第5話

「――天よ開け」


 『極星火輪』の銃口から零れる真紅は、やがてある形となってゆく。


「――我が祈りに応えよ」


 球である。叛則世界にはない、太陽の如き球。


「――星よ瞬け」


 真紅の太陽が、形作られる。


「――星よ輝け」


 太陽の表面をなぞるように、幾重もの魔法陣が描かれた。


「――星よ煌めけ」


 髪先が黒になり。軍靴が素足になり。


「――我が心の永劫の星よ、今ここに!」


 かのんにかけられた魔法が解けてゆく。


「極 天!」


 そして、太陽は昇る。


「スーパーノヴァァアァアア!!」

「Globus Tenebrae!」


 かのんの放った魔法は、クロードのそれと較べると遥かに小さい。

 『極星火輪』の銃口よりやや大きいほどの小さな太陽が、奈落の星とぶつかりあう。

 極天スーパーノヴァと名付けられた魔法が紅色を散らした。


「行って……!」

「クッハー! 頑張るじゃあねえか! ルーキー! だが、勝つのはこのアタシだ。このクロードだ!」


 拮抗する二つの魔法。もしも、かのんの魔法が敗ければ。魔法が解けたかのんならば、耐えられるはずもない。

 しかし。かのんはそんなことを微塵も思っていない。

 決めたのだ。

 負けないと。

 守ると。

 だから。


「いっけえええええ!」


 紅い太陽が、一際大きく輝いた。

 その変化は顕著であった。かのんの魔法が、回転を始めたのである。そして、クロードの魔法を巻き込み始めた。

 極天スーパーノヴァの回転に合わせて、クロードの魔法が、吸い込まれてゆく。


「な……! アタシの魔法が……!」

「極天スーパーノヴァは……相手の魔法を巻き込んで、強化される……!」


 拮抗は破られた。

 極天スーパーノヴァが一つ進めば、クロードの魔法を巻き込む。

 そして。クロードの魔法を飲み込んだ紅い太陽は、クロードに一直線で迫る。


「ちい、障壁を……!」


 それこそが、クロードの敗北を呼んだ。

 クロードの障壁とて、魔法の一つ。

 故に、極天スーパーノヴァはそれをも己が力に変え、敵を討つ――!


「まさかっ……!」


 紅い太陽が、爆ぜた。

 目を開けられないほどの、閃光と風圧。

 かのんは本能的に、腕で目を隠す。


「……ッ」


 そうして、どれほど経っただろうか。

 爆風で流されていた髪が元に戻り。

 そっと腕をどかすと、クロードが空から落ちてゆくのが見えた。

 その行方は、奇しくもりりぃの閉じ込められた球のすぐそばで。

 『極星火輪』を杖変わりに、かのんは大穴から抜け出す。


「マリアさん……! あと、何分……?」

『あと、2分49秒。間に合ったわ』

「でも、球が消えてない……」


 りりぃを包む障壁には、何の変わりもない。

 かのんを拒んでいるままだ。


「かのんちゃん……」

「待ってて、りりぃちゃん。必ず、助けるから」


 『極星火輪』で吹き飛ばす、などは出来ないだろう。

 だから、極天スーパーノヴァを使うのを躊躇っていたのだ。

 自身の魔力を全部注いでやっと形になる諸刃の剣。

 かのんの魔力は徐々に回復しているとはいえ、一発撃つのがやっとといったところ。

 目の前の球体は、容易く耐えるだろう。


「でも、なんで消えないんだろう……?」

「そりゃ簡単だよ、ルーキー……」


 倒れていたクロードが顔を上げた。


「……っ!」

「ひっ……」

『………………』


 かのんは息を呑んだ。

 クロードの顔の半面がどろりと溶け、骨や脳があるはずのそこにはネガ反転の空間が広がっている。

 恐怖。そのあまりにもおどろおどろしい姿に、かのんは一歩、後ずさった。


「そいつは、アタシを殺さない限り、消えない」

「……!」

「それ以外の解除方法はねえよ。うかつに手ぇ出してみろ。その瞬間にドカンだ。ガキは死ぬ」

『なんてことを……!』


 クロードはマリアの言などに耳を貸さない。

 見ているのは、かのん。それだけ。それだけしか目に入ってない。


「ククク……さあ、どうする? どうするよ、ルーキー……倒せばいいと思ったか? 無力化すればよかったか? いいや違う。これは戦争だ。命を懸けたやりとりだ。勝利は生、敗北は死だ」

