第35話リリ、いぱいの楽しい思い出ありがとう。また会おうね。

5月27日 Fri.

とつぜんですが引っ越してきました。  

●とつぜんですが、「恋愛小説」のカテゴリーから「三毛猫」ブログに引っ越してきました。もともと、プロフィールに黒猫、ブラッキ―のアバターを使っているくらいです。このところ、三毛猫リリに死なれて、ペットロスに一月ほどオチイッテいます。毎日のように、リリを忍ぶことばかり書いているので、こちらに越したほうがいいかなと思いまして。

●元気な猫ちゃんとの生活を楽しんでいるかたには、もうしわけありません。まだブラッキ―という猫と同棲しています。そのうち、ブラッキ―のことを書くようにしますね。

●ペットロスから回復するためには、できるかぎり、記憶にあるリリのことを書いていくしかない。――といまのところは、思っています。

●愛猫に死なれるというのは、こんなに悲しいことなのですね。

5月27日 Fri.

リリ、今年も五月の薔薇が咲いているよ。 

●そろそろ終わりを告げる五月の薔薇の季節。狭小庭園の薔薇を眺めている。今年も、薔薇の花咲くこの庭で、リリとタワムレルことができると思っていたのに――。

●この世に変わらないものはない。わかっていたのに――。リリがこんなにもはやく、死んでしまうなんて思ってもみなかった。たった、一年八カ月の命だった。こんなことなら不妊手術などしないほうがよかった。子どもを産み、育てるよろこびを経験させてあげたかった。リリの……せめて、面影を偲べる……リリの子猫たちがいれば――と嘆いたりしている。あとになって、悔やんでも、しかたありませんね。

●こんなに早い別れがやってくるとは、どうして?

●リリはパーゴラ【pergola】から落花するアイスバークの白い花びらを、蝶とよくまちがえた。中空をみあげて、ピョンと飛び上がり、花弁をキャッチした。

●花弁にジャレツク、リリの姿はいまはない。さびしい。

●花弁をうまいぐあいに中空でとらえた。得意そうにくわえて、わたしのところに運んでくるリリ。わたしの手のひらにのせて、愛らしくわたしを見上げていた。あの瞳のかがやきはもうみられない。

●ひらひらと舞い落ちる薔薇の花弁にとびつくリリの元気な、愛らしい姿は、この庭では見られない。

●リリは昨日のわたしの夢のように、わが家の屋根の稜線から虹の橋のタモトにたどりつき、天国へと昇天していった。

●天国の薔薇園でいまごろは薔薇の花弁とタワムレテいることだろう。

5月28日 Sat.

「リリ、お留守いしててね」 

●「リリ、おでかけするからね。ブラッキ―と、お留守いしててね」

これでいいのだ。

カミサンにはまだリリとの別れが、現実のものとして認められない。

もう二度とリリに会えない。悲し過ぎる。だから、リリの死を認められないでいる。

●リリはカミさんにベッタリの猫だった。家の中をカミさんの行く先々についてまわっていた。わが家の玄関に迷いこんで来た時から、カミさんが世話してきたからだろう。

スリコミみたいなものだ。カミさんを親か兄弟、友だちのように思っていたのだろう。

●リリを失った悲しみ、ペットロスはカミさんのほうがひどい状態だ。

すっかり取り乱し、泣きつづけていた。

あまりはげしく泣くので、こちらも呆然として、抱きしめてなだめることを躊躇するほどだった。

一月ほどたっので、さすがにいまはリリの遺影に話しかけるくらいになった。

あるいは、わたしの目のとどかないところで、ひそかに泣いているのかもしれない。

●「リリ、ただいま。ブラッキ―ちゃんと、仲良くしてた」

カミサンがリリに呼びかける声が離れのほうでしている。

5月29日 Sun.

