続・かわいい?かわいい!お隣さん

 金正凛カネマサリンはクラスで浮いている。

 それは近寄りがたい雰囲気と言動に反して、とても綺麗でかわいいからだ。

 容姿端麗は悪目立ちというより、一種の高嶺たかねの花だった。

 そんな彼女が、家に遊びに来いと言う。

 悪い予感がしたけど、僕は断れなかった。


「へえ、凛さんの家って中華料理屋なんだ」


 商店街の中に、ひときわ異彩を放つ朱色の楼閣ろうかくがある。

 豪奢ごうしゃな造りの中華建築は、見てるだけでも食欲をそそるものだ。鳳凰があしらわれて、龍がそこかしこに泳いでいる。

 ウィンドウには料理がどれも輝いて見えた。

 だが、先を歩いていた凛さんがキッと目元を鋭くする。


「違うわ、大和ヤマト君。うちは……焼肉屋よ。勿論もちろん、中華も出すのだけど」

「は、はあ」

「決定的に断固宣言するわ。我が家、本格中華も味わえる焼肉屋、天安門てんあんもんの味は最強であると! 万民のあまねく空腹を満たして癒やす、偉大な共産食なの」


 ア、ハイ。

 気にしない、彼女はいつもこの調子だから。

 だが、今日はいつにも増してテンションが高い。


「因みに大和君、知ってるかしら?」

「ん、なにを」

――」

「あーっ! やめ! ダメダメ! センシティブトークだよ!」

「まあ、また敵性言語えいごを」

「い、いいから店に入ろうよ。ごちそうしてくれるんだよね?」

「ええ、確約極まりないわ。是非招かれて頂戴」


 そう言って凛さんは、長い黒髪をひるがえす。

 いつだって颯爽さっそうとしてて、無駄に堂々としてるのが金正凛の生き方だ。

 自宅へ戻るのだって、キビキビとスタイリッシュである。

 天安門へ入店すると、すぐに五感が誘惑に刺激される。肉の焼ける匂いと、油の弾ける音。そして、食べてもいないのに料理の味を舌が思い出してしまう。

 すぐに奥から、恰幅のいい男性がエプロン姿で出てきた。


「おお、凛! 戻ったか」

「ただいま帰りました、お父様」

「今日も勉強、よく頑張ったね。ん? 彼は……はっ! ま、まさか!」


 くまのプーさんがプリントされたエプロンの、肥満気味な中年男性は父親らしい。

 僕は失礼があってはいけないと思って、すぐに一礼して挨拶する。


「はじめまして、八島大和ヤシマヤマトです。凛さんにはいつもお世話になってます」

「……き、君はもしかして」

「たっ! ただのクラスメイトです!」

「ホッ……そうかね、そうかね。だったらいいんだ、ゆっくりしていきなさい」


 どうやら、ちょっと過保護気味で心配性だがいいお父さんみたいだ。

 彼は調理場で働く料理人たちに声をかけて、再び仕事に戻ってゆく。

 凛さんは店内を見渡し、やや混雑してる中でカウンター席を選ぶ。


「さ、座って。大和君、敢えて注文は私に任せてもらうわ。我が家の名物料理を革新的に熟知した私こそが、最大最強のもてなしをもって大和君をメロメロのメロにすることは明白だもの」

