第497話 ギルドでの出来事

 シュリのキラキラ笑顔を受けて、ぽっと頬を染める将来有望な冒険者が2人。

 その様子に処置なしだと言わんばかりに、ディアルドは大げさに肩をすくめた。



 「ったく、もういい。顔合わせは終わったから、後は帰るなり、適当な依頼を受けるなり好きにしろ」


 「僕らが受けた方がいい依頼ってなにかある?」


 「今のところは大丈夫だ。緊急の依頼が入った時は、指名依頼で連絡飛ばすから、それまでは適当にしててくれ。シュリも忙しいだろうしな」


 「分かった。じゃあ、今日の所は帰ろうかな」



 ディアルドの言葉にシュリは頷き、これから冒険者として自分と組んでくれる2人の顔を見上げた。



 「ジャズとリリは? これから何か依頼を受けるの?」


 「私達も、特に依頼を受けてないし、今日受ける予定もないよ?」


 「ちょっと前に大きい依頼を終えたから、今は休養期間中なの」


 「そっか。じゃあ、一緒に帰る? ご飯でも食べて帰ろっか」


 「うん!!」


 「ええ!!」



 シュリの誘いに、2人は顔を輝かせる。

 そんな2人の様子に、シュリもまた顔をほころばせた。



 「よし、じゃ、いこっか。ディー、僕らはもう行くね?」


 「おう、行け行け。ただし、節度はわすれんなよ?」


 「分かってるよ。じゃあ、またね」



 投げやりなディアルドの言葉に苦笑しつつ、ギルド長室を後にする。

 部屋の外で、シュリは再びジャズとリリの顔を見上げた。



 「ご飯、ギルド食堂でもいい? 僕、あそこの日替わり定食、大好きなんだ」


 「もちろん!!」


 「シュリとなら、どこでもいいわよ」



 シュリの提案に快諾してくれた2人とともに、シュリは久々のギルド食堂へと向かう。

 ギルド食堂が1番混雑するのは、夕刻。

 依頼終わりの冒険者達が利用することが多いのだが、昼は昼で、それなりに込み合っていた。


 冒険者に混じって、ギルド職員の姿もちらほら見える。

 ギルド食堂は安くて美味しいので、職員達の貴重な栄養補給の場となっているのだろう。


 夜はお酒の提供もあるため接客スタッフもいるのだが、昼はセルフサービスなので、シュリは意気揚々とカウンターへと向かう。



 「こんにちは〜」


 「あら、シュリちゃんじゃないの。久しぶりねぇ」


 「うん、久しぶり! 色々あちこち動き回ってたから中々来れなくて。アンナさん、僕、日替わり定食ね」


 「はいよ。あんた〜、日替わり一丁」



 夫婦で昼のギルド食堂を切り盛りし続けてウン十年のアンナの声が食堂内に響く。



 「あ、私も日替わりでお願いします」


 「じゃあ、私も」


 「はいよっ。日替わり追加で二丁」


 「……おう」



 アンナの元気のいい声に、厨房の奥からうっそりと返事が返ってくる。

 そんな変わりない2人の様子ににっこりしつつ、


 「ダグさんも元気そうだね。僕、ダグさんのご飯食べるの、楽しみにしてたんだ」


 シュリは素直に気持ちを伝える。


