第6話
「いらっしゃいませ」
「むぅ……」
「何、躊躇してるんですか。さっさと選びましょう」
小綺麗な店内、そして周りにあるのは色とりどりの布を縫い合わせて出来た商品。
魔王達が今いる場所、それは服屋である。
「なぁ側近。本当に買わなければいけないのか?」
「ちゃんとしたものがあるに越した事はないでしょう?」
服屋に来ている理由、それは魔王が人間の姿になった時に着る物が、側近のおさがりしか無いからである。ただし体格差がかなりあるためサイズがまったく合っておらず、相当に不格好ではある。
「しかしな、服なんて着れればいいのではないか?」
「それはせめて家の中だけにしてください。仮にも魔王ともあろうお方が、だらしなさすぎますよ?」
「魔族の姿なら威厳を保つ為に身だしなみくらいは整えるが、人間の姿の時くらいは楽な格好をさせてくれてもいいではないか」
自分で好きなように使えると思ったお金で特に欲しくもない物を買わされそうになり、不満タラタラの魔王である。
「そういうところが、ただでさえ無い威厳を消滅させてるんですよ」
「消滅!?」
想定していたより辛辣になってきた側近の言葉に相当な精神的ダメージを食らってしまった魔王は折れた。
「くっ……よかろう! 服の一着や二着、すぐに選んで帰るぞ!」
「はいはい、わかりました」
そうして大の男が二人揃って、服屋で買い物をスタートさせた。しかし重大な問題が一つ……
「これは?」
「却下です」
「ならば、これなら?」
「却下です」
「むぐぐ! これはどうだぁ!」
「却下です」
壊滅的にセンスが無かったのだ。
魔族の姿をしている時は黒尽くめのローブにマントといった格好のため、似たような感じの服を選ぶ傾向にあるようで、選択するのは大きめの黒い服ばかり。
側近に色付きを持ってきてみては? と言われると原色の赤、緑、黄をふんだんにあしらった目に痛い物を持ってくる。
「はぁ……」
「溜め息を吐かなくてもよかろう……」
そういえば一年中、似たような格好しかしてなかったし、期待するだけ無駄かと思い始めた側近は、変わりに自分が服を選ぶ事にした。
「いいですか? よっぽど変じゃなければ何でもいいんです。特に今は夏なんですから濃い色を避けて、無難にTシャツとチノパンでも着けておけば……」
手渡されたチノパンを試着し、Tシャツを鏡の前で上半身に合わせる。
「……無難にしても、それですか」
「自分で渡しておいて、それとは何だ! それとは!」
無難に選んだつもりが、色を薄めでコーディネートしたせいで、印象のない顔と相まって存在感が消え失せる始末。
側近も勘違いしていた。顔の造りがいいため、奇抜な物でもなければ似合ってしまうが、魔王にも同じ様な感覚で考えていたのだ。
「ふぅ……面倒くさい」
「あ! 今、面倒くさいって言ったな!? 自分で服を買わせようとしておいて! もういい、買うのは止めだ!」
拗ねる魔王。仮にも魔族の王が着る物一つで膨れっ面になるのもどうかと思われるが、店に入ってから一時間近く経ってる現状にストレスが溜まってしまったのも原因である。それもこれも側近がダメ出ししまくるのが悪いと少しくらいなら責任転嫁してもしょうがないかもしれない。
「すみませんでした。謝りますから機嫌を直してください」
「い・や・だ!」
「私の分のバーゲンダッツ差し上げますから」
「早く買って帰るぞ」
最近、軸がブレまくっている魔王であった。
「ふむ。ま、よかろう」
選んだのは先ほどと同じ種類の服だが、上は濃いめの色違いを四着ほど、下は淡いが明るめのベージュを三着。
「では、早速買うとしよう」 それを持ってレジに行き、店員が機械で金額を加算していく。
「合計で26860イェンになります」
「……半分以上持って行かれるだと?」
「4980円が三着と2980イェンが四着、妥当ですね」
その値段がまるで当たり前だという側近。しかし魔王は反論する。
「もっと安いのはないのか? 量を減らすとか」
「安いと強度の面で不安があったりしますから、お手軽な物の方がいいという訳でもありませんし、全部でその数は少ない方ですよ」
諭されてお金を出した魔王だったが、買った後はすぐに側近のバーゲンダッツを食べる事に意識が飛んでいた。
現金な物である。
「くっくっく……」
そして夜、その日は満月。いつもより眩く辺りを照らす光だが、より強く輝いている街の灯りにかき消されて、地上に届いているのを感じ取れる人はほとんどいない。だが、満月の夜こそ最も力が高まる魔族なら話は別だ。そして、この男もまた……