猫の死骸を投げこまれたことがあった。

●路地裏を歩くのがすきだ。たったひとりの、路地裏探検隊といったところか。でもわたしの住む田舎町では、路地裏を歩く楽しみのひとつである、野ら猫との出会いがあまりなくなった。

●あまり、というか、このところまったく猫と会っていない。このまえも、ブログに書いたが、日曜大工の店――二軒あるホームセンターのペットコーナーでも猫が姿を消してしまった。空前の猫ブームだというのに、この町では、猫嫌いのひとがおおいのかもしれない。

●わたしたちが、猫が好きなのを、そして飼っているのがウトマシイのか――。

猫の死骸をなげこまれたことがあった。あのときの、恐怖とおどろきはいまでもわすれない。トラウマとなっている。

●しかし、あのときイヤガラセをした老婆たち(裏の長屋は火事になり)はいまは、もういない。でも、どうしてそれほど猫がきらいなのか理解できず、わたしたちは苦しみぬいた。

●いまは、幸せだ。そうした、イヤガラセはされていない。これでリリが死なずに元気でいてくれれば、もっと幸せなのだが。

●でも、猫のいない路地裏をぼんやりと歩きながら、町の人が猫嫌いなのにはかわりないのかな。町から猫がいなくなっていく――。ものな……。

●昭和のテイストを残した路地裏だが、住んでいるひとの心がかわってしまったのだろうか。

●元気な老人もすくなくなっている。

●弱者には住みにくい街なのかもしれない。

●市長選の論戦のひとつが「人口減少問題」だった――。

●住みよい町とは、どんな町なのだろうか。

●住み難いから、ひとが町をでていくのだ。

5月30日 Mon.

猫のいない生活なんて、寂しすぎる。

●街歩きをしているとよく野ら猫が寄ってきた。立ち止まると、わたしの脚にすりすりをする。そのあまえるしぐさが好きだ。鳴きながら、見上げられると、ついだきあげたくなる。だきあげて、あのもこもこした猫の体毛をてのひらに感じてしまったら、もうダメだ。

家に連れ帰って、飼ってあげたくなる。

●いまも、むかしもビンボー書生、二匹で餌代は精いっぱい。

「ゴメンな。余裕がないんだ。だれかほかのひとを探してな」

と別れる。名残惜しそうに鳴く声をあとにした。そうした経験からかんがえれば、路地裏から猫がいなくなったのは、かわいそうな野ら猫がいなくなったということは、喜ぶべきことなのかもしれない。

●リリに死なれて、いまのところブラッキ―だけだ。塾生もすくなく、猫を飼うゆとりはない。ブラッキーは18歳。ブラッキーがいなくなると、もうこのあとは猫とは生活できないのだろうか。

●そんなのって、寂し過ぎる。

5月30日 Sun.

月島にでも引っ越したいよ。

●テレビで月島の路地裏散歩という番組をみた。

飼い猫が町をノンビリト歩きまわっている光景をみた。

いいなぁ。

みんなが、猫を飼っている。

なんの気兼ねもなく猫を飼える。

羨ましいったらありやしない。

猫好きのひとたちが、大勢住んでいるのだろう。

猫にむけるひとの視線がすごくやさしい。

月島に越したくなった。

●田舎町に住んでいると、小説家なんて絶滅種族だ。

本を読む人がいない。文学談義を楽しむ相手もいない。

現代文学を読んでいるひとがいないのだ。

悲しい。なさけない。

町の本屋さんは「コニシ書店」が一軒がんばっているだけだ。

●小説など書いていると奇異な目でみられる。

そこえきて、猫を飼っている。

●田舎町が好きだったのに、住みにくくなってきた。

6月1日 Wed.

梅雨。リリの香りがしてくる。

●三毛の雌猫リリと別れてから、はや一月が過ぎた。ながいこと、何匹もの猫を飼ってきたが病気で死なれたのははじめてだった。それも一年と八カ月。ああしてやればよかった。こうしてやりたかったと妻と語り合えば、くやむことばかり。いまだに、ふたりともペットロスからぬけきっていない。

●リリはとくに妻になついていた。トイレや風呂にはいっている妻をドァの外でまっていた。すこしのあいだでも、妻がいないとリリはさびしがったのだろう。寝る時もふたりで寝ていた。妻にかかえられて、リリはまるで子どもそのものだった。朝起きて妻の寝室にはいっていき、ふたりが頭をくっつけてすやすや寝ている。すべて世はこともなし、といった平穏な朝の情景を見下すのがわたしは好きだった。

