第496話 冒険者ギルドにて②
階下の騒ぎなど知らず、シュリは2階にあるギルド長の執務室の前にいた。
ノックをすると、
「シュリか? 入ってきてくれ」
中から聞こえたのは低い、落ち着きのある声。
冒険者養成学校へ来ていた頃はよく耳にしていた懐かしい声に口元をゆるめつつ、シュリはゆっくり扉を開く。
そして、
「よく来たな、シュリ。元気そうだな?」
豪快とは対等なな笑い顔の大きな男の顔を見上げた。
「うん。久しぶり。ギルド長も元気そうだね?」
「ギルド長なんて呼ぶなよ。他人行儀だな。いつもみたいに名前で呼べ。名前で」
にっこり笑顔のシュリの挨拶に顔をしかめ、王都のギルドのトップ様は唇を尖らせて文句を言う。
大の大人が見せる子供っぽい様子に、シュリはちょっぴり苦笑しつつ、
「分かったよ、ディー。これでいい? 言っとくけど、他の人がいる前では校長先生かギルド長って呼ぶからね?」
ディアルドの腹心が彼を呼ぶようにそう呼んだ。
そんなシュリの呼び掛けに、ディアルドはにっと笑う。
「ああ。それでいい。人前では体裁ってもんがあるが、お前とはできる限り対等な関係でいたいからな」
「対等っていってもさ。冒険者ギルドのトップと下っ端冒険者だよ? ちょっと無理があると思うけど」
「誰が下っ端だよ。今すぐにだってトップをとる実力があるくせに。お前がのぞむなら、2人目の
「ええ〜? ヤだよ、面倒くさい。そういうのはおばー様に任せてるし」
「ったく。ま、お前も色々と忙しそうだし、無理を言うつもりはないけどな。ただ、時々は冒険者の活動もしてくれよ? 王都周辺は辺境ほどじゃないが、それでも高位の冒険者じゃないと対処できない依頼もそれなりにあるからな」
「分かってる。頻繁に、ってのは無理だと思うけど、僕にできる範囲で冒険者としての活動はするつもりだよ。その為に今日も来てるんだし。僕と一緒にチームを組んでくれる有望な冒険者を紹介してくれるんでしょ?」
「おう。若手の中ではかなり期待をもてる連中だな。若い分、考え方も柔軟だし、お前と組ませるのにちょうどいいだろ。キャリアが長くてランクももっと高い奴らもいるが、そういう奴らは大抵プライドも高いし個性が強すぎるから、お前と組ませるのはちょっとな」
「考え方が柔軟なのはありがたいかな。僕は、ほら、ちょっと特殊だし?」
「ちょっと、っつーか、かなり、な?」
「もう、それは言わない約束でしょ?」
「はは。悪い悪い。冒険者養成学校時代のお前の同期も検討はしたが、実力的にまだちょっとな。だいぶ仕上がってきてはいるんだが」
「そっか。みんな頑張ってるんだね」
「おう。お前って言う異分子の存在が刺激になったせいか、どいつもそこそこ優秀だ。脱落した奴も、今のところ、1人もいないしな」
その記録は驚異的だ。
少なくとも、王都で冒険者養成学校をはじめてから、脱落者が1人もいない期は、シュリが在籍した期以外にはなかった。
あまり数は公にされてはいないが、冒険者の死亡率はかなりえぐいものがある。
それでも冒険者を目指す者が絶えないのは、どんな人間にも広く開かれた門戸と成功すれば金と栄光が手にはいるという輝かしい未来を夢見る者が後を絶たないからだろう。
もちろん、堅実に生活の手段として冒険者という職業を真面目にこなす者もいなくはないが、一攫千金を夢見る者の方が圧倒的に多いのが事実だ。
シュリの同期達も、当時は夢見る若者が大多数を占めていた。
しかし、自分より明らかに弱そうなのに反則的な強さを持ち、なのに冒険スタイルは臆病ともとれるほどに堅実で真面目な異分子に影響を受けた為か、無謀な冒険をする者は1人もいなくなり。
結果、依頼の下調べを怠る事のない、真面目でそこそこの実力を持つ冒険者が量産された。