「一日一悪の始まりだ!」
無駄にテンションが高くなり、家を出る前に側近から鬱陶しいと言われた魔王その人である。
「さて、今日は何をしてみようか?」
特に考えがある訳ではない。魔王だから悪い事をしようくらいにしか思ってないので、毎回行き当たりばったりなのだ。そして今回の一日一悪が決定した。
「魔導飛行機の側を飛んでやろうではないか」
空を飛んでいる飛行機の側によると、安全確保のために緊急着陸するか、元の飛行場まで戻るかするはず。そうすれば急いでる人間は困り、会社側は損害を被る。嫌がらせにしても、中々に愉快ではないかと、ほくそ笑む魔王だった。
「ほう。ここが飛行場か」
網に囲まれ、上空からの侵入にも対応するため、魔力の結界が張ってある。
今では人間が魔力を使う事などほとんどないが、それでも重要施設などには、装置を使ってバリアを発生させている。発明したのは、やはりあの忌々しいと感じている勇者だ。
「まぁいい。では、早速飛び立つのを待つとするか。」
たかたが空を飛ぶだけで嫌がらせになるとわかり、こんなにお手軽な一日一悪もたまにはいいだろう。なんて成功する気満々の魔王であったが、誤算があった。
「お、そろそろか。」
飛行機が動き出し、発射準備に入ったと思われる。響き渡る声が、間違いではないと教えてくれた。
「発射準備に入ります。カウント60・59・58……」
あまり早く邪魔をすると発射自体が取り止めになる可能性があるので、ギリギリまで魔王は待っていた。
「……3・2・1・よい旅を」
その言葉とともに大量の水が煙幕のように放たれ、少し機体が浮かび上がったのを確認すると、全速力で矢のように飛び出し、魔力で構成された結界を破って飛行機に近付くが、
「は、速い!?」
予想以上にスピードがあり、追い付くのがやっと。しかも、まだまだ加速していくために思わず機体にしがみついた。
「……!」
あまりの速度と衝撃により、叫び声を上げる事すらままならず、魔王はそのまま空の彼方へと旅をする。
魔王の誤算。それは飛行機ではなく、宇宙船だった事だ。
「わぁ! 凄い!」
最近流行りの宇宙旅行に家族サービスの一環で連れてきてもらった少年が、初めて近くに感じる星の海にはしゃいでいる。それを眺める父親と母親も満足気だ。
「ねぇ、あの星掴めるかな?」
「あぁ。もしかしたら掴めるかもしれないぞ?」
「本当!? んー……ん?」
ガラスがあるというのに必死に手を伸ばしている光景を写真にでも収めようかとした矢先、何かを凝視しだした。
「どうした?」
「パパ、あれ何?」
我が子の指さす先では、変なのが平泳ぎしていた。
その変なのは必死で宙を掻き、窓に近付いてくる。
「え、アトラクション……か?」
「そんな話聞いた事ありませんよ?」
不思議がる三人に迫ってくる変なのに恐怖心よりも少しだけの好奇心が勝ち、そのまま見守っていたが、あと指の長さ分で届くかという距離まで迫った時、急激に膨れ上がり弾けた。
音は聞こえなかったものの、窓には臓物などがこびり付いており、死んだのだろうというのが理解できた。
「……ふぅ」
「うわぁぁぁぁぁん!」
白目を向きながら後ろに倒れる母親と、あまりの惨状に泣き叫ぶ少年。父親は力無く立ち尽くすしか出来なかった。
その日を境に少年は宇宙に行きたいとは言わなくなったという……
「……ぶはぁ! え? わ、我は死んだのか!?」
魔電池によって復活した魔王は初めて宇宙という広大な暗闇に触れ、理由もわからず死んだ事に恐怖した。そして、その様子を見ていた側近は、
「あ、おふふぁふぇふぁまふぇふ」
なんか食ってた。
「あああぁぁぁ! サラダスェンベーではないか!」
「はい。急にポテチィよりも歯ごたえがあるものが食べたくなり、買ってきました」
ポテチィより厚みのあるそれは、スェンベーとしては柔らかいものの、大ぶりで満足感が少し強いため、うす塩味のお菓子なら二者択一と魔王は決めていた。
それを出掛けている間に買ってきて、一人で楽しんでいるのだから怒り心頭である。
「魔王様の分もありますよ」
「なら良い」
言うが早いか、袋に手を掛ける魔王。
こうして本人の知らないところで少年にトラウマを与えた一日一悪を終えて、平和な日を過ごすのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます