第2章 楽園都市恵殿(エデン)

 ― 1 ― 泡沫の街の横顔

 地上の楽園パラダイス・オン・アース――そんなモノは地球上に存在しない。


 旧約聖書で神様が創造した人類最初の居住地――エデンが失楽園パラダイス・ロストに落ちぶれた以上、その復活はもはや不可能。再興など試みるやからは神の意志に反する異端者なり。そう切って捨てる者も多かった。


 だが、人々は本能的に楽園を求める。人々の集う場所、すなわち村や街に平和と繁栄を望むのは当然のことだろう。


 完璧な楽園は造れないかもしれない。だが近づける努力はすべきだ。神が造れないなら人が造るのみ。後からできたものがより良くなるのは、まさしく自然の摂理ではないか。


 傲慢ごうまんだという意見もあった。人は善意のみで生きる動物ではない。楽園に模した街を造りあげたところで、結局は悪い奴が吹きだまってしまう。道徳と秩序など、欲望と暴力の前では何の役に立つだろう。


 無駄な取り組みは遅かれ早かれ破綻する。それが世間一般の常識だった。


 そして哀しいことに悲観主義者の指摘は真実に変わっていった。中世から近代にかけて、街は悪の巣窟としての側面ばかりが強調されていった。

 権力者は私欲のみを求め、犯罪者は傍若無人に振るまい、そして侵略者は支配権を奪った。


 疫病えきびょう飢饉ききん戦争せんそう

 泣くのは常に不運な弱者のみ。楽園の創造は、神がそうであったように、失敗の積み重ねでしかなかった――


 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 だが、しかし――

 突然変異としての例外が西部ウェスタンに誕生した。


 ありとあらゆる事をいちから始めなければならない開拓地では、古い慣例やしがらみを越えた合理的な統治ができる余白が残っていたのだ。


 そこに生まれた街は、奇妙な特異点イレギュラーとして機能していた。あそこの統治策は満点こそつけられないが、合格点ならば与えてもいい。そんな評判が西海岸で流れていた。


 支配層に収まっているのは遙か西の彼方から大洋を越えてやって来た人々だった。

 彼らは宗教的な縛りとは無頓着むとんちゃくであった。斬新な手法で治安の維持に努め、それを部分的ながら完成の域にまで高めたのだ。


 街の名は〝エデン〟

 英単語としての綴りは〝Eden〟


 そして漢字チャイニーズ・キャラクターでは〝恵殿エデン〟――

〝恵〟は知恵をさし、〝殿〟はしんがり――最後を意味している。


 つまり、最終の、知恵。

 それは皮肉ともとれる深意が紛れ込んだネーミングであった。


 そして今夜……恵殿エデンへと向かう大小二つの影があった。


 全身を黒衣で覆った男と、爆走する象の背中に座った少女だ。


 二人はそれぞれの思惑を抱いたまま、地上の楽園パラダイス・オン・アースへと急接近していたのである……

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