第5章 法の裁きの名のもとに

 ― 1 ― 白と黒の激突


 月下の騎士ナイト・アンダー・ザ・ムーン征督府長官コンスル

 この二人が交わした単語の意味が咄嗟にはわからなかった。


 我が弟マイ・リトル・ブラザー。そして余の兄上マイ・ビッグ・ブラザー

 互いに告げ合う呼称は、二人が肉親に他ならない事実を示している。


 それも道理だ。顔色こそ白黒と明確な差があるが、面構えは瓜二つなのだから。

 ソフィーにしごかれて考える余裕を失っていたとはいえ、その可能性に行き着かなかったのは迂闊うかつすぎた。ナオミは自らの浅薄さに舌打ちしながら二人の男を見比べるだけだ。


 そろそろ朝焼けが始まる頃合いだった。月下の騎士はほのかな光の中、長い髪をなびかせつつ、ゆっくりと振り返った。


「お前から兄上ブラザーと呼ばれる日が再び来ようとは夢想もしていなかったぞ。それにしても一人で現れるとはいい度胸をしているな」


 南部峯も負けじと言い返す。

「信じる者は己のみよ。失業者対策も兼ねて保安官カウンティ予備隊リザベーションズを編成させたが、質の低下は目を覆うばかり。それにここは余の私邸だ。無能な部下などにはとても任せられぬ」


「それで……同じ日、同じ時に母の胎内から生まれ出たお前は、この兄をどうしようというのだろうか?」


 双子である事実をカミングアウトした月下の騎士に対し、征督府長官コンスルは銃口をかざしたまま鋭く口上を述べた。


「月下の騎士こと南部峯ナンブミネ益荒男マスラオに告げる。法と正義と秩序の名においてそなたを逮捕するユー・アー・アンダー・アレスト


 カラスの親玉を連想させる男は、余裕たっぷりな笑みを見せると、

「それは征督府長官コンスルとしてではなく、保安官カウンティとしての物言いだな。それに加えて裁判官ジャッジとしても活躍しているのだから大したものだ。実の兄としても鼻が高い。

 だが、必ずしも評価とは結びついていない現実はわかっていまい。執政家としての手腕は評価されているが、裁判官としてはどうだ? 意外と悪評が聞こえているのではないかな。

 死刑執行率が他の都市と比較しても群を抜いて高いのが原因だぞ。即決裁判の弊害だな。捜査も不充分では、冤罪も皆無とは言えないだろう」


「大の虫を生かすためには小の虫を殺さねばならんときもある。自由を謳歌させるだけでは民衆は落ち着かぬ。法による統治は必要悪なのだ。だからこそ恵殿エデンは今日も平和なのだ」


「大の虫に認められる者はいいさ。だが小の虫にカウントされた者はどうなる? それも自らが望まぬのにだ。

 平和だと? それが意味する真意をお前がわかっているとは思えない。バカバカしい城壁で周囲に垣根を張りめぐらし、タコ壺に自閉した世界で何がわかる?

 いや、何もわかりゃしないさ。外に出てみろ。差別と貧困と殺人だけで満たされた世界が広がっているぞ」


「そんな世界に首まで染まりきった奴が何を語ったところで説得力など皆無。外に出なければならんのはそちらであろう。窓を開けて余が統治する恵殿エデンを見ればわかるはずだ。富が平和を勝ち得る要素であることに」


「それはそうだろう。娼館と賭博場を公共事業にしているのは国広しといえども恵殿エデンだけだ。混沌のみやこを形成するに違いない施設から税を搾れば、金庫は潤うだろうよ。お前が熱心に進めている大陸横断鉄道の誘致も、土建屋絡みの利権を狙っての行動だろうが」


「どんな金でもないよりずっといい。少なくともここ数年、恵殿エデンは餓死者は一人も出ておらぬぞ。人は貧しいから奪い合うのだ。皆が豊かになれば不満も争いも消え失せる。その考えを実践中の模範例モデルケースなのだ。善良な市民なら、標準規格に添った形での幸福をたやすく手に入れられようぞ」


「なるほど。では、善良な市民になろうとしても、最初から標準規格外にされた私のような者には、幸福になる権利はないわけだ」


「あたりまえではないか。悪党に情けばかりかけているから、弱者ばかりが常に泣かねばならんのだ」


「過信の道を歩めば、お前もその悪党というカテゴリーに分類されてしまうぞ。いや、その兆候はもう出ている。知っているか? 征督府長官コンスルのお前につけられた渾名ニックネームを?」