「なんで……」

「アタシは闘争の中で生き、闘争の中で死ぬ。さあ、狙えよ、その得物で。銃口を向けろ。引き鉄を引け」


 かのんは、『極星火輪』をクロードの額に向けた。

 カタカタと、『極星火輪』が震える。

 残酷にも、クロードにトドメを刺せるほどの魔力は戻っていた。


「そうだ。それがいい。もっと近づけよ、さあ、さあ、さあ。そんなところじゃ、当たらないぞ、こっちへこい」


 一歩、一歩。

 かのんは、進む。銃口を向けながら。


「そうだ。そうそうそう……」


 ついに、額に触れるほどの近さまでかのんはついた。

 狙いが、ぶれる。けれど、もう外すことは出来ない。そんな距離。


「終わらせてみろ。その手でよ……」


 引き鉄に、指がかかる。

 そして――


「だめ!」

「ぁ……!」


 引かれなかった。

 たった一言。りりぃの言葉が、かのんを止めた。


「でも、りりぃちゃん……このままじゃ……」

「そんなの、だめだよ……りりぃは、りりぃは……! そんなことしてほしくない……!」

「だからって、だからって、りりぃちゃんが死んじゃうのは、やだよ……!」

「かのんちゃんが、人をころしちゃうのなんて、もっとやだもん……」

「助けるって、決めたの……りりぃちゃんを、絶対に助けるって……!」

「りりぃのために、手をよごさないで……かのんちゃんの手は、きれいな手なんだから……」


 りりぃの頬に、水が伝った。


「ぅ、うう……あ、ぁ……うう……!」


 『極星火輪』の銃口が、さ迷う。


「かのんちゃん……おねがい……お願い、だから……」

「ぅ、ぁああああああああああ!」


 紅の銃弾が、撃たれた。


「ぁ……」


 放たれた紅は、クロードのすぐ傍を通り、ビルに風穴を開けた。

 クロードの髪から、わずかな煙が立ち上る。


「っ、りりぃ、ちゃん……」


 『極星火輪』を置いたかのんは、りりぃに歩み寄る。

 球の内と外。手と手が球面越しに触れ合う。

 こんなにも、近いのに。


「離れて……かのんちゃん。このままだと……」

「いいよ」

「ぇ……?」

「わたしも、いっしょに」

「ぁ……そんな、だめだよぅ……なんで……」

「りりぃちゃんのわがままを、かのんは聞いてあげる。だから、りりぃちゃんは、かのんのわがままを聞いて」

「ばか……かのんちゃんの、ばかぁ……」

「りりぃちゃんも、ばかだよ……」


 かのんはうっすらと笑みを浮かべた。

 その瞳がにじみ、頬に筋を作る。


「ごめんなさい、マリアさん。わたしじゃない、新しい魔法少女を探してください」

『カノン……! やめなさい……! そんな、バカな真似は……!』

「でも……!」


 ――諦めないで


「ぁ……」


 かのんは思い出す。あの、夢の中の夢の夢で託された言葉を。

 もう一人の、かのんの言葉を。


「そう、だよね……諦めちゃ、ダメ、だよね……!」

「……? かのんちゃん?」

「大丈夫だよ……りりぃちゃん……! 必ず、ハッピーエンドにするから!」


 かのんの瞳に焔が灯った。

 頬を両平手で打ち、そうだと、思い直す。

 諦めてはダメなのだ。

 涙を拭い、かのんとりりぃを隔てる障壁を見る。


「九回裏……走者ゼロ……ツーアウト……でも、まだわたしは立っている……!」

「ねえよ……もう終わりだ……」

「終わってない! わたしが……ここにいるんだから……!」


 ああ、強い。マリアは思う。残留思念でしかない自分にも伝わる、強き心。

 自分の心配なんてものは、いらなかったのかもしれないと。

 『極星火輪』を拾い上げるかのんを見、そう思う。


(どうすれば……わたしに出来ることは……答えて、『極星火輪』……!)


 目を瞑り、かのんは『極星火輪』に問う。

 けれど、『極星火輪』は黙したままだ。


(あきらめない……あきらめちゃいけない……考えて! 終夜かのん! わたしに出来ることを……魔法で出来ることを……!)


