第8話
「まったく、アイツは何なんだ!? 使えないにも程があるだろ!」
「魔王様の事ですか?」
「そう。我、使えない――って違うわぁ! シオンとかいう勇者の末裔の話だ!」
無駄にノリツッコミをするようになっているあたり、今の世界への馴染み具合がわかる魔王は、怒りの原因に対する不満を叫び出す。
「仕事が出来ないのはまぁいい。誰にでも初めての作業があり、上手く行かないのも重々承知している。だがしかし、客と話しても眼を逸らして不遜な物言い!」
「魔王様も不遜ですが」
「注意したら高圧的な態度で、言い訳ばかり!」
「魔王様も高圧的ですが」
「言い負かしてやったら、見えないところで陰口叩く!」
「魔王様も現在進行形で陰口を……」
「さっきから、やかましい!」
側近の揚げ足取りに激怒する魔王。だが、からかいたかっただけであって、実際に側近も困っていた。
要領が悪いというか、一を教えたら十を知ってるような態度で、小数点以下の働きしかしない。店長の頼みもあり無碍(むげ)に扱う気はないが、それにしてももうちょっと……というのが本音。
さっき魔王と一緒と評したが、こっちはこれで中々にスペックは高い方なのだ。
「先祖の話とはいえ、あの血筋に負けたというのは中々に煮えたぎる物が……ぬがぁ!」
「わかりました、わかりましたから騒がないでください。ほら、ポテチィの期間限定ハッピーマーガリン味あげますから」
パリパリバリボリムシャムシャパリムシャバリパリ……
部屋に魔王がお菓子を食べる音だけが響く中、どうしようかと思案する側近であった。
数日後……
「一日一悪も気分が乗らんな」
今日は晴天。
あれから、ずっとイライラして使えないだの何だのとほざいているが、実際はともかく単純にシオンが嫌いなのだろう。
通常なら勇者と魔王が、世代を越えたとはいえ和解する事なんてあり得ないし、あの傲岸不遜な態度もどことなく
つまり、拳を向ける先がないのがストレスの原因のようだ。
ちなみに店長達は分家らしいし、雇い主だからセーフと変なラインを引いている。
「帰るか。いつまでもフラついていたら側近から、お菓子の禁止命令出されるし……ん?」
魔王が空高く舞い上がろうとした時、携帯魔電話が鳴った。側近から緊急連絡用にと渡された物で、通話オンリーのため、プリペイド式だ。通話ボタンを押し、魔電話に出る。
「どうした?」
「魔王様、大変です。漢の宿り木で立てこもりが発生しました。現在、シオンさんが人質に取られています」
「……もう一回、言ってもらえる?」
あまりの内容に、電話越しの声に友達のごとく返事をしてしまう魔王であった。
「で、なんで人質なんぞに?」
どうも今も遠目に見える一つの人影が、店に押し入ってシオンを縛り上げ、携帯用のビーム銃を片手に籠城しているという。シオンだけがいるところに入ったのは、狙っていたのか偶然なのか。それについては定かではないが、要求はハッキリしている。
「さっさと金を持って来い! じゃないと、こいつを殺すぞ!」
と、のたまっているから。
確かに”勇者の末裔”というネームバリューは凄いが、普通なら自分の方が殺されかねないと言う発想はなかったのかと思う魔王達。もしかしたらシオンを念入りに調べた上での犯行かも知れないが、結果として駄目な方向に向かっている。
理由として、シオンの実家はお金を出す気がない。
勇者の子孫が犯罪で人質に取られたなど、風聞が悪い事この上ないため、事実を抹消しようとしているのだ。手を回して、魔王と側近、店長にセレナの四人以外は権力を使い、
また、人としても惜しくないので、何かあったらその時はその時。預けてる間に不祥事が起こったんだから、責任持ってくれるよね? という感じで、店長が遠回しに言われたそうだ。
「本家の連中も腐ってるのが多くなってきたわね」
セレナが遠い眼をして言う。
「困ったわね……どうしましょって、レイルちゃん!?」
見ると、店に向かい歩いていく魔王の姿。制止の声も聞かずに店から少し離れたところに立ち、声を張り上げる。
「シオン! そのぐらい貴様一人で何とかしろ!」
それに対し、返答がある。
「む、無理に、きき決まってる……」
シオン以外に犯人が何か叫んでるが、魔王の耳には届いていない。
「それでも、あの男の子孫か!」
「べつ、べ、別になり、なりた……くて、なってな、なった訳じゃない」
「情けない……貴様のようなヤツはな、一生震えているだけの人生を過ごしていろ! 外に出ず、飯だけ食べて、いつか誰にも知られず、死んでいけ! 生きていても、死んでいても、貴様は死に続けるのだ!」
「な、何でそんなこと言われ、言われなきゃいけな、いけないんだ」
魔王の罵声が気にくわなかったのか、少しずつ声を荒げるシオン。
「ハッキリ言ってやる、貴様は自尊心が強いだけの役立たずだ! 現に今、そこのしょうもないヤツに捕まって、何もせずそこにいるだけ。邪魔以外の何者でもない! 悔しかったら何とかして見せろ、英雄の血筋だろうが!」
「さっきから、やかましいなテメェ!」
ついに犯人が魔王にキレて、ビームを放つ
「――!」
「魔王様!」