「知らぬ」


「〝トランプの女王〟だよ……」


 長々と続く二人の会話は、ナオミにとって難解なものであったが、最後の単語だけは何を意味しているかすぐわかった。発掘童話の人気作|不思議の国のアリス(アリス・イン・ワンダーランド)に登場する凶暴なキャラクターだ。何かというと死罪を連発する危ないおばさんである。

 トランプの女王を承知しているか否か――それは南部峯の表情からは推測できなかったが、彼は間髪を入れず、こう言い返してきたのだった。


「市民の幸せのためならば泥を甘んじて被ろう。ならば大衆の期待に応えようではないか。余は悪党を滅ぼすためならば何万回でも叫んでやるつもりだ。『首を切れ!』とな」


 知っているとは意外だったが、月下の騎士が次にとった行動はもっと意外だった。笑みを誘うまでに巨大な拳銃を取り出すと、ナオミのこめかみに銃口を添えたのだ。なんの躊躇ちゅうちょもなく撃鉄をあげる音が、鼓膜に突き刺さってきた。


「まだ縛り首になるのは御免こうむる。悪いが逃げるぞ。この娘を人質にしてな」

「ちょっと!」

「やるがいい。どうせ余の女ではない。贖罪中のメイドが一人死んでも貴様を逮捕できればお釣りがくるというもの」

「ちょっと!」

「強がりを言うでない。我が弟よマイ・リトル・ブラザー。お前が女を見殺しにできないのは知っている。だからこそソフィー・ホチキスの今があるのだ。忘れたとは言わせないぞ」

「ちょっと!」

余の兄上マイ・ビッグ・ブラザー。あの判断は過ちだった。同じミスは二度と繰り返さない。余も進化したぞ。人質をとられて銃を捨てるのは最悪の選択だ。こちらは撃たれ、人質は解放されず、犯人は逃げてしまう。メリットは一つもないではないか」

「ちょっと!」

「では兄としてこう。お前はいちど助けた娘を今度は殺すのか?」

「ちょっと!」

「何を言っているのか理解できない」

「ちょっと!」

「思い出せ。九年前だ。栄光あるジェイホーカー団の使いっ走りをさせられていた頃、田舎の村を丸焼きにしたことがあっただろう。ホーリー・ウッズ村だ。あれが原因でジェイホーカー団は騎兵隊キャバリーに付け狙われ、解散に追い込まれたじゃないか」

「ちょっと……」


 頭でパズルが繋がった。

 そういえば横顔もなんとなく似ているような気がする。

(……違う違う違う! 私の〝灰かぶりのサンドリヨン王子プリンス〟はこんな奴じゃないわよ!)


 ナオミは落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせた。ホーリー・ウッズ村の惨劇は国中に噂として伝わった。昔の事件とはいっても知らない人はいないはず。この男は逃げるためならあらゆる嘘を舌に乗せるだろう。


 だが征督府長官コンスルは、肯定と思える発言を繰り出してきたのだった。

「余の人生における汚点を思い出させるでない。あれは大人の世界が濁りきったものである現実に頭をぶつけた日だ。月下の騎士よ。思えば、あれが最後であったな。そなたと意見が一致したのは……」


「そう。このナオミ・デリンジャーこそ、あの夜に我らが成しえた唯一の善行のあかしなのだ。〝親指姫サンベリーナ〟とは彼女なのだよ」


「虚言を弄すな!」

 征督府長官コンスルは爆発した。

「我らが助けた〝親指姫サンベリーナ〟は可憐な美少女だったではないか。こんな女か男かさえ判明しないがさつな生命体クリーチャーではなかったぞ!」


「ちょっと!」

 置いてけぼりにされたナオミの耳に、征督府長官コンスルの声が突き刺さる。

「真偽を検めるまでもなし。貴様と女を奪い合う愚は二度と御免こうむる!」

 すぐさま月下の騎士も、

「そうだ。我ら兄弟は異性に接近せぬほうが好ましい結果を生むらしい。なにせただ一人の女すら幸せにもできぬのだから。ソフィー・ホチキスがここにいなくて本当に幸いだった。我らが奪い合ったあの娘の顔を見れば、また惨劇が勃発していただろうから」


