エピローグ 夏の終わり

 夏というものは音を立てずに終わってゆく。季節だけではない、人生ですら音を立てずに終わることもあるのだ。


山田優希は「その日」も海岸にいた。夏はもう終わって、秋の風が体を冷やした。

隣には青木華がいる。

「ねぇ」

華が言う

「なんであの時充(みつる)くん。。手を放したと思う?」

「さあ?」

「わたしね、思うんだ。。。「生きて」って言いたかったんだって」

「そうかな?」

中学一年の夏、華と優希そして充という少年はこの海岸にいた。

三人は幼なじみで何をするのもいつも同じだった。

しかし思春期を迎えこの三人の関係が少しずつ変わっていく。

「恋心」一言でいえばそういうものだ。

優希と充はお互い華が好きだった。しかし、二人とも華に告白することが出来なかった。

そして事件は起きた。

あの日三人で小舟を借りてこの海岸から海に出た。

「釣り」をするためだった。

実は優希と充はある「賭け」をしていた。

「魚を多く釣った方が華に告白する、それでいいな?」

充は鼻息が荒くなった

「男に二言はないぞ、優希。」

「おう」

「お前は初心者だからな、まっ、俺の楽勝は決まりだな。」

「ビギナーズラックって言葉を知らないのか?充。小さな魚だってカウントするんだろ?」

「お、、おう」充の自信が少し揺らぐ。


そして三人は船に乗り海に出た。華は何も知らない。

櫓をこぐのは充だ。充の祖父は漁師でここら辺の釣り場は熟知している。

そんなときであった。

今まで晴れ渡っていた空がどんよりと曇ってくる。

あっという間に土砂降りの雨が三人に降り注いだ。

「い、いけねえ。」充が言った。

「どうした?」見ると足元に水が溜まっている。

「おーい」優希は声をあげる。

たまたま近くで漁船が寄港するところだった、こちらに気付いて救出に向かった。

漁船がゆっくり近づく。

「大丈夫か?」20代の漁師が手を差し伸べた。

華の手をそれに預けたのは優希だった。

華は力強い漁師の手に引かれて、漁船に乗った。

優希は振り返ると充をみた。

「お前がいけ」充は怒鳴った。

優希が漁師の手に引かれる。

次は充の番だ。

そう思った時だった。

大きな波が来る。

「みつる~~~」優希は叫んだ。

「みつるくん」そう言って華は手を差し伸べる。

わずかだが届かない

思い切り手を伸ばす、華の体を優希が支える。

「手が届いた。。」

次の瞬間充は微笑んでいた。そして充の指は華の指からゆっくりと離れていった。

「みつる~~~~~」優希の声も届かない「大きな音」がすべてをかき消した。



それから何年たつのだろうか?二人にとって「遠い昔」のようにも「昨日」のようにも思える。

その後優希は華に告白することは無かった。華も誰とも付き合わなかった。

「充。。。」優希の一言で、二人の頬を涙が伝う。

突然、華は優希の顔を両手で挟んで自分の顔に向けた。

そしてキスをする。

ゆっくりと重なった唇が離れる。

「充君も許してくれるよ。」

「ああ」

次第に秋の風も冷たくなり冬になる。

風が充の笑い声に二人には聞こえた。 

              完




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帰らざる海 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya

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