― 3 ― 第2の少年とナオミとマンモス
ひとりぼっちになってしまったナオミは、クルップ爺さんの言葉を思い出し、裏山へと急いだ。死なないためには、今は逃げるしかない。
あそこには皆が持ち寄った毛布と缶詰が隠してある。あそこに避難しよう。
無理やり元気を出し、夜の荒れ地へと脱出した彼女だが、そこが昼とは表情を一変させる場所であることに初めて気づき、急に心細くなってしまった。
寒かった。
凍えそうだった。
死んでしまうかと思った。
環境の激変に、慣れた裏山に足を踏み入れていることにさえ、なかなか気づかなかった。
壁が橙色に照らされている。誰かが焚き火をしているのだ。
機転がきく子が先にたどりついたに違いない。ナオミは光と暖を求めて中に駆け込んだ。
そして――彼女は見た。
自分とそれほど年齢の変わらない少年が、黒くてモフモフした物体に背中を預け、焚き火に手をかざしている場面を。
さっきの男の子だ。
そう思ったナオミだったが、よく見ると違和感がある。顔はよく似ているが、着ている服が奇麗すぎた。薄い青色のポンチョは、おろし立てみたいに光沢を放っていた。なによりも美しい
端正な顔立ちに一瞬で心を抜かれたナオミに、相手の声が飛んだ。
「逃げてきたんだね。いや、逃がしてもらったんだろう? 僕の弟に。違うかい?」
びっくりした。声も出ない。
けれども相手は穏やかな、それでいて強い意志を感じさせる口調で、こう続けた。
「安心していい。君を売ったりはしない。僕たち兄弟は二人で一人。意を
死の淵を歩いたナオミの頭に、そうした言葉はうまく流れ込まなかった。幼すぎるナオミはこう理解してしまった。
この人もまた〝
彼は火の側にナオミを招き、串に刺して焼いたマシュマロを渡してくれた。その甘みは舌から消えることなく、今も記憶に残っている。空腹だったナオミは、感謝と共に生きている実感を味わった。
火とマシュマロがなければ、力尽きて死んでしまったかもしれない。感謝したナオミは、男の子にこう告げたのだった。
「あなたにお礼をあげる。私が大人になったとき、最初のキスをあげる」
彼女は照れ隠しに背中の柔らかなモノに身をうずめた。なぜか獣の匂いがした。
伝わる暖かさの正体を知ったとき、ナオミは思わず叫び声をあげそうになった。
野獣だった。
それは地上最大と呼ばれる長鼻目の哺乳類だった。象だ。その中でも最強と称されるマンモスではないか。
ナオミも野生の巨象がいかに危険な存在であるかは承知していた。
クルップ爺さんが寝る前に聞かせてくれたおはなしでは、野良マンモスは巨大な
そう。マシュマロみたいに。
思わず悲鳴をあげかけたナオミであったが、男の子はこちらの口を塞いでから、言葉を選んだ。
「こいつはいい奴。心配はいらない。常識がこびりついた耳を塞ぎ、純粋な心のみで聞けば、その言葉がわかるはず。穢れなき思いを持っていれば、誰でも会話はできるんだ」
疑う余地も余裕もなかった。
それに経験もある。ナオミは過去にも、馬上でポニーの台詞を聞き、牧場で牛の詩歌を耳にしたことがあったのだ。
極限状況に置かれているせいだろうか、巨大な草食獣は、意外にすんなりと心を通わせてくれた。
優しげで大きな瞳を見据えるうち、おぼろげながら相手の気持ちがわかってきた。やがて頭の中で言葉が組み上げられていく。
純粋な子供の心でいると動物の話がわかる。クルップ爺さんもそう言っていた。哺乳類と言葉を交わすなど、冷静に考えればありえないが、ナオミはサンタクロースを本気で信じるまでに幼い少女である。彼女は頭に流れ込む言葉を戸惑いつつも受け入れていた。
そのマンモスは今まで肉を食べたことがないと語り、私の背中で寝ればびしょぬれの服も乾くだろうと申し出てくれた。それから、寝返りは絶対うたないから心配しなくていいと。
マンモスと会話ができた奇跡に今更ながらびっくりしつつ、ナオミはたずねた。どうして寝返りをしないの?
彼女は答えた。お腹に子供がいるからだよと。
不意に襲ってきた安心と疲労と絶望が
そして数時間後――
名前を大声で呼ぶクルップ爺さんの声で、ナオミは目を覚ました。
もう夜は明けていた。いつしか〝
悪夢は悪夢のままだった。焼き討ちされたホリー・ウッズ村は、直視できない悲惨な状況を曝していた。クリスマスの朝日は犠牲者を遠慮なくライトアップしている
一つだけ心強かったのは
安全が確保されたらしく、銃声は途絶えていた。ジェイホーカー団と名乗った無法者は、全員逃げるか死ぬかしたようだった。
息を切らしながら山腹まで昇ってきたクルップ爺さんは、無事だったナオミの姿を認め、そして腰を抜かさんばかりに驚いていた。
無理もないだろう。守るべき少女が巨象の背中にまたがっていたのだから。慌てて鋳造したばかりの携帯型
この子はお腹に赤ちゃんがいる。撃ってはだめと。
アミマミと名乗ったその母親マンモスは、それから
そう。血脈が途絶えることは絶対に許されない。生物が誕生と同時に抱く使命――それは自分の遺伝子を後世に残すことに他ならないのだから。
とりわけ名門と呼ばれる家に生まれた者は、それが至上義務とされることが多い。たとえ
だからこそナオミ・デリンジャーは生き延びねばならなかった。
たとえどのような境遇に身を
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