― 4 ― ザ・ピースメイカー


 ナオミは10年前の事件をかいつまんで話した。


 サンタクロースを待ち侘びた夜。ホーリー・ウッズ村が焼き討ちされ、大勢の大人と子供が天に召された夜。裏山の洞窟で〝灰かぶりのサンドリヨン王子プリンス〟に会った夜。大人になったらキスしてあげると約束した夜。


 話し終えると同時に、闇に浮かぶミルク色の顔が少しだけ歪んだ気がしたのは、あるいは気のせいだったろうか?


「なるほど。怒りの理由は理解した。私は結果として、君のとても大切なファーストキスを奪ってしまったわけか」

 トンネルの壁に身を隠しながら、月下の騎士は平然とした調子でつぶやく。

「けれどね。言い訳めいて聞こえるかもしれないが、命の恩人という観点からすれば、その資格は私にもあるように思われるのだが」


「恩着せがましく言わないで! 他に舌に乗せなきゃいけない台詞があるでしょうに!」


「うん。感謝すると同時にとても光栄に思う。ミス・ナオミ・デリンジャー、これで君は永遠に私を忘れられなくなったわけだ。女の子の脳に住み着けるのは、男として至福の喜びだから」


 座り込んだまま、思い切りむこうずねをキックしてやった。けれども相手はほんのちょっと傾いだだけだ。ダメージはない。なんだか岩を蹴ったみたいだった。


「なんと乱暴な。問題の解決に暴力を用いるのは男だけでよかろう。女の子ガールはもっと他の手段を講じてもらいたい。何よりも今は仲間割れしている場合ではないのだ」


「仲間ってなによ!」


「冷たいことを言うな。我々は関所破りの共犯ではないか。君が象で極楽門ヘブンズ・ゲートをぶち破るところは見ていたぞ。何人かではあるが、追っ手を連れていってくれたのには感謝している。

 だが相手が少々多すぎるな。まったく物量作戦しか能がないらしい。このエデンを統べる白皚々はくがいがいたる紳士は!」


 それが誰を意味するのか当時のナオミにはわからなかった。また思い悩む暇すらなかった。鉄扉で遮断された反対側の通路から物騒な足音が響いてきたためである。


御用アレスト! 御用アレスト!」


 そう叫びながら肉薄してくるのは保安官カウンティ予備隊リザベーションズのおじさんたちだ。片手に灯りを持ち、物騒にも拳銃を乱射している。


 無益な行為であるのは射撃が苦手で嫌いなナオミにもすぐにわかった。あの人たちは弾と音を無駄遣いしていると。

 この時代のハンドガンの必中距離は二五フィート(約七・六メートル)前後。ライフルならともかく、この距離では届いても命中しない。付け加えるなら、走りながら銃を撃っても当たるわけなんかない。


 しかし数は脅威だった。トンネルの入口へ殺到してくる男は一二人。まぐれで一発くらいは致命弾になるおそれはあるだろう。


「待って! 撃たないで!」


 遠慮なく撃たれた。殺気だった相手は聞いちゃいなかった。弾丸が髪を掠めて飛び去った。トンネルの床に命中した弾が跳ね返り、周囲を駆け回った。

 ナオミは反射的に跳ね起きて逃げようとしたが、それは果たせなかった。右足首に激痛が走ったからだ。月下の騎士に思い切り引っ張られたとき、痛めてしまったらしい。


(……ついてないわ。折れていなければいいのだけれど)