 驕りの中に油断が垣間見えた。

 ナオミは自由な右手を神速の勢いで伸ばす。指先が狙ったのは月下の騎士が愛銃としている〝落武者のルーザーズ種子島タネガシマ〟の弾倉部シリンダーだった。

 これは銃の構造を知る者ならではの行動である。回転式拳銃リボルバー弾倉部シリンダーが回らないかぎり、どうやっても引き鉄はひけないのだ。


 瞬時にこっちの意図を見抜いたのか、月下の騎士は銃を構える腕をあげようとした。だがナオミの指は微動だにしない。


「空中ブランコやっている女の子の握力と指圧をバカにしない方がいいわ。私の腕相撲アームレスリングの記録は四五勝二敗よ。これまで生っちょろい男どものひじを、たくさん使い物にならなくしてきたんだから!」


 嘘ではない。命を貨幣にして鍛え上げたナオミの指は長く、そして太い。握力計で調べたことはないが、かなりの値になるのは確実だった。


「ナオミ、離すのだ。このままでは私も君も撃たれてしまうぞ。体ならポンチョで致命傷は防げるが、さすがに顔面に直撃を喰らえば助からない」

「いや。離してはならぬ。そなたの身を守る唯一の手段を自ら放棄する愚を冒すな」


 相反する二つのリクエストを耳にした彼女は、まず流血阻止を第一に考えた。彼女は月下の騎士を見上げ、そして征督府長官コンスルに視線を注ぎ、こう言ったのだった。


征督府長官コンスルにお願いします。この指は離さないから一つだけ約束して。私もこの人も、絶対に撃たないって」

「しかと承知した」

 そう語った直後、征督府長官コンスルは黒褐色の頬をいささかも歪めず、当たり前のように引き鉄トリガーをひいた。


 苦悩も後悔も懺悔もなしに。

 まるで肩についたほこりでも払うみたいに。


 乾いた激発音と光が室内に充満した。

 眩しさに眼を閉じるしかないナオミだった。


 しかし、奇妙だ。いくら待ってもまぶたの向こうが暗くならない。通常なら激発で生じる閃光など一秒とかからぬうちに消え失せるものなのだが。

 頑張って瞳を開けてみる。そこに展開していたのは意外すぎる光景だった。


 まず室内には光が溢れていた。拳銃の火焔でもなければガス灯でもない。天然のライトだ。間違いなくそれは太陽光線だった。


 さらに驚愕すべき事態がナオミの視線に飛び込んできた。月下の騎士である。不死さえ予感させた強靱な男が、猫背をさらに猫背にし、床にうずくまっていた。


「撃たないって言ったのに!」


 ナオミの詰問にも、征督府長官コンスルはまったく動じずに返した。

「余は、そなたも月下の騎士も撃ってはおらぬ。狙撃したのはカーテンレールにすぎない。約束を違えてはいない。若干、説明不足だったのは認めるが」


 征督府長官コンスルは窓に近づき、半開となっているカーテンを全開にした。部屋に差し込む朝日の威力は倍増した。


「うごががぅうぅ!」

 途端に月下の騎士は野獣のようなうなりをあげた。大事にしている巨大拳銃さえ投げだすと、両手で顔面を覆った。


 鉄塊が床を叩く。ナオミは転がった〝落武者のルーザーズ種子島タネガシマ〟を拾い上げると、部屋の隅に飛びのいた。


 さほど強いとも言えない日溜まりの中で、月下の騎士は低く呻く。

「今日は夜明け前から豪雨のはずだ。早刷りをやっているアモーウ新聞店ペイパーの小僧に聞いた。あれは意図的な情報操作だったわけか。我が弟よマイ・リトル・ブラザー、腕を上げたな……」


 南部峯は無表情のまま、こう断言したのだった。

「天気予報とは戦略的武器たりえるわけだ。それを読み切れなかった御自身の甘さを恨むがよろしかろう。余の兄上マイ・ビッグ・ブラザー


 そう告げた征督府長官コンスルは笛を鋭く吹き鳴らした。その音色に反応したのは保安官カウンティ予備隊リザベーションズの面々だ。

 薄黄色シャンパンイエローのジャケットを着込んだ彼らは、口々に『御用アレスト! 御用アレスト!』と叫びながら、部屋へと突入してきた。


 その数、一三人。征督府長官コンスルは彼らに命令口調で、

「この者を捕縛せよ。両手足に手錠と鉄輪を忘れるな。犯罪者と虎を縛るのに遠慮は無用。情けはこちらの命を縮める結果を生もうぞ」


 保安官カウンティ予備隊リザベーションズは命令に従った。彼らはありったけの手錠と鎖で月下の騎士の手足を縛り上げ、命の火が消えたかのような彼を担ぎ上げると、そのまま運び出してしまった。


