活動記録・春 2
「まことー、ご飯よー」
丁度終わったな、宿題。今日はなかなかの量だった。
「んー」と聞こえるか聞こえないかわからない程度の声で返事をして、机の上を片付けてから階段を下りる。
親父と友里は先にテーブルについている。
「宿題してたのか?」
リビングに入ってきた俺を見て親父が話しかけてきた。
「んー」生返事をして自分の席に座る。
「友里、お前もお兄ちゃんを見習わないとダメだぞ?」
親父の隣の席でスマホをいじっている友里に親父が言う。
「えー、でもウチ部活とか友達付き合いとかあるし。ぼっちの兄貴と一緒にしないでよ」
スマホから目を離さず、忙しく指を動かしながら親父に反論しつつ、兄である俺に悪態をつく。なんとも器用な妹だ。
「コラ、友里。お兄ちゃんに向ってそんなこと言ったらダメでしょ」
全員分のご飯をよそって持ってきた母親が言う。俺は特に反論せずに奥の部屋でつけっ放しになっているテレビを眺める。あえて、反論しない。そうあえて。けして反論できないわけじゃないが(強がり)ここで反論してもケンカになるだけ。俺は兄なのだ。高校二年生。大人になってあえて! 反論せずに聞き流す。
「だってホントのことだしー」
反省している様子はない。いつも通りの見慣れた光景。やり取り。
昔はそれなりに仲の良い兄妹だったが、友里が中学に入った頃からだろうか。
思春期特有の〝アレ〟でほとんど会話がなくなった。どころか、口を開けば罵倒。罵倒。罵倒。
俺に親でも殺されたというのだろうか。いや、お前の親は俺の親でもある。
「さあ、冷めないうちに食べましょ。ほら友里もいい加減携帯やめなさい」
準備を終え、隣の椅子に座った母親が友里に注意する。「はーい」と渋々スマホをポケットにしまう。
「そうだな、それじゃあいただきます」と親父が言う。続いて母親、妹、最後に俺がボソッと「……いたただきます」と言って各々食べ始めた。
「なんだか久しぶりねぇ、〝清美以外〟のみんなで夕飯食べるの」
おかずを口に運びならが言うなよ、品のない。
「そうだなぁ、最近父さんが忙しいからなぁ。清美は大阪から帰ってこないのか?」
これまた口の中に入れたまま。ウチの家族に品という言葉は存在しないらしい。
清美とは、一番上の姉だ。去年、大阪の大学に入学してそっちで一人暮らしをしている。
「夏休みには帰ってくるんじゃないかしら。色々忙しいんでしょ」
姉貴も所謂〝リア充〟ってやつだからな、合コンにBBQにと忙しいんだろう。どうせ。
「ウチも部活始まったし、この家で忙しくないのって兄貴ぐらいなんじゃない?」
ほ、ほう。反論しないのを良いことに、まだ言うか。両親よ、一番下の娘とは言え甘やかしすぎではないだろうか。教育を間違っていると言わざるをえないぞ。
「そういえば、誠は部活はやらないのか?」
ん、そこ乗るの? え、注意しないんだ? あ、そう……
「やらない」
両親にならって俺も食べつつ返事をする。
「どうしてだ? 青春だろう、学生の頃の部活と言えば」
「そうねぇ、お姉ちゃんもバスケットやってたし、友里もテニスやってるし。誠もなにかすればいいのに」
全く、この親は息子のことなにもわかっていないな。16年間、一度でも俺が運動なるものに勤しむ姿など見たことないだろうに。
運動会や体育祭のたびに、具合が悪くなるのは偶然ではないぞ。自分で言ってて悲しくなるけど。
「ムリムリ。大体いままで何もしてこなかったのに、今更運動始めたところでベンチすら満足に温められないって」
さすがにベンチぐらいは温められる自信がある。
しかし、悲しいことに、俺のことを一番わかっているのは妹らしい。言い方には棘はあるけど。さっきから全身に刺さりまくってるけど。
「別に運動部以外でもあるだろ? 部活なんて」
「そうよ、美術だとか、吹奏楽だとか」
いくら可愛い息子のためとはいえ、そんなとこで食い下がらなくていいのに。余計に棘を刺されるだけ……。