「レイルちゃん!」
「なんて事を!」
叫び声を上げそうになるが、意地と根性で耐え抜く。
「く、ふっ……ハッハッハ! 我にそのような物が効くと思ったか!」
「なんで死なねぇ!? くそっ!」
通常の人間ならば、一発で死んでいたであろうビームを食らって生きている魔王に驚き、銃を連射する犯人。
二発、三発と当たって痛がっているようではあるが、魔王は反撃すらせずにじっと堪え忍ぶ。犯人も恐怖したのか狙いが定まらずに外れることも多くなっていく。
「ぐっ! シオンよ。腐っても勇者の末裔だろう? だったら貴様も根性見せてみろ!」
「うるっせぇんだよ! さっさと死にやがれ!」
銃口が顔面を捉えて、十発目のビーム貫かれるかと思った瞬間だった。
「……うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫び声と共にシオンが犯人に全力でタックルをかまし、もつれたまま倒れ込む。それに激高した犯人が、狙いをシオンに定め直して、引き金を引く。
走馬灯を見た。
子供の頃から、勇者の末裔と言うだけで期待され、結果は出して当然。出なければ無能の烙印を押され、落胆する様子を隠しもしない周りの人間に嫌気が差して引きこもった人生。
だけど、最後くらいは……格好付けられたかな? そう思い、目の前の小さな機械から光が発射されるのを、ただ眺めていた。
「テメェ……ウチの従業員と親戚のガキに何してくれてんだ?」
発射された光は、シオンの頭の上を過ぎ去った。犯人は腕を店長に捕まれ、必死で引きはがそうとしてるが、ビクともしていない。怒りのあまり膨れ上がった筋肉が、Yシャツやズボンをズタズタに破り、オーガと見紛うほどの迫力を醸し出す。
「吹き飛べやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
繰り出されたボディーブローは、犯人を天高く打ち上げるが、しばらくすると重力を思い出したように、地面に向かい加速して、今まで聞いた事がないような音とともに叩きつけられた。
「しょうがないから、それで許してあげるわ」
いや、確実に死んだよな。と思う魔王達をよそにセレナが近付いていき、なにやら唱え始めると、ほんのわずか呼吸が戻ったのを見て取れた。
「まったく……親父はいつもやりすぎだっての」
どうやら回復魔法をかけたらしく、ギリギリ死んでない状態にされているらしい。エグい。
「どうして反撃されなかったのですか?」
魔王の近くに寄ってきた側近が訊ねる。
「さすがにもう体力も残っていない状態で、もう一度ビームが当たったら死んでいたはずです。……もしかしてシオンさんのために?」
「違うわ」
視線の先には、近寄ってくる店長の姿と、シオンの縄を外しているセレナの姿。
「ただ、今日の一日一悪は済ませてしまったからな。手出しできんかっただけだ」
「……そうですか」
側近はそれ以上何も言わなかった。
「レイルちゃん大丈夫!? ちょっとヤダ、酷い怪我じゃない!」
「む、問題ない」
「こういう時まで強がるんじゃないの。それとも
「な、なんでそれを!?」
「フィリオちゃんがそう呼んでのを聞いちゃったのよ」
魔王は側近を睨みつける。側近は眼を逸らして口笛を吹き、誤魔化そうとした。あまり見ない光景に、復活できることも忘れて、素で焦っていたのだろうというのが伺える。
「心配しなくていいわよ。私達にとっては昔の話だし、分家にはほとんど関係ないし、なにより大切な従業員――仲間だもの。レイルちゃんが気に食わないとかならともかく、私達からはどうするつもりもないわ。」
店長の言葉に魔王は返す。
「心配するな。我も雇ってもらって文句を言うほど、器が狭いわけでもない。これからもよろしく頼む」
魔王の方も、今の状況をそれなりに気に入ってるようだ。このまま生きていくのも良しとしている自分を受け入れていた。
「そう。じゃあこれからもよろしくね♪ ……あら、雨が降ってきたわね。今日は晴れだと思ってたけれど」
時刻は夕方。これから雨が降るのだが、魔王の悪戯で何割かの人は晴れだと思っている。そして、その雨は一瞬で強さを増し、豪雨になった。
「ぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「どうしました魔王様!?」
「どうしたの!?」
突然の悲鳴に驚く側近と店長。
「傷が、傷に染みるぅぅぅ! た、体力がぁぁぁ! ぎゃあああぁぁぁ……!」
「あ、死んだ」
なんとも情けない死に方をする魔王であった。
「さて、今日も一日一悪にいくとするか!」
「いい加減、止めませんか?」
「何を言う。魔王としてのアイデンティティが無くなってしまうではないか」
「今更そんなもの、欠片たりとも残っていませんよ」
「酷くない?」
今日も今日とて騒がしい日々を送る魔王達であった。
「魔王様ってビーム何発くらい耐えられます?」「十発が限度かなぁ……」 @zatto-konnamon
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