それを知ったディアルドは言ったものだ。
学費免除どころか、給料を払ってもいいから、後数年、冒険者養成学校の生徒でいてくれないか、と。
もちろん、
「え、やだよ。面倒くさい」
当時のシュリは即座に切って捨てたが。
その後、シュリの同期が冒険者養成学校の教員になったり、夢見がちな冒険者の矯正活動は地道に行われているが、己を過信しすぎている新人達の鼻っ柱を折る作業は中々に骨が折れ、思ったようにはいっていないようだ。
「まあ、高位の冒険者……特にAランク以上の冒険者となると、元々の才能がものを言うんだろうがなぁ。お前のばーさん、ヴィオラ・シュナイダーなんてのはその筆頭だな。奴には冒険者の常識なんてもん、かけらもないからなぁ。ほぼ本能で動いてるだろ?」
「う〜ん、まあ、否定は出来ない、かなぁ」
ヴィオラが聞いてたらむき〜っとなるような問いかけに同意を返しつつ、シュリは執務室の奥の扉に目を向ける。
この部屋に入った瞬間から、あの扉の向こうにかすかな気配を感じるような気がしていた。
1人ではなく複数。
恐らく2人。
気配察知が得意なシュリでもかすかにしか分からないくらいなのは、隠れている2人の実力が確かな証拠だろう。
(ドアの向こうの人達が、僕と組んでくれる冒険者さんなんだろうな、きっと)
そんなことを思いつつ見上げると、ディアルドはシュリの考えを肯定するように唇の片側を上げてにっと笑った。
「気配はうまく消してたと思うが、気づいたか。流石だな。そろそろ顔合わせしとくか」
「うん、そうだね」
「よし。2人とも、待たせたな。入ってきて
くれ」
ディアルドが扉の向こうへ向かって声をかける。
その声に応えて、閉ざされた扉がゆっくりと開いた。
◆◇◆
扉の向こうから現れた2人の顔に、シュリは半ば驚き、半ば納得していた。
もしかしたら、そんな風に思っていたからだ。
「紹介は不要だろうが、一応形式として紹介しておこう。こいつらがお前と組んでもらう予定の冒険者、ジャズとリリシュエーラ。ついこの間Aランクに上がった有望株だ。んで、こっちはシュリ。実力はSSランク相当な猫かぶりのAランクだ。ま、お互い、分かり切った情報だろうけどな。顔見知りだよな? お前等」
「まぁね。久しぶり……というか、この間ぶりだね、2人とも」
ディアルドの言葉に頷き、シュリがにっこり笑って話しかけると、2人は揃って顔を赤くした。
恐らく、この間の逢瀬を思い出した為だろう。
各地を転々としていた時期を終えて王都に戻ってきたシュリは、片手では数え切れない恋人達1人1人と再会を祝うデートをし、つい先日それを終えたばかりだった。
2人の順番は後ろの方だったので、本当についこの間会ったばかり。
まとまった時間を2人きりで、というシチュエーションが久しぶりだったせいか、その逢瀬はかなり熱々甘々で。
といっても、シュリの体がまだお子さまなせいで、熱々といってもせいぜい熱いキスを交わすくらいの事くらいしか出来ていないが、手段が限定されている分は回数でカバーした。
唇が腫れるほど、というのは言い過ぎだとは思うが、そう言っても過言ではないくらいに、ことあるごとにいたしていた、ような気はする。
キスになれきっているシュリからしても少々気恥ずかしいくらいに。
シュリが少々気恥ずかしい、と感じているということは、向こうはきっともっと照れくさく感じている事だろう。
そんなことを考えながら2人を見る。
すると、向こうからも熱いくらい熱すぎるまなざしが返ってきた。
そんな2人に、シュリはちょっぴり額に冷や汗を浮かべる。
あれ、思ってたのとちょっと違うぞ、と。
(も、もしかして、恥ずかしい、というより、火がついちゃった?)