「は、はい」

「さ、お肉を焼いて中華もつまみましょう」


 店内ではすでに、仕事を終えたサラリーマンや家族連れで賑わっていた。

 そこかしこでほがらかな笑いが連鎖し、酒気を招いた大人たちが言葉を交わしている。

 いい店だなと思った。

 この時、この瞬間まではそう思ってたんだ。


「さあ、凛。それに、大和君。まずはこれを食べなさい」


 先程のお父さんが、腹をゆすりながら大皿を持ってくる。

 まずは冷菜の盛り合わせで、トマトやきゅうりの彩りも鮮やかだ。

 取皿が沢山テーブルに持ち込まれ、うず高く塔みたいに重なる。

 凛さんはてきぱきと僕に料理を取り分けてくれた。

 なんだかアットホームな感じがしたが、次の瞬間には戦慄が走る。


「いやあ、父さんは凛に悪い虫がついたのかと思って心配したよ」

「お父様、大和君は悪くもないし虫でもないわ。ちょっと構ってほしい時はいくらでも構ってくれるし、必要な助けを請えば律儀に助けてくれる。そうね、いい隣人? かしら」

「うんうん、よかった。ああそうだ、凛」

「ええ、そうだったわね。日課を忘れてたわ」


 凛さんは何故か、携帯電話を取り出しお父さんに渡した。

 あー、結構しつけが厳しい系の家なんだろうな? お父さんはなにも言わずに携帯電話の中を見て、ネットの履歴なんかを検索し始める。


「ふむふむ、よし。凛、危険なインターネットには接続していないみたいだね」

「当然よ。ふふ、大和君が少しびっくりしてる。お父様は私の教育にご執心なの。とても厳しいのよ? でも、偉大なる革命闘争の歴史的勝利者になるための、些細な日常にほかならないわ」

「そうなんだよ、私は凛に執心、そして終身制の教育パパなんだ」


 その時、調理場で料理人の一人がプッ! と吹き出した。やっぱりあっちの国にもダジャレの文化があるんだろうか? そう思った瞬間、お父さんの目つきが変わる。

 お父さんがギロリと睨むと、笑った料理人の左右を男たちが囲んだ。

 ガタイのいい同僚たちに抑え込まれ、なにか大陸の言葉をわめきながら料理人が連れてかれる。いやちょっと、何……? なんでお父さんも凛さんも平気なの?


「気にしないで、大和君。雇用主としての絶対平等なる社員再教育よ」

「そ、そう……」

「さあさあ、どんどん料理を持ってくるからね! お肉も焼いて、たらふく食べたまえ」


 その後も料理が運ばれ、凛さんは自分でも食べつつ僕に勧めてくれる。なんだか甲斐甲斐しく取り分けてくれるので、なんだか悪いなあ。


「美味しいなあ。あ、凛さん、僕も自分で取るからいいよ」

「いいのよ、大和君。男女の労働比率は正確に6:4……六四であるべきだわ。そ、それが、す、すすす、すっ、k……宿命的な運命好意を秘め合う若人には当然なのよ」

「はあ」

「お肉が焼けたわ。キムチも食べるべきね。勿論、餃子も熱いうちに」

「こんなに沢山食べられるかなあ」

「シメは台湾まぜそばよ。真に覇権麺類である冷麺という選択肢も忘れてはならないのだけど」

「フ、フーン、で?」

「デザートはそうね、はちみつたっぷりの――」


 なんだか今日は凛さん、楽しそうだな。

 あと、見た目の割に食べるね……そりゃもう、ぺろりといっちゃうね。

 僕もあつあつの料理に舌鼓を打ちつつ、気づけば普段より食が進んでいる。


「でも、国ごとに違う食文化って楽しいよね」

「ええそうよ、大和君。そして今の日本では、あらゆる国の民族的料理が堪能できるわ。まさに食の文化大革命……悔しいけど私、憎き帝国主義の産物であるハンバーガーやドーナツが好きだもの」

「日本のそばやお寿司も美味しいよね」


 そうこうしていると、周囲を軽く見渡してから凛さんは静かに顔を近づけて来た。

 焼き肉と中華の匂いが支配する店内の中で、花と果実が香った気がした。


「り、凛さん? 顔、近いよ」

「大和君、今夜は暇よね? テストも終わったし、学生の本分が勉強だとしても息抜きは必要よ。抜きは必要よ」

「な、なんで辺な言い回しでニ回言うの」

「今夜……お父様しか家にいないの。だから」

「まって! それおかしいでしょ! そそそ、そういうのを誘うのも、その」


 お父さんがいるならアウトじゃない?

 そう思ったけど、凛さんは少し寂しそうに笑った。


「私、一人っ子なのよね。それに、私がちょっとわがまま言ったくらいじゃ、お父様は怒らないわ。厳しくしつけて監視してても、私がいないと困るのはお父様だもの」

「でも」

「お願い、大和君。愛の不時着、しましょ? ……クラスでも大和君しか、相手してくれないんですもの」

「それは凛さんが……ま、いっか。不純なアレコレはナシだけど、少しならいいよ。っていうか、凛さんの私生活や家のことにはちょっと興味あるし」


 正直、かわいい女の子に寂しそうな顔をされると、弱い。

 でも、この時まだ僕は気付いていなかった。

 熱心に中華鍋を振るうお父さんが、この会話を全て遠くから聞いていたことを。

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みじカク⇔すぐヨム ながやん @nagamono

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