「そうだねぇ、〝オタク〟の兄貴にはお似合いかもー」
ヘラヘラと馬鹿にするように笑っている。
「待て、ぼっちや根暗というのは、いや、それも否定したいが……百歩譲ったとしても、オタクではないぞ」
黙って聞き流そうとしたが、そのカテゴライズだけは飲み込むことはできない。俺の最後のプライドだ。
「めっちゃ早口で必死に否定してんじゃん、キモー」
「お前なぁ……」
「やめなさい! 食事の席でケンカするんじゃない!」
親父の雷が落ちる。くそ……友里のせいで俺まで怒られたじゃないか。
親父に怒られた友里はさすがに黙り、俺を一度睨みつけると食事に戻る。なんと獰猛な妹か。
その後は、普通に食事が進み、食べ終わった食器を台所の流しに置いて先に二階の部屋に戻る。
「……ホント、友里には困ったもんだな」
ため息交じりの独り言。ハッとして窓の外を見る。かなでの部屋の電気は消えている。良かった……。かなでも夕飯なのか、部屋には居ないようだ。また独り言を聞かれてしまうとこだった。
念のため、窓を閉める。
「フゥ……」
またため息がでる。ベットに腰掛け天井を見上げる。
友里の反抗期は親じゃなくて、完全に俺にむけられてるよなぁ……。なぜだろう。昔はお兄ちゃんお兄ちゃんとうるさいほどだったのになぁ。
十六歳にして、反抗期の娘を持つ親の気持ちを味わうとは思わなかった。
いつまで続くのか……。そのうち治まってくれるといいけど。
意識せず目蓋が落ちてくる。
……あれ、眠い。まぁ、宿題も終わったし、少し寝よう。
そのまま落ちてしまった。
――ピンコンッ――
聞きなれない音で目が覚める。……なんだ、何の音だ。
――ピンコンッ――
もう一度同じ音。机の上から振動音も一緒に聞こえる。
うるさいなぁ。
――ピンコンッ、ピンコンッ――
連続して同じ音が鳴り続ける。
「あーもう! なんだよ、人が寝てる時に!」
耐え切れなくなって上半身を起こす。すると――
――ドンドンドンドンっ――
次は窓がまるで台風の時のような音をあげる。今日は快晴。というか週間天気予報ではずっと晴れマークだったはず。
となると、犯人は〝アイツ〟だ。
「なんだよ! うるせぇな!」
カーテンを勢いよくあけると、ホウキを両手に持ったかなでが目に角を立てていた。
「アンタねぇ、さっきからLINEしてるでしょ! 返事しなさいよ!」
LINE? あぁ、さっきの音はコイツの仕業か。
長年の付き合いのおかげか、かなでからとてつもなく面倒くさいオーラを感じる。これは早々に切り上げるべきだ。
「寝てたんだよ。じゃ、俺もう少し寝るから」
そういって開きっぱなしだった窓を閉めようとする。
「待ちなさいよ! 話があるのよ!」
かなでは食い下がろうとする。
「また今度な」
「今度じゃ遅いのよ! 今聞きなさい!」
…………はぁ。例によって長年の付き合いから、このまま寝ても話を聞くまで引き下がらないことが容易に想像できてしまう。
「……手短にな」
諦めて窓の縁から手を離す。かなではそれを見て納得したのか、構えていたホウキを自分の部屋に戻し壁に立てかける。
「どうせ宿題も終わってるんでしょ。暇なんだし付き合いなさいよ」
「いや、まだまだこれからなんだ。すまんな」
「嘘。だったら寝てないでしょ?」
……くそぉ。こいつは空気を読むということを知らないのか。それとも読んだ上で『そんなの関係ねぇ』とガキ大将ばりの唯我独尊さを発揮しているのか。
「で、なんだよ」
「最初からそうやって聞きなさいよね」
「いいから、なんだよ。よほどのことなんだろ?」
ブリブリと怒っているかなでに先を促す。
「そうなの。さっきリサから電話があって」
リサっていうと……、今日の夕方、バイトの面接に行くとか言ってた子か。中学の時からかなでと一緒にいる子だな。
「それで?」
「今日面接あるって言ってたでしょ? 実は学校に申請した結果がまだだったの」
「申請って……、バイトの許可申請か?」
「そう、状況が状況だし、通るだろうって」