どことなくギラついた、獲物を狙うまなざしで見つめられながらシュリは思う。
やっぱり、僕の周りの女の子達は肉食系な子達ばっかなんだなぁ、と。シュリが受け身なので、それくらいでちょうどバランスがいいのかもしれないけれど。
ここが他に誰もいない密室であれば、そのまま桃色空間に突入してしまったかもしれない。
しかし。
ここにはそんな3人を半眼で見つめる人物がしっかりいた。
「おいおい。ここは冒険者ギルドのギルド長の執務室だぞ? よくそんな発情した空気だせるなぁ? お前等がその調子なら、シュリには他の冒険者を紹介するしかねぇが?」
「はっ!? シュリの笑顔が余りに素敵すぎて、ついうっかり!!」
「シュリの香りがかぐわしすぎて、理性がとんでたわ!?」
ギルド長の衝撃発言に、桃色に浸食されていた2人の理性が戻ってきた。
「お前等以外となると、そうだなぁ。そうだ。Aランクパーティーの[ゴールデン・ローズ]……」
「あ、あそこはダメです!!」
「正気!? 奴らは獣よ!? 男も女も見境無いんだから!! シュリみたいな可愛い子が迷い込んだら、一瞬でお尻を狙われるわよ!?」
「お、お尻を狙われるのはちょっとやだな……」
「いや、流石にそこまでひどい連中じゃねぇと思うぞ? だが、まあ、確かに下半身の管理が甘い連中ではあるからな。んじゃあ、ちょっとランクは落ちるが最近実力を付けてきてるBランクパーティーの[ダブルマッスルズ]とか……」
「ダ、ダメです!」
「筋肉の事しか考えてないパーティーにシュリを入れる!? あり得ないわ!! シュリに無駄な筋肉がついたらどうしてくれるのよ!?」
「え? 筋肉? 僕、その[ダブルマッスルズ]と組んでもいいけど……」
「「絶対ダメ!!」」
「……ハイ」
「あれもダメ、これもダメじゃ困るだろーがよ? じゃあ、どのパーティーだったらいいんだよ?」
「私達がいいと思います!!」
「私達以外にあり得ないでしょ!?」
「そのお前等が浮ついた空気垂れ流してるから他の奴らを検討した訳なんだが?」
ひんやり冷えたギルド長のジト目に、2人は即座に姿勢を正した。
「浮ついて申し訳ありませんでした。私達にシュリと行動させて下さい」
「心を入れ替えて頑張るから、許してもらえないかしら? 周囲の欲望からシュリを守りながら冒険できるのは私達だけだと思うの。シュリの快適な冒険者生活を私達に守らせてほしいわ」
潔く頭を下げた2人をしばし睨んだ後、ディアルドはやれやれと大げさに肩をすくめる。
「今後、冒険者として活動する間は、恋愛的な行為は自粛できるな?」
「努力します!」
「努力するわ」
「努力だけじゃどうもなぁ。絶対しない、と誓えるか? お前等があんまりいちゃいちゃ冒険してたら、他の連中へのしめしもつかねぇんだが」
「……し、しません!!」
「……し、しない、わ」
「ああ? 聞こえねぇなぁ?」
「しません!!」
「しないわ!!」
「誓えるんだな?」
「誓います!!」
「誓うわよ。誓えばいいんでしょ!!」
半眼のディアルドに向かって、2人はやけくそのように叫ぶ。
それを聞いたディアルドは、言質をとったとばかりににまぁ、っと笑った。
「よぉし、ちゃんと聞いたからな? 口だけの約束だと思うなよ? お前等がイチャイチャしながら冒険してた、なんて報告がどこからか入ってきたらその時は」
「「そ、その時は……?」」
「シュリは[ゴールデン・ローズ]か[ダブルマッスルズ]のモノになるってだけだ」
「「!!??」」
にやりと笑って続けたディアルドの顔を、2人は驚愕のまなざしで見つめ、それから顔を見合わせて頷きあうと、決意を込めた瞳で再びディアルドを見上げた。
「誓いは、破りません!」
「シュリのパートナー冒険者の地位を、他人に譲ったりはしないわ」
「……ならいいさ。シュリも、異論はねぇよな?」
ディアルドは、それまでの意地悪が嘘だったかのようにからりと笑い、シュリにもそう問いかけてきた。
「もちろん。僕に異論はないよ。冒険者としての活動はデートじゃないし、デートは冒険者の活動外ですればいいんだから」
シュリは若干の苦笑とともに頷き、
「でしょ? ジャズ、リリ」