 唐突に辺りには静寂が訪れた。まだ興奮さめやらぬナオミに、征督府長官コンスルが命令を発する。

「銃をこちらへ渡すがよい」


 戸惑いはあったが、信じるしかなかった。

 彼女は指示に従った。巨大な鉄塊を手渡すと、なんだか月下の騎士との縁が切れてしまったかのような感覚が押し寄せてきた。

 後悔に支配されかけたナオミだったが、征督府長官コンスルはこちらに考える暇すら与えず、文鎮のような大型拳銃を見つめながら、こう言うのだった。


「君が餌になってくれたお陰で何もかもうまくいった。恵殿エデンの市民を代表して礼を言おう。秩序の敵を屠った功績は大きい。これであいつのテンガロン・ハットを盗んだ罪も帳消しだ。一階でそなたの私物を証拠品として保管している。受け取るがよい」


 平手打ちをしたい誘惑を必死にこらえるナオミだった。けれどその前に問い糾さなければならないことがある。お伽噺のような可能性だが、否定できるのは征督府長官コンスルだけだ。


「……月下の騎士は、もしかして吸血鬼ヴァンパイアなの?」


「文明人がそのような迷信を信じているとは嘆かわしい。しかし当たらずも遠からずの意見ではある。奴は世が世なら、吸血鬼ヴァンパイアの一派として心臓に杭を打ち込まれていただろう。

 あの男は重度の皮膚病なのだ。色素性皮膚ムーンライト火症候群・シンドローム――簡単にいうなら、生まれながら紫外線に極端に弱い体質にすぎぬ。

 太陽光線を浴びると肌に激痛が走る。特大の火膨れが生まれ、それは命さえ奪いかねない。よって夜しか自由に活動できないのだ。〝月下の騎士ナイト・アンダー・ザ・ムーン〟と呼ばれる由縁であろうな。余はその病魔に冒されなかった自分をありがたく思っている」


 そんな特異体質だったとは。ナオミは驚きを禁じ得なかった。超人以外のなにものでもない体力と反射神経を見せつけた月下の騎士が、そんな内憂を抱えていたとは。

 戸惑う彼女に征督府長官コンスルはなおも命令に近い言葉を発した。


「忠告する。その足で恵殿エデンをただちに去るがいい」


「そんな。私には座長としてサーカスの公演をする権利と責任が……」


「口にするのは苦い現実であるが、申し伝えねばなるまい。月下の騎士こと私の兄は、義賊という美称が罷り通っている。悲しむべきことに恵殿エデンの市民にも信奉者は少なくない。

 そなたは逮捕に力を貸してしまった。可能な限り情報操作はするが、人の口に戸は立てられない。下手をすれば恨みを抱く者も出てこよう。興業は成功しまいし、危害を加えられる可能性さえある。悪いことは言わぬ。荷馬車をたため。必要ならば警護もつける」


 被害者になるのはまっぴら。泣き寝入りはもっとごめん。


 流転する運命に翻弄され続けたナオミ・デリンジャーは自らの意志で運命を切り開くのをモットーとしていた。彼女は背筋を伸ばし、生意気な王侯貴族に相対するかのような態度で、こう言い切ったのだった。


「流言飛語で客入りに悪影響が出るほど、プリティ・ズーは不甲斐ないサーカス団じゃありません。契約どおり、興業は打たせていただきます!」


「そうか。そなたの性分では止めても聞くまいな。では許そう。時間を見計らい、余も観劇させてもらいたく思う」


「残念ですが貴賓席はありません。チケットを自腹で買ってくださいな」


「……経営者としては正しいが、処世術としては間違っておるな。余としても特別扱いは望むところでないが、征督府長官コンスルは名誉職だ。給金は安い。世話になった者には便宜をはかるのが世渡りの方法であるぞ」


 聞きようによっては厚かましさ炸裂といった物言いだったが、あらゆる状況をポジティブに生かすのがナオミの信条である。彼女はすぐさま交換条件を持ち出したのであった。


「砂かぶりのいちばん良い席を用意してあげてもいいわ。けど一つだけ教えて。月下の騎士はどうなるの?」


 その単語に、征督府長官コンスルたる南部峯ナンブミネ憲治郎ケンジロウは毅然たる態度で返した。


「知れたこと。即決裁判にかけて縛り首にしてやる所存なり!」

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