 かのんは考える。

 考えて、考えて、考えて――

 そして。

 一つの火が、かのんの胸の内に灯る。


「ねえ、りりぃちゃん」

「うん」

「わたしに命を懸けられる?」

「うん」

「失敗するかもしれない……それでも、いい?」

「……かのんちゃんは?」

「死んじゃうと思う……りりぃちゃんと一緒に。だから――」

「だめ」


 りりぃらしくない、拒否の声だった。


「……え?」

「りりぃを助けるために、かのんちゃんが死んじゃうなんてやだ……だから、絶対成功して……!」

「うん!」


 かのんは、『極星火輪』を地面に立てた。

 すると、あれだけ沈黙していた『極星火輪』が瞬く。

 そして、かのんの頭の中に、魔法の使い方が流れてくる。


「『極星火輪』……?」


 鍵は、すがるものには与えない。

 鍵は、頼るものには与えない。

 鍵は、前へ進むものの扉を開く。


「うん……!」


 かのんは再び、りりぃの入れられた球体に両手を付ける。


「りりぃちゃんも、手を」

「うん……」


 りりぃは素直に、かのんと手を重ねた。

 かのんは息を吸う。


「いくよ……! 極天 スーパーノヴァ……超縮小版……!」


 かのんの手が、ぼうっと、紅く光る。

 空っぽになった魔力で、なんとかひねり出せた僅かなチカラ。

 けれど、今はそれが功を奏す。


「ん……」


 りりぃを捕らえる球体の表面に広がってゆく波紋には目もくれず、かのんはただ、目の前の作業に集中する。

 極天スーパーノヴァは、魔法を巻き込む魔法。自身の力とするために、魔法を中和する瞬間が必ずある。

 そこを狙う。

 それは、危険な賭け。

 一つ手順を踏み間違えれば、障壁は即爆発することだろう。


「はぁ……!」


 汗が伝う。息が荒くなる。


「もう、少し……!」


 かのんの手が、ずぶずぶと障壁に沈んでゆき。

 そして――掴んだ。


「……かのんちゃん!」

「うん!」


 勢いよく、かのんは引っ張る。

 ネガ反転の球体から、りりぃが飛び出てきた。いともあっさりと。

 りりぃを胸に抱えたかのんは、一瞬身構えるが爆発はない。


「……やった?」


 かのんは腕に力を込める。ギュッとすれば、りりぃがもぞもぞと動く感覚が伝わってくる。

 温かい。

 生きている。


「やった! やったよう! りりぃちゃん!」

「ぁう……苦しいよ、かのんちゃん……」


 りりぃを持ち上げ、かのんはくるくると回り出す。


「ハッピーエンドだね!」

「うん……でも……あの人は……?」

「あ……」


 かのんとりりぃは、仰向けに寝転がるクロードを見る。

 その身体はびくびくと震えていた。

 それが痛みでないと、かのんたちは知ることとなる。

 それは、笑いだった。


「ククク……」


 身体の震えが大きくなってゆく。


「ハハハハ、クッハハハハハ!」

「なんで……笑うんですか……?」


 念のため、かのんはりりぃを下ろし、『極星火輪』を構え、りりぃを守るように立つ。


「……面白いさ……滑稽さ……ああ、なんてことだよ、本当に、なんてこった……こんな奴らに負けるなんて……屈辱だ……この、アタシが……」


 クロードは泣いていた。笑いながら、泣いていた。

 その涙が、なにによるものか、かのんには分からない。

 そんなかのんを置き去りに、クロードは人差し指を立てていた。

 その指先には、ネガ反転の球体が浮いている。

 銃口を向けるかのんに何とも思わず、クロードは自分の腕を動かす。


「ボーナスだ。掛け金3:1じゃあ、不釣り合いと言えば不釣り合いだったからな」


 その行き先は、かのんでも、りりぃでも、ましてや『極星火輪』でもなかった。

 クロード自身のこめかみに。


『まさか……!』

「まっ……」

「ぁ……」

「あばよ、終夜かのん」


 ぱあんと、音が響く。

 どろりと、クロードは溶けた。

 その変化は一瞬で。

 クロードのいた場所には、人型の染みがあるだけだった。


「なん……で……」

『わからないわ……けれど、彼女の何かに触れたのでしょう』


 琴線に触れた

 触れて、しまった。


「かのんちゃん……」


 りりぃはかのんをそっと後ろから抱きしめた。


「ぁ、りりぃちゃん」

「……ありがとう」

「……うん」

『帰りましょう、私たちの世界へ』


 かのんは、『極星火輪』の引き鉄を引いた。

 行きと同じように、空間に弾痕が走る。


「ん……」


 気付けば、そこはかのんの部屋であった。

 変わったところは何もない。

 ふと、かのんはあることに気付く。


「そういえば、くまさん、忘れてきちゃったね」

「だいじょうぶ、だよ」

「今から取りに戻ってもいいよ?」

「かのんちゃんがいるだけで、幸せだから」

「……ぃ」

「う?」

「なんでもないよー」


 夕日で顔が赤いことが分からないことを、かのんは祈る。

 愛でることには抵抗がないが、りりぃからの思いもよらない反撃には弱いのだ。


(反則だよお……)


 これもう、今日自分は死ぬんじゃなかろうか。

 幸せに満ちるかのんだった。


『(なんとか一段落、と言ったところね……けれど、運命は回り始めたばかりだわ。イレギュラー、クロードの陥落……この先、何が起こるのかわかっていない)』


 鍵の姿に戻った『極星火輪』の中で、マリアはそう考える。


『(信じましょう、彼女たちを)』


 ベッドですやすやと眠る、二人。

 紅い日差しが、彼女たちを照らしていた。

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魔法少女かのん×カノン 乃木しのぎ @nogishinogi

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