●妻は孤閨のさびしさに、猫のぬいぐるみを抱いて寝ている。わたしは夜、小説を書いたり諸々の勉強をするので同じ寝床で同じ夢をみることができない。

●わたしにはブラッキ―がいる。でもブラッキ―が最近、妻の膝にホイッととびのるようになった。リリのいない寂しさをやわらげようとしてくれているようだ。妻はブラッキ―にときどきリリとよびかけたりしている。

●雨がふって、湿度が高くなるとリリのニオイがよみがえってくる。部屋の隅々の残り香がいっせいによみがえってくる。

●まだまだリリのことを忘れられない。

●これでいいのだと思う。むりに忘れることはない。わたしは売れない小説家。三文文士だが、このままリリの思い出に浸り、小説を書くことを忘れる訳にはいかない。

●リリとの日々の交流を、甘い感傷とともに胸に秘め、今日から執筆開始。

●妻はそうはいかないらしい。あれほど直射日光にあたるのがきらいなのに。リリのことを想いながら、庭の薔薇の世話を、むきになってしている。ああ、忘れようとしても、忘れなれないリリのオモカゲを忍んでいるのだと、すこし距離をおいて眺めている。小柄な彼女の影が草花の影にチラホラしている。まもなく鹿沼は梅雨にはいる。

6月2日 Thu.

猫の餌代だってバカにならないのだ。

●けさは寝過ごしてしまった。6時起床。

●ドアを開けると、ブラッキ―が控えていた。控え目な猫で、部屋に入りたくても、あまり鳴かない。三文文士のわたしの執筆の邪魔をしては悪いと思っているのだろう。そんなに気をつかわなくていいのに――。いつでもパソコンに向かっている訳ではない。ベットによこになってダミンをむさぼっていることだってあるのだ。

●寝ている間にも、構想をねっているのだなどとほざいているが、ようするに筆が進まず休眠シテイルといったテイタラク。これからの昼の間は自堕落なパパなのだ。たまには、ドアの外でなきさけんでよ。朝だって、起こしてよ。起こしてもいいのだよ。どうせ、いつも睡眠不足で悩んでいるのだ。ブラッキーに起こされたせいだ、なんてねちねち恨まないよ。

●階段のいちばん上で腰を下す。ブラッキ―のあたまをナデなでしてやる。気持ち良さそうにノドをごろごろならす。餌場の皿に固形餌をつまんで音をたてて落とす。この音をきくのがブラッキ―はどうやら好きらしい。「ああ、今日も一日が始まるわ。なんとか食っていけそうね」とでも思っているのだろう。ビンボー書生のわたしがブックオフで買いたい本があるのもがまんしてブラッキ―の餌代にまわしているのが、わかっているのかな。

●オマエモ猫ちゃんだろう。猫のはしくれなら、招いてよ。塾生5人入塾大歓迎絶大期待のパパを助けてよ。

6月3日 Fri.

「おはようリリ」祭壇に挨拶して一日が始まる。

●父が生前使っていた片袖の机に、リリの祭壇つくつた。骨壷を納めた紙箱に位牌がわりの厚紙がはってある。本当は位牌をつくってあげたいのだが――

●墨を磨り戒名を……とも思ったが……俗名を書いた。木村リリ。小筆の筆先がふるえている。筆先にリリのおもかげが凝固している。リリのあどけない、ヤンチャなカオがはりついている。わたしを見上げている。

●木村リリ。筆跡はふるえていた。みじめなほど乱れて、下手だ。何年書道をやってきたことだろう。この歳になるまで、ずっと小説を書きつづけて来た。精神修養は怠らなかった。それがなんの役にもたたない。

●ただただ、ウロタエ、悲しみ、いまだにペットロスからぬけだせない。いい歳をして、笑っちゃいますよね。

●その悲しみをブラッキ―が埋めようとしてくれている。いままでになく、わたしと妻のまわりにたえずいて、ときどきわたしたちを見上げては声をかけてくれる。リリがいなくなったのが、わかっているようだ。

●「お早うリリ」

妻が起きたようだ。リリの祭壇に挨拶している声がかすかにきこえてきた。

●爽やかな初夏の朝。でもわたしはまだ悲しみからぬけだせない。

6月4日 Sat.