 「あらぁ、ありがとねぇ、シュリちゃん。だってよ〜? あんた」


 にこにこ笑顔のシュリの可愛さに相好を崩しつつ、アンナは厨房の亭主に向かって声を張り上げた。


 「……腕によりをかける」


 厨房の奥から、うっそりした中にも熱意を感じさせる声が返ってきて、アンナはにまにましつつ、シュリに木札を渡した。



 「やる気になってるみたいだから、楽しみに出来上がりを待っておくれよ。出来上がったらこの番号で呼ぶからね?」


 「うん、分かった。ありがとう」



 にっこり笑って木札を受け取ったシュリは、食堂の中を軽く見回して空き席を見つけると、


 「ジャズ、リリ、行こうか」


 2人を促して、食堂中程の適当な席に着いた。

 仲良くおしゃべりしながら待つことしばらく。番号を呼び出されたので立ち上がろうとしたシュリに、



 「あ、いいよ。シュリは座ってて?」


 「私とジャズで取ってくるわ」



 ジャズとリリはそう言って、2人で連れ立って歩いていった。

 その後ろ姿を見送っていると、2人が立ち上がって空いた席に、どすんと座る人が1人。

 若干強面なその人は、シュリを睨みつつ、


 「おいガキ。そこどけよ」


 短い言葉で要望を伝えてきた。

 その言葉を受けて、シュリは周囲を見回す。

 昼の食堂も混んではいるが、席が全くないほどではない。

 軽く見回しただけでも空き席は複数見つかったが、目の前のこの人の目には入らなかったのだろうか。

 シュリは小さく首を傾げつつ、こちらを睨んでいる青年を見上げた。



 「えっと、おにーさん?」


 「あ?」


 「あっちにも席、空いてるけど?」



 空いてる席に座ったらどうだろう、と言外に提案してみる。

 しかし青年は、素直には頷いてくれなかった。


 「は? 誰が空いてる席を教えてくれって言ったよ!? ちげーよ! 俺はこの席がいいんだよ。黙って譲ってどこかへ行けよ」


 どうしてこの席にこだわるんだろう、と内心首を傾げていると、料理を受け取りに行った2人の背中が目に入った。

 次の瞬間、シュリははっとして目の前の青年を見上げた。



 「僕の日替わり定食はあげないよ!? ダグさんが僕に食べさせようと一生懸命作ってくれたんだから! おにーさんはちゃんと自分で注文して作ってもらいなよ」


 「誰がてめーの飯をよこせっつったよ!? いらねぇよ、めしなんか!!」


 「ご飯がいらない!? じゃあ何で食堂にいるのさ!?」


 「そりゃ、目当ての女が食堂に入っていくのが見えたからに決まってんだろーが」


 「目当ての女の人が? なるほど……」


 「理解したか? じゃあ、さっさと席をゆず……」


 「え? 譲らないよ? 何で僕がそっちのナンパの為にご飯を諦めなきゃならないのさ。やだよ」


 「じゃあ、飯だけ持って移動しろよ」


 「だからヤだってば。1人で食べるよりみんなで食べた方がおいしいもん。あ、でも、もし良かったらナンパさんも一緒に食べる? それならいいよ? 料理、注文しておいでよ」