 そんなことを考える彼女の耳に、遠方から危なっかしい声が聞こえてきた。


「いたぞ! やっぱりあそこだ!」

「二人組だ! 仲間を連れていやがるぜ!」

「どうせ生死を問わずデッド・オア・アライブだ! たとえ死体だって褒美は貰える!」


 ものすごく危険な状況だった。どうも共犯者と思われているみたいだ。問答無用で殺されるかもしれない。


「やれやれ。このままだと跳弾ちょうだんで君が怪我をする。私一人なら血を見ることなく切り抜けられたろうが、どうも穏やかにはいかないみたいだな」


 月下の騎士はそう語ると、ポンチョの下から物騒な凶器を取り出したのだった。

 息を呑むまでに長い銃身を持つ拳銃が現れた。

 それも二挺。さっき目撃した巨大な鉄砲だ。

 彼は一挺を歯でくわえたかと思うと、迫り来る保安官カウンティ予備隊リザベーションズに背を向けたまま後ろ向きに歩き、トンネルから外へと姿を現した。


「奴だ! 月下の騎士だ! 撃て! 撃て!」


 まさに問答無用だった。拳銃の連発音が響く。

 この状況でも数の暴力は凄まじかった。ナオミははっきり目撃した。まぐれながら数発の命中弾が彼の背にはじける瞬間を。


 だが――月下の騎士は痛覚をどこかに置き忘れてきたらしい。彼は顔色を変えず、痛みを披露することもなく、巨大な拳銃に銃弾を装填していた。

 撃鉄ハンマーのすぐ前にあるローディング・ゲートと呼ばれる蓋を開け、回転式弾倉シリンダー薬室チェンバーにセンターファイヤー式カートリッジを六発詰め込んでいく。


「なんで死なないんだよ!」


 不死身ぶりに呆れた誰かが叫んだ。同時に給弾作業を終えた月下の騎士は、その場で回れ右ターンする。


 そしてナオミは見た。殺戮のために振り返る瞬間の男の素顔を。


 さぞかし恐ろしげな表情をしているのだろう。きっと死に神グリム・リーパー吸血鬼ヴァンパイアに酷似した顔を見せているのだろう。

 そんな想像をしていたナオミであったが、現実は違った。月下の騎士は、慈悲の色さえ感じさせる面持ちだった。彼はゆっくりと向き直り、返礼を始めた。


 腰の低い位置で大型銃を構え、左の掌を撃鉄ハンマーの上に添えると、目にも止まらぬスピードでそれを水平に痙攣けいれんさせたのだ。同時に引きトリガーをひきまくる。


 俗に扇撃ちファニングと呼ばれる射撃方だった。早撃ちの名手なら誰でも心得ている常套じょうとう手段だ。

 銃声六発。迫り来る相手のうち、六人が斃れた。

 月下の騎士は右手の銃を落とし、口にくわえていたもう一挺を離した。落下したそれをキャッチすると、今度は左手でスマートに構え直し、よく通る声でこう怒鳴った。


「死なない秘訣かい? 教えてやろう。死なないように万全の手を打ち、相手の隙を見逃さずに撃つことさ」


 軽い炸裂音が六回響いたかと思うと、やはり六名の男がしおれた花のようにうずくまった。青ざめたナオミは思わずつぶやいた。


「……殺し……たの?」


「まさか。噂だと、月下の騎士は悪事に手を染めても人殺しはやらない。そうなんだろう? そして今日とて例外ではない。彼らには眠ってもらっただけだ。この銃ならそんな芸当ができる」


 落とした大型銃を拾い上げながら、月下の騎士は続けた。その表情は玩具をみせびからす子供そのものだ。


「完全金属薬莢式拳銃。コルト・ピースメイカー平和創造機SAA〝バントライン・スペシャル〟だよ。別名〝落武者のルーザーズ種子島タネガシマ〟――詳しい説明をしてやってもいいが、女の子に聞かせてやってもあくびされるのがオチだろうね」


 銃に嫌悪感さえ抱いているナオミでも、コルトのピースメイカー平和創造機SAAは知っている。拳銃業界の大ベストセラーだ。〝西部を征服しつつある銃〟というキャッチフレーズのもと、ガンマンが先を争って求める凶器である。


 月下の騎士が振りかざすそれは、確かに回転式弾倉シリンダーの部分までは普通のコルトと同一だが、銃口が過度に長すぎた。遠距離での命中度をあげる工夫だ。


「こめかみのすぐ横を弾にかすらせれば脳震盪のうしんとうをおこせる。連中が寝ている間に失敬させてもらおう。君との会話はそれなりに楽しいのだが、ここにいてはいずれ捕まる。貸し借りの精算はまたの機会に」


 相手に隙が生じた一瞬をナオミは見逃さなかった。

 彼女は相手の一言に反応し、痛む右足を無視して左足だけでジャンプした。激痛で顔が歪んだが、今は我慢するしかない。


 トンネルの壁にあるランプの土台を両手で握り、勢いを殺さないうちに身を投げる。落ち行く先は月下の騎士の頭上だ。


 その企みは成功した。ナオミは月下の騎士の背にのしかかり、肩車された態勢を確保するや、相手の肩口に47番〈純粋なるピュア・破壊者デストロイヤー〉を突きつけた。

 軽業師としての技能をフルに発揮すれば、これくらい楽勝である。相手の隙を見逃さずに撃つのが死なない秘訣。ナオミは相手の言葉をそのまま実践したのだ。


「動かないで。左肩から首筋にナイフを押し込めば一気に心臓まで達するわ。あなただって血液を送り出すポンプが壊れたら即死よ。そうなんでしょう?」


「人間の心臓は左側ではなくて、体の中央部にあるのだ。ただ傾いた恰好で納まっているので、左にあるように思えるだけ。確実に息の根を止めるのであれば、やや中心軸よりに切っ先を差し込むことが肝要だ。それにしても命の恩人を殺すのが君の流儀なのかね?」


