― 3 ― 象と人間大砲

 グレゴリー・ゴンドルフは最後まで聞いちゃいなかった。


 まさか名前を騙った相手に出くわすとは思っていなかったのだ。いやはや。西部ウェスタンは狭い。


 脱兎の勢いで幌馬車が形成する輪を抜け出し、闇雲やみくもに駆けた。

 どこだってよかった。おっかない相手から逃げおおせるのであれば、方角なんか選り好みしてはいられない。まずは距離を稼がなければ。


 ある意味ゴンドルフは利口であった。勝てない相手と戦わないのは生き残るための知恵でもある。太刀打ちできるかどうか見極めるのも、才覚の一つではあろう。


 怪盗〝月下の騎士ナイト・アンダー・ザ・ムーン〟――その武勇伝は、尾鰭おひれがついたかっこうで国中に流れていた。


 首都の国庫を丸ごと盗んだあげく、勃発した経済恐慌を逆利用して株価で儲け、白亜の館ホワイトハウスに潜入して大統領プレジデントを殴り飛ばし、追いかけてくる二〇〇〇人の騎兵隊キャバリーを壊滅させた若き男……。


 いや、男かどうかも不明だった。実は女だとか、実は老人だとか、実は子供だとかいう話が飛び交い、真相は闇の中だ。はたして人間なのかさえも怪しい。

 イカサマ博打しか能がない俺様が、そんな恐ろしい怪物に敵うわけがない。ゴンドルフは的確にそう判断していた。


(今は無理だ。でも、いつか倒す。勝てるようになるまで逃げて逃げて逃げまくってやる!)


 乗ってきた愛馬アパルーサのことなど忘れ、自前の足で走り続ける彼の前に、不意に岩石が現れた。

 幌馬車二台分はある巨大なものだった。敵の銃口から逃げるには適当だろう。


 ジャンプして岩によじ登る。いただきはすぐそこだ。

 けれど、ちょっと奇妙だった。この岩はなぜ不安定なのだ。まるで固めの絨毯のような感触だった。


 謎はすぐに解けた。態勢を崩した瞬間、ブーツの拍車スパーが勢い余って地面にめり込んだのだ。


 途端に岩がした。


 ぱおぉぉん。


 そして隆起を始めた。みるみるうちに岩肌が盛り上がっていく。ゴンドルフは環境の激変に耐えきれず、地面に転がり落ちた。


 ようやく真実が見えた。それは岩ではなかった。陸上最大の哺乳類だったのだ。

「なんてこった! 象だ! なんでこんな所に象がいるんだよ。ここは暗黒大陸アフリカヌスでも東亜アシアナでもないんだぞ!」


 ゴンドルフはそう叫びながら走り回ったが、考えてみればプリティ・ズーは移動サーカスの一座である。象がいるのはごく自然な話だった。


 背後から響く地鳴りに追われた彼は、真っ直ぐに走り続けた。冗談じゃない。象に踏み潰されて死ぬなんて恥ずかしすぎる。月下の騎士に撃たれたほうがまだマシだ。

 方向を巡らせたゴンドルフの前に別の幌馬車が現れた。馬は見えない。野営中なのだろう。外見は大きめの炊事車チャック・ワゴンみたいだ


「おーい! 若いの! ここじゃ、ここじゃ!」


 屋上に真っ白の髭を生やした老爺ろうやが腰かけており、こっちに向かって叫んでいる。敵味方はわからないが、とりあえず象や殺し屋よりは与しやすい。


 ゴンドルフは太い車軸に足をかけ、あわてて屋根へとよじ登った。亜麻の羽布はふ張りだが、男二人くらいの重さは支えられる。


「モコモコは寝起きを起こされると激高するんじゃ。おまけにマンモスのくせに夜目がきく。おまえさんの姿が見えるかぎり襲ってくるぞ」


 その年寄りは、顔の下半分は頬髭ほおひげに覆われており、額から頭頂部にかけてはきれいに禿げあがっていた。額のしわから判断して、七〇歳は軽く越えているだろう。


 ゴンドルフは息を整えて、

「あの暴れ象がモコモコっていう奴か?」


「そうじゃ。たまに夜中に暴れるから夜営の本体からは離しておいた。ワシはこのサーカスの象使いじゃ。あの子はなんとか鎮めてみせるわい。さあ、早うこの煙突の中にでも隠れておれ。あとはなんとかするからのう」


 老人はゴンドルフを強引に煙突チムニーの中へ押し込んだ。炊事車チャック・ワゴンのそれにしてはかなり直径があったが、疑問に思う暇もなかった。ここは従うしかない。


「爺さん。本当に大丈夫なのか。おい、この中なんだか火薬くさくないか? ちょっと! だんだん煙突が傾いてきたぞ。え? よく聞こえないぞ。5……4……3って、その不気味な秒読みはなんなんだよ!」


 ゴンドルフが叫べたのはそこまでだった。彼の文句はそこで終止符を打たれた。


発射ファイヤー!」というかけ声とともに。


 それに続いたのは壮絶なる爆発音。


 自らに何が起こったかを理解できないうちに、グレゴリー・ゴンドルフの体は空を飛んでいた。彼は意に反する飛翔感を存分に味わいながら、瞬時にして意識を失ってしまった。


 繰り返すが、プリティ・ズーは移動サーカスの一座である。そこに人間大砲があるのは、これまたごく自然な話だった……。

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