュリがまだ帰路についていなかった事にほっとしつつ、シャイナは気配を消して主の姿を見守る。

 可愛い笑顔でジャズとリリシュエーラに別れを告げたシュリが、1人で歩き出す様子を、じっと、息すら殺して。


 ジャズもリリも、送ろうかとは言い出さない。

 シュリに隠れた護衛がいることなど、よく分かっているからだ。

 きっと離れがたい気持ちはあるだろうけれど、ここは影護衛としてついているシャイナに譲ってくれたようだと察し、シャイナはその口元にかすかな笑みを浮かべた。


 シュリを見送る2人に黙礼してから振り向くと、愛する主はゆっくりのんびり、自分のペースで歩いている。

 そんな主の姿を愛おしそうに見つめ、気づかれないように十分な距離をとりつつ、シャイナはその小さな背中を追いかけた。

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