第5話

「あ~らフィリオちゃん、今日も格好いいわねぇ」

「ありがとうございます」

「ポテト盛り合わせ、待たせたな」

 今日もオカマバー"漢の宿り木"は賑わっている。側近のフェロモンも男性だらけの場所では効かないし、たまに女性が来たとしても、裏で魔力を回復できるようになったので、パニックになるほどの騒ぎも起こらない。それでも盛況なのは、単純に人気があるからだ。


 魔王は裏方として働き、側近はホスト役として大忙しである。

「レイルちゃん、ビールのお代わりお願ぁい」

「うむ、しばし待て」

「もう出来てるから、これ持ってって」

 レイルとは魔王の名前。自己紹介すると、必ず名前負けしていると言われるが、どんな名前でも言われていたに違いない。


 そのレイルに注いだばかりの生ビールを渡すのは、店主の一人娘であるセレナ。ショートカットのサバサバとした性格の女性で、人当たりも良く、人気者の彼女は側近に惚れる心配がないので、魔王達にとっても付き合いやすい。なぜ心配がないかの原因は、彼女のある要素に関わっている。

「セレナちゃん、また告白されたんだって? 羨ましいったらないわぁ」

「いや、棒とか玉をぶら下げてるヤツと付き合う気ないし。どうせなら可愛い女の子に告られたいわよ」

「あら、もったいない」

 血は争えないのか、そっち方面に関しては父親を凌ぐくらいにはガチである。多くの女性を虜にした側近のフェロモンを浴びても無反応であった事からも、それがわかる。


 そんなこんなで労働に勤しむ魔王達は、深夜を過ぎて明け方まで動き回る。このオカマバーは宿の代わりもやっており、朝方には酔いから覚めた客や、帰る手段をなくしてしまい泊まらざるをえなかった客に、朝ご飯を提供して見送るまでが仕事だ。

「今日もよく働いたな」

「そうですね」

「お疲れ様。レイルちゃんもフィリオちゃんも、いつもありがとね。はいコレ」

 いつものように挨拶を済ませて帰ろうとした時、店長から封筒を渡された。

「む、何だ?」

「ボーナスよ」

「? ボーナスとは一体?」


 それはキツい仕事である夜間の接客業を、三カ月の間、勤め上げてくれた店長からのささやかな心配りを表したもの。側近は今までにも何回か受け取っていたが、魔王にとっては初めての出来事で、中身を見たと後に理由を説明された魔王は素直に受け取った。

「民からの感謝の気持ちを受けとらんなど、為政者失格だからな」

「言っておきますけど、本当に為政者だったら、受け取っちゃ駄目なものですからね? 私達はバイトですので、ありがたく頂きますけど」

 側近に注意されながらも、何に使うかで頭がいっぱいになっていた魔王は右から左に聞き流したのは仕方のない事だろう。


 人間が物を交換する際に使用する貨幣という概念。これにより物の価値が明確化され、売買がスムーズになった反面、それを持っていなかった魔王にとっては一切の物資購入ができない状態にあったのだから。

 ちなみに先月までの給料は家賃の手付け金や魔電池の買い置き、その他もろもろの雑費で泡のように消え去った。つまり今回が初めて好きなように使えるお金である。

「あんまり多くはないけど、喜んでくれてるようで何よりだわ。それじゃ、あたしは店の掃除があるから。二人とも気を付けて帰るのよ?」

「うむ。では、また」

「お疲れ様です」

 そして魔王達は住み慣れた安いボロアパートに向けて歩き出した。




「さて、ボーナスとやら……どうするか?」

「無駄遣いしちゃ駄目ですよ?」

「保護者か、お前は」

 その言葉を聞きつつ、放っておくと碌でもない結果になるとわかっていたので、側近は確認せざるを得ない。

「で、買いたい物でもあるんですか?」

「そうだな。まずは四十型の最新魔力テレビ「却下です」……何故だ?」

 先ほどの封筒には、一袋に付き五万イェンが入っていたが、さすがに高級家電なんぞ買えるはずもない。まだ金銭感覚に乏しい魔王にはそれが理解出来ていなかったようで、側近が仕方なしに説明をすると渋々と納得した。


「そうか……」

「第一、テレビならあるじゃないですか」

「あれは小さくて味気が無いではないか。我は大きい画面で色々見たいのだ」

 最近はテレビにハマっているらしく、スポーツ、ドラマ、ニュース、果ては料理番組まで、画面の近くに寄って食い入るように見ている。電気代もかかるし、目も悪くなるから止めろと注意されるのが、魔王の最近の悩み事の一つになった。


「それは抜きにして、次の使い方を考えてください」

「次か。ならば菓子を食い放題というのはどうだ?」

「もうちょっと有意義に使いましょうよ」

 再開の数日後、側近が食べていたポテチィなる物に興味を惹かれて、同様の菓子を食した魔王は美味しいという感覚を久しぶりに思い出した。

 実は魔力を自分で生み出せる魔族は、食事をほとんど必要としない。そのため味覚なんてあっても無くても変わらなかったが、お菓子の美味さに気付いて食べ漁る機会が多くなった。

「ジャガリクォやトゥッポを好きなだけ食べれ――うお!?」

 喋っている最中に後ろから猛スピードで魔動機付自転車、バイクが魔王のすぐ横を走り抜けた。持っていた封筒を奪って。

「あああああぁぁぁぁぁぁ!?」





「チョロいもんだ」

 今まさに引ったくりをした男はヘルメットの内側で呟く。今年に入って七件も同じ手口で金品を奪ったのに未だに捕まらないのは、自分がツキまくっているからだと調子に乗っていた。

 今回も道を歩いてた脳天気そうなヤツから簡単に盗めたし、やっぱり引ったくりは止められないなどと思い上がっていると、横から声がした。

「我のボーナスを返せぇぇぇ!」

 時速70kmは出てるバイクに横付けでダッシュする人間に驚いたと同時に、男はこの時の記憶が無くなる。手加減されたとはいえ、裏拳ぎみに突き出された左手が綺麗に顔面を捉えて吹っ飛んだせいだろう。

「まったく……我から盗みを働こうなど不届き千万! って、あぁ!?」

「どうしました魔王様?」

「……確か人を殴ったら犯罪になるんだったな?」

「はぁ、そうですね。それが何か?」

「今日の一日一悪を済ませてしまったではないか! こんなしょうもない事で終わらせてしまうとは!」

 訳の分からない理由で悔しがる魔王を見ながら、やっぱり前より馬鹿になってると、心の中で酷い言いようをする側近だった。

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