ブラッキーに張り番されているので――。

●眠い目をこすりながらパソコンに向かっていたらブラッキ―がふいに、隣に飛びあがって来たので驚いた。階段をのぼってきたのも、書斎にはいってきたのも、まったく気づかなかった。

●肉球が音を消しているのだろう。それにしても猫のように忍びこんで来るというが、その控え目な動きが好きだ。

●犬の好きなひとは、犬好きD型ホルモン。猫はC型ホルモンがでているのだという。ほんとうなのだろうか。ほんとうだと思う。

●ブラッキ―にジッと見つめられていると、パソコンを離れキッチンにいってなにか摘み食いをしょうと思っていたのだが、せめてブログは書いてからと――気をとりなおした。

●「ブラッキ―。パパはな、猫ちゃんの小説を書きたいんだ。リリのこと、ブラッキ―のこと、ミューのこと。生活をともにした猫ちゃんのこと、書きたいんだ。書けるかな?」

6月5日 Sun.

ブラッキーの居場所はパパの膝の上。

●ブラッキ―が情緒不安定だ。歳のせいで、徘徊老人になりつつあるのかもしれない。ニャニャアと鳴いて外に出たがる。玄関の引き戸をあけて出してあげる。前庭を一回りして、裏の勝手口にたどりつき、また鳴いている。これを日に十数度くりかえす。

●人も猫もその歳にふさわしい変化の過程をたどっている。だから、同年輩の知り合いに会うと、こちらが老けこんでしまう。

●いまだに大きなリックに荷物をいれて歩ける。歩くだけなら――どのくらい歩けるのだろう。いちど日光で試してみたい。いまでも、東武日光駅から裏見の滝まで歩けるだろうか。往復すると三時間以上かかるはずだ。

●でも、そんなことをして体力をたしかめることはあるまい。

●パソコンに向かい、まいにち小説をかく根気があれば、あとはなにも望まない。ブラッキーがいつのまにか、膝にのっている。わたしが、動かなければ、いつまでもそうしている。

●ブラッキ―に話しかけることで、リリとの悲しい別れを忘れようとする。

●ブラッキ―チャンの居場所はやはりパパの膝の上。パパはパソコンの前。

●きょうも一日、頑張るからな――。ブラッキ―。

●リリのことは、これからはブログではなく、小説で書いていくことにする。

「リリ 今年もバラが咲いたよ。蝶と遊びにおいで」  

6月7日 

リリのおもかげ。

リリの写真が入っています。


「ああ、外へでたいよ。オンもで(外で)遊びたいよ。パパ、ママ。外へだして」

「病気になっていなければ――外にだしてあげるのに。心配なんだ。これいじよう他の病気になったらどうするの。この季節除草剤をまく家もあるからな――」  


リリの写真。

「ねえ、あたしってかわいいでしょう。桜井日奈子くらい、かわいいかな……」  


リリの写真。

「あたし、もうねむくなった。ねむって蝶と遊ぶ夢見るね」  


リリの写真。

「蝶と、薔薇の花咲く庭で遊んだ夢からさめたら、パパもママもいないんだもの。あたしひとりぼっちで、サビシイよ。あたしを、ひとりにしないで」


リリの写真。

リリのあそんだ紙袋。


リリの写真。

「リリがいなくなって、一月と七日が経ちました。リリが潜り込んで遊んだ紙袋。いまでもリリが、いつでも遊べるように――。リリが大好きだったドングリの実がいれてあります。ポツンとおいてあるドングリの実は乾いたせいでしょうか。ころがすと、カサコソと中で小さな音がします。リリが鳴いているような音です。リリの魂がここに漂っているのでしょうか――。リリは猫らしくニャオーと鳴けませんでした。でも、死に際にたった一声。ニャオーと猫らしく鳴きました。お別れの挨拶だったのでしょうね」


「リリがいません。薔薇の花は今年も、みごとに咲きました。でも、リリの遊ぶ姿はありません。悲しいです。妻と涙目で見る薔薇は美しく、いい香りがしています。でもリリのいない庭は寂しすぎます。どうしてリリは死んでしまったのでしょう。一年と八カ月の命でした」

リリの写真。


完。

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愛猫リリに捧げる哀歌 麻屋与志夫 @onime_001

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