 太ももで挟んだ頭が発した正論に、ナオミは一瞬だけ気後れしたけれど、ここで譲るわけにはいかない。


「私が共犯者として逮捕されないためには、あなたを逮捕して保安官に突き出すしかないの。キス泥棒は水でもかぶって牢獄でゆっくり反省しなさい」


「水は嫌だな。暖かい湯の方がいい。ここは温泉が有名なのだ。君は右足をくじいたようだな。血行をよくすれば治りも早いだろう」


 月下の騎士がそう告げたとき、トンネルの奥から怒鳴り声と罵声が聞こえてきた。追っ手が重い鉄扉を持ち上げようとしているのだ。


「もう逃げられないわよ。諦めなさい!」


 勝ち気にそう言ったナオミに向かい、月下の騎士は、

「女を背負うのも久しぶりだ。すっかり感覚を忘れていたが、悪いモノではないな。しかしいささか重すぎる。少女ガールとは鴻毛こうもうかヘリウムガスのように軽いのではなかったか? これでは逃げ切れるかどうか自信がない」


 女性に対する禁句を口にした直後、月下の騎士は意外すぎる行動に打って出た。

 ナオミを肩車したままの状態で走り出すと、一切スピードを落とさずに壁の遮蔽しゃへい柵に乗り移り、そのまま城内へと飛翔したのである。


「うそ!」


 嘘ではなかった。

 月下の騎士は飛んだ。

 光と混沌が渦巻く恵殿エデン市内へと向かって。


 と言っても、自殺や心中しんじゅうを望んだのではない。ナオミにはそれがすぐわかった。彼の爪先つまさきが目指しているのは、街を囲む防塁とほぼ同じ高さの板壁いたかべなのだ。


 そこまで二〇フィート(約六メートル)はある。助走をして勢いをつけたとはいえ、普通なら絶対に届かない。


 だがナオミは忘れていた。月下の騎士は普通の人間ではない事実を。

 浮揚感と飛翔感と落下感――それを全部いっぺんに味わいつつ、中空に身を置いたナオミへと向かい、すごい量の光が一瞬だけ浴びせられ、すぐ消えた。


 それは閃光粉だった。マグネシウムを発火させて灯りをともし、夜でも写真が撮れるようにした工夫である。さっきの新聞記者見習いの子がフラッシュをいたのだ。


 肩車をしたまま城壁からダイブした月下の騎士と、その共犯者(?)の少女。まさしく決定的瞬間を激写されてしまったわけである。

 それがわかったのはかなり後だ。ナオミはあまりの眩しさに思わず47番のナイフを落としてしまった。


 惜しいと思ったのは命が確保できてからだった。月下の騎士は態勢を崩しつつも、薄い木材で作られた衝立ついたての上に着地した。

 それは冠状になっており、市街の一角を区切っていた。頑丈な防御壁とは違い、かなりの安普請やすぶしんであった。この高い塀は、外界からの視線をシャットアウトする目隠しだった。


 最初は闘技場コロッセウムかと思ったが、中は大いに違う。大きな池があり、随所から湯気が出ている。噂に聞いた天然温泉らしい。


「君はついている。女風呂に都合のいい女がいてくれたよ」

 あくまでも余裕を携えながら、月下の騎士は下界へと叫んだ。

「ミス・ソフィー・ホチキス! 頼みがある。この娘の手当をしてやってくれ」


 怒号に振り向いた女性がいた。入浴中のその女は、遠目にも綺麗な存在であるとナオミにもわかった。年齢は二十歳に届くかどうか。艶やかさをまとった婦人だ。


「あの女は融通がきく。世話をしてもらうがいい。では、縁があればまた会おう」


 返事をする暇さえなかった。

 月下の騎士は問答無用といわんばかりにナオミの腰をつかみ、そのまま邪魔な猫でも追い払うかのような要領で、彼女を露天風呂へと突き落としたのだった。


 ざっぱーん。

 温泉までの高さはだいたい一八フィート(約五・五メートル)。着水のショックはかなりのものであった。


 水面は暖かさよりも熱さを感じさせる温度だった。ナオミ・デリンジャーは沈みながらも必死で目を見開いた。


 揺れる湖面の上に、板壁を走り去っていくあの男の姿が朧気おぼろげに見えた……


    第2章 終わり

  ――第3章 「真白き執政官」に続く

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