第7話

「バーベキュー?」

「そうよぉん。みんなで一緒に行けたらいいなって」

 いつものバイト終わり、店長に親睦会も兼ねてバーベキューに行かないかと言われた魔王は疑問符を浮かべる。

「バーベキューとは、どういう物だ?」

「そうですね、山や川などの開けた場所で肉や野菜を焼き、仲間で食べて楽しむイベントですね」

「肉か……」


 久しぶりに美味しい食事をしたいのは山々だが、お金がない。ボーナスに関しては、あれほど側近に止められたのに、必要経費以外は誰かの腹の中に消え失せていった。曰わく、幸せだとほざいていたそうな。

「すまんが、材料費を出してやれんでな。欠席で「それならアタシ達持ちよ?」出席するに決まっているだろう」

 食欲の権化と化してきている魔王は即答だった。

「いや、私は出しますからね?」

「いいのよ、フィリオちゃん」

「ですが……」

「こういう時こそ、太っ腹なところを見せなきゃいけない立場なんだから、少しはカッコ付けさせてもらわなきゃ困るわ。可愛いって言ってくれたら、もっと喜ぶけど」

 店長のゴツいウインクが側近に飛んでいく。

「……わかりました。では、その言葉に甘えさせて頂きます」

 そうして魔王達は今度の休みにバーベキューをする事となった。






「ふむ、ふふぁい」

「欲張り過ぎです。せっかく買ってきてもらったんですから、もう少しゆっくり味わってください」

「構わないわよ。たくさんあるんだからジャンジャン食べてね」

 肉を頬張りすぎてリスのようになっている魔王が側近に注意されるが、当の本人は意に介さず食べ続ける。その日、集まったのは七人ほどで、魔王達と店長、セレナ、それに他の従業員だ。もちろん全員がそちら側の趣味を持っている。

「それにしても店長、急にどうしたっていうのぉ?」

「何がかしら?」

「親睦会はいいけどぉ、急過ぎじゃないかしらぁん?」

 やたらと粘っこい喋り方をするラズローさん(四十八歳)は店の古株の一人で、店長と一緒に店を建てた人物でもある。

 見た目は筋肉達磨でオールバックの厚化粧をしたおっさんだが、周りからの信頼は厚い。


「ちょっとねぇ。ま、今は気にせず楽しみなさいよ」

そう言って、店長は肉を焼く手を止めない。そして魔王はそれを黙々と食べる。その魔王を見つめるのはルーディッヒさん(二十五歳)とザウさん(三十歳)。

「レイルちゃんって相変わらず可愛いわぁ」

「やっぱり、アンタの趣味って変わってるわね。アタシ、あんな特徴のない顔した子って初めてだわ」

「男は顔じゃないわ。いつまでも少年のような心を持った純粋さに惹かれるのよ~」

 ルーディッヒさんはどうやら魔王がお気に入りらしく、肉を頬張る姿を飽きもせずに眺めている。対するザウさんは側近の方が好みらしく、印象が薄い魔王が好きだなんて変わってると批評している。


 そうやってしばらく食事をしていると、セレナが誰かを連れてきた。

 その誰かは会った事が無いはずなのに、どこかで見たような……記憶を辿るが、思い出せずにもどかしい気持ちだったが、答えは出ない。

「あらぁ、もしかして新しい仲間かしらぁん?」

「そうよ。何と勇者の末裔のシオンちゃん!」

「ばぶふぉ!」

 魔王が吹き出した。

「ちょっと! きったないわね!」

 肉や野菜の食いカスをザウさんが全身で受け止めるハメになって、ご立腹である。ルーディッヒさんは「ご褒美だわ」と呟いているが、その呟きは誰にも気付かれずに消えていった。


「実はね、この子の面倒をウチで見てあげる事になったんだけど、ちょうど今日フォッカイドゥから到着する予定だったから、サプライズと歓迎会を兼ねて、バーベキューしようかと思ったの!」

 だが、店長からの紹介でシオンと呼ばれた男は、特に何も言わず黙っているだけ。

「ほらシオンちゃん! 挨拶」

 店長が無理やり前に押し出して挨拶をさせようとするのを、どこか抵抗するように、しかし諦めながら渋々といった感じで喋り出す。

「ふ、ふはははぁ! ぐみ、愚民どもよ、ひれ伏しゅが……ひれ伏すが良い! 俺……私は偉大なる勇者の末裔、シオン・デューザである!」

 噛みながら慣れてないのだろう尊大な言葉遣いで、緊張のせいかイントネーションもおかしくなった自己紹介をするシオン。そしてセレナに頭を叩かれた。


「あんたね、ちゃんと喋れっつったよね?」

「だ、だからこうして身分の差を「あぁ゛?」……すみませんでした」

 本当に勇者の末裔なのだろうか? 頼りなくて挙動不審、小太りな身体は鈍重さの証明にしかならない。

 仮にも激しい闘いを繰り広げた身として、思い出される光景のギャップに混乱するしかない魔王だった。

「実はこの子、親戚中をたらい回しにさせられてね。あたし達のところに預けるから、根性を叩き直して欲しいって依頼されたのよ」

「ったく、本家の連中もウチにほとんど干渉しないくせに、こういう時だけ……」

 その言葉に魔王は思わず、息を飲む。


「本家っていうことは、その、勇者の家系……?」

「あぁ、知らなかったっけ? 一応、分家も分家でほとんど関わりがないんだけどね。昔の英雄の血筋がどうなってるのかって調べられてるから、間違いなく子孫のはずよ」

 肉の残りカスを口に頬張ったまま立ち尽くす魔王を、側近が横目で見て思い出す。

 あ、言ってなかったと……






 バーベキューからの帰路、魔王は項垂れていた。

「どうしたんですか? せっかく美味しいお肉も食べられて、楽しそうにしていたじゃないですか。もしかして店長とセレナさんが勇者の血筋と知って、ショックを受けてるんですか?」

「違う……いや、それもあるが……」

 いつも以上に落ち込んでるのを見て、少しだけ心配になった側近の言葉にも色よい反応をしない。

「じゃあ、どうしたんです?」

「さっきのシオンとかいうヤツ……」

「あぁ、彼がどうかしましたか?」


 仇敵の子孫に初めて会って、いきり立つならまだしも落ち込む理由が分からなかったが、そこに呟きが入る。

「我を倒した、あの……あの、憎き勇者の子孫だというのに、あの体たらくは何だああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 急に叫びだす奇行にも慣れたもので、側近は耳を塞いでいた。


 あのシオンという人間。ニートと呼ばれる彼は二十歳になっても定職に就かず、外にも出ず、日がな一日ゲームをして遊んでいて、ついに本家と言われているところの偉いさんがキレて、叩き出したらしい。

 店長のところに送られたのは、せめてもの温情だという話だが、さっきの態度から、良い印象なぞ持つはずもない。


「せめて我を倒した者の末裔なら、なんかこう……それらしくするべきじゃないのか!?」

「昔の話ですし」

 怒りの収まる様子がない魔王に、どのお菓子をあげて落ち着いてもらおうか考える側近だった。

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