笑顔とともに、2人にそう振った。2人はぱっと顔を輝かせ、笑顔で大きく頷き、
「デートは別の時に。そうだよね、シュリ!!」
「冒険は冒険、デートはデート。いい考えだと思うわ!!」
デート(ご褒美)は別にある、と理解した2人は即座に頷いた。
そんな2人にシュリは再び微笑みかけ、それからディアルドの顔を見上げた。
「2人も異論はなさそうだよ。デートはちゃんと冒険者としての活動時間外にするから問題ないでしょ?」
「問題は、ねぇな。だがよ、シュリ」
「ん?」
「お前その年で、女を転がすの、うますぎじゃねぇか?」
「そんなことないよ? 普通でしょ?」
「気をつけろよ〜? あんまり調子に乗ってると、その内に刺されるぞ?」
「やだなぁ。大丈夫だよ。ちゃんと大切にしてるから」
ディアルドの大人の男としての苦言に、シュリは微笑みで返し、
「そっちこそ、刺されないように気をつけた方がいいんじゃない? 噂は色々聞こえてるよ〜?」
笑顔のままでチクリとやり返しておく。
「あ〜……まあ、腹筋鍛えてあるし、大丈夫だろ?」
苦い顔で答え、己の鍛え上げられた腹を撫でるディアルド。
そんな彼をシュリは面白そうに見つめた。
「そこ、俺は刺されることはやってねぇ、とかじゃないんだ。一応自覚はあるんだね」
「そりゃな〜」
「そろそろ身を固めちゃえばいいのに」
「この年で嫁さんもらうのもな〜」
「ん~……あ、オルカは? 美人だし、優しいよ?」
シュリの提案に、ディアルドは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「確かに美人だけどよ。あいつ、俺が冒険者になりたてのガキの頃から知ってるんだぜ? 若気の至りな恥ずかしい失敗をみんな知ってる女なんてやだよ……」
「ええ~? わがままだなぁ。じゃあ……あ! トリスタは? トリスタも美人だし、ディーとも仲いいでしょ?」
「トリスかぁ。そりゃあ見た目はいいし、ああ見えて結構尽くすタイプだし、わるかねぁけど……」
「でしょ?」
「でも、オレ、あいつに昔、ディーみたいなだらしない男とは絶対結婚したくない、って言われてるし」
「ん~。そっかぁ」
シュリは、少ししょんぼりしてしまったディアルドを見ながら、とりなすように口を開いた。
「でも大丈夫だよ。ディーはかっこいいし、
お嫁さんになりたい子だっているよ、きっと」
「そんなこと言ってくれんのはシュリだけだぜ。いっそのこと、シュリが俺の嫁に……」
「ならないよ!? 僕、男の子だからね!? ……ってどうしたの? 顔、ひきつってるけど??」
「いや、なんつーか。お前に否定される前に、強烈な殺気が2方向から、な? こう見えて、俺は元Aランクだぞ? その俺に恐怖を与えるとは、侮れない奴らだぜ。……シュリ」
「ん?」
「ほんっっっっとに気をつけろよ? 女はお前が思ってるよりずっと怖い生き物なんだからな?」
シュリの両肩に手を置いて、大人の男としての忠告を与えるディアルドの背後に2つの影。
「……ギルド長?」
「……シュリに変な考えを植え付けるのはやめておいた方が賢明よ?」
「シュリを大切に思うのは私達だけじゃないですから」
「私達なんかまだ優しい方だからね?」
「ギルド長の方こそ、気をつけて下さいね?」
「ギルド長の方こそ、気をつけなさいよ?」
背後から届いた忠告に、ディアルドはそれ以上の言葉を飲み込んだ。
は〜っと大きく息を吐き出して肩を落とし、それからシュリをじとりと見つめた。
「……お前の周囲の女はどうなってるんだよ?」
「みんな可愛くて優しいよ?」
「……まあ、いい女が揃ってる事は否定しねぇがな。優しいってのはなぁ」
「じゃあ、言い直すよ。僕には、優しい。これなら文句ないでしょ?」
「……だな。それなら、間違いじゃ、ねぇな」
シュリがにっこり笑い、ディアルドは苦い顔で渋々頷く。
ディアルドをちゃんと納得させられたことに満足しつつ、
「ジャズ、リリ。今日からよろしくね」
シュリはキラキラの笑顔を、ジャズとリリに向けるのだった。
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