 「俺はナンパなんて名前じゃねぇし、お前と飯も食いたかねぇよ! いい女を両脇にはべらせてウハウハしてぇの!!」


 「え〜? わがままだなぁ」



 シュリは唇を尖らせたが、目の前のナンパお兄さんに引く気は無いらしい。

 さてどうしようかなぁ、と思っていると、軟派な彼の背後に2つの影が現れた。

 無事に料理を受け取って戻ってきた、ジャズとリリである。



 「シュリ、料理受け取ってきたよ? 大丈夫? なにかあった?」


 「この騒がしい男は何者?」


 「うおっ!? いつの間に!?」



 音も気配もなく背後に現れた2人に、青年が驚愕の声をあげる。

 そんな彼の反応を気にした様子もなく、



 「ほら、シュリ。美味しそうだよ? デザートはダグさんのサービスだって。育ち盛りだろうからって、ご飯もおかずも大盛りだよ?」


 「さめない内に早く食べましょ? サービスの代わりに味の感想が欲しいって、ダグさん、言ってたわよ?」



 2人は手早くシュリの前に食事のトレイを置き、その左右の席に己のトレイもセッティングしていそいそと座る。

 シュリのイスの横に、己のイスをぴたりとくっつけて。



 「えっと、近くない?」


 「そ、そう? 普通だよ、このくらい」


 「そうよ。冒険者ならこのくらい普通ね」


 「冒険者ならこのくらい普通なの? そうかぁ」



 じゃあ、まあ、いっか、と納得して、シュリは料理に向き直る。

 正直今は、席が近すぎるとかそんなことを気にするよりも、目の前の料理の攻略の方が大事だった。


 「いただきまぁ〜……」


 す、と続けて食事をはじめたかったのだが、


 「冒険者ならこのくらいが普通、じゃねぇよ!? なにさらっと俺を無視してうらやましい状況を楽しんでんだよ!?」


 なにやら盛大なつっこみが入った。



 「あれ? まだいたの?」


 「まだいたの、じゃねぇよぉぉぉ。ってかどうしていなくなってると思うんだよ!?」


 「まったく、かまってちゃんだなぁ。待っててあげるから、早くご飯を注文しておいでよ?」


 「一緒に飯食いたい訳じゃねぇ、っつってんだろぉぉ!?」


 「あれ? そうだったっけ?? じゃあ、なにが目的……あ、ナンパか」



 叫ぶ青年を前に、ようやく彼の目的を思い出したシュリがぽん、と手を打つ。

 シュリの言葉に、2人が反応した。



 「ナンパって、あれだよね? リリシュエーラ」


 「そうね。ナンパってあれよね? ジャズ」



 剣呑な光を放つ2人の瞳に全く気づくことなく、ようやく自分に向けられた眼差しに、青年はわかりやすく舞い上がった。



 「そ、そーなんだよ。実は俺、あんた達のことが……」


 「シュリをナンパなんて、許さないよ!!」


 「シュリの可愛いお尻を狙おうなんて、絶対ダメなんだから!!」


 「なんでそうなるんだよぉぉぉぅぅぅ!?」



 舞い上がった気持ちを地底奥深くまでたたき落とされ、ナンパな青年は崩れ落ちるようにテーブルに突っ伏した。



 「シュリに一目惚れしちゃったんでしょう? その気持ちは分かるけど、シュリは譲れないよ」


 「ええ。シュリが可愛い素敵すぎて好きになる気持ちはとてもよく理解できる。でも軽い気持ちなら止めておくのが賢明よ」


 「そうじゃない。そぉじゃないんだよぉぉぉぅ」


 「そうだよ、ジャズ、リリ。ナンパは……」


 「だから、ナンパっつー名前じゃねぇ、っつってんだろぉぉぉ……」



 青年は反論するが、その声に力はない。

 彼はのろのろと体を起こし、シュリを軽く睨んだ後、ジャズとリリを交互に見つめた。そして。


 「俺が手に入れてぇのはあんた達だ。ジャズ、リリシュエーラ、ハーレムを前提に俺のパーティーに入ってくれ!!」


 鼻息も荒く、叫ぶようにそう言った。



 「ハーレムを」


 「前提??」



 青年の魂の叫びに、ジャズとリリシュエーラが理解できないとばかりに首を傾げる。

 シュリは、色々とんでもない申し入れをしてきたその青年の顔をまん丸な目で見上げた。



 「ハーレムを、前提に……ってなに?? 結婚を前提、とかならわかるけど」


 「言葉の通りだ。ガキには分かんねぇだろうが、ハーレムは男のロマンだぜ! 俺には俺のハーレムパーティーのメンバー全員を幸せに出来る自信と器がある!!」



 彼は目をキラキラさせてはっきりきっぱり言い切った。



 「ち、ちなみに聞くけど」


 「いいぜ。何でも聞きな。あ、ちなみに俺のハーレムに男は募集してねぇからな。いくら可愛くても、お前は入れねぇ」


 「あ、うん。それはいいんだ。別に入りたくないし」


 「……入りたくないとか言うなよ。ヘコむだろ」


 「男は入れないっていったのに?」


 「それとこれとは別なんだよ」


 「べ、別なんだ。色々難しいんだね……。で、質問なんだけど」


 「おう、なんだ?」


 「ハーレムさんのパーティー、今何人くらいメンバーがいるのかな、って」


 「……1人だ」


 「ハーレムさん以外に?」


 「……俺を含めて、だ」


 「そ、そうなんだね……」



 沈黙が、落ちた。

 ご飯がさめちゃうから早くどこかへ行って欲しいけど、なんだか可哀相でどこかへ行けとは言いにくい。

 シュリは困った顔でナンパ青年……いや、ハーレム冒険者を見つめた。

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