「まあ、そうだな。普通は通るだろうな」
「ね? そうでしょ? 少しでも早く働きたかったらしくて、だから先に面接終わらせとこって今日、行ってたの」
かなでの表情が悲しんでいるように見える。俺は黙って話しを聞く。
「面接は通ったみたいなんだけど、丁度今日学校からリサのお母さんに連絡があって」
「『リサさんのアルバイトは許可できません』って」
「…………」
「お母さんも事情を説明したんだけど、全く聞く耳持ってくれなかったみたいで……、それでさっきリサから電話がかかってきて。リサ、泣いてた」
親友が泣いていた。かなでの目には涙が溜まっている。悔しそうに震えている。
俺は経験がないけど、それほどのことなのだろう。
「……けど、なんで通らなかったんだ?」
「……今年から、審査の基準が厳しくなったんだって。リサの家はお兄ちゃんがいるし」
学生の〝リサさん〟が働かなくても生きているってことか……。
「でも、保険だけじゃお父さんの治療費足りないから、お母さんのパート代とお兄ちゃんの給料からも出してるって言ってた。だから少しでも助けになるように私もバイトしなきゃ、って……」
かなでの目から涙が溢れる。
……なるほど。話を聞く限り、確かに学校の措置には納得がいかない。かといって、俺達〝一生徒〟になにか出来るとも思えない。
「あーーもう! ムカツク!」
涙を拭いながら、かなでが突然叫ぶ。
「な、なんだよ」
少しビビっちゃったじゃないか。
「許せない! 明日学校に文句言ってやる!!」
ついさっきまで泣いていたかと思えば、今度は怒り出した。切り替え早すぎだろ……
「文句って……言うのはいいけど変わるとは思えないぞ」
「はあ? アンタどっちの見方なの?」
こっちに怒りの矛先を向けられても……俺はただ冷静に意見しただけで……
「ホント昔からその〝意気地なし〟は治ってないよね、男なら『俺が怒鳴り込んでやる!』ぐらい言いなさいよ」
「そうは言うけど、お母さんが説明しても無理だったんだろ? なら俺たちがどうこう言っても……」
「ウジウジうるさいはね! 文句あるんだったら他の案を出しなさいよ!」
「俺にあたるなよな……」
ほんと怒ると見境ねぇんだから、昔から……。
……まぁ、そうだな。納得いかないのは確かだし、このまま俺にあたり続けられてもかなわん。
「わかった、俺もちょっと考えてみるから。とりあえず怒鳴り込むのはよせ、余計立場を悪くするだけだ」
「……え? ほんとに?」
何を驚いてるんだコイツは。今お前が代案を出せって言ったんだろうが。と思ったが話が拗れるだけなので口には出さないでおく。
「本当だよ、だから落ち着け」
「……わかった。落ち着く」
妙に素直だな…… まあ親友のためだもんな。
「一晩考えてみて、明日の放課後話すから教室に残れ」
「…………うん」
コクリと頷く。普段からこうなら可愛らしいのになぁ。
「それじゃあな、くれぐれも早まった行動はするなよ?」
そう念を押して窓を閉めようとする。
「……まこと」
「あ? なんだよ」
「……ありがと」
なんとか聞き取れるほどの声で呟く。
「……お、おう」
驚きと照れくささで少し固まってしまう。おいおい、相手はかなでだぞ? なにドキッとしてんだよ、俺。
「じゃ……おやすみ」
「お、おう」
かなでが先に窓とカーテンを閉める。
く、くそ……。なんだこの敗北感は。
遅れて俺もカーテンと窓を閉めて、再びベットに寝転がる。
「かなでが泣くとこ……久しぶりに見たな……」
幼稚園のころは、男勝りな性格なくせによく泣くやつだった。
それがいつからか泣かなくなり、思春期になると突然女に目覚めたのか、髪の毛を伸ばし始めた。
ま、そんなことはどうでもいいか。
リサさんのお母さんが説明しても許されなかったことを、俺たちでどうにかなるのだろうか?
ましてや、かなではともかく、俺にいたっては〝人脈〟という武器も使えない。
どうしたものか……
とりあえず色々考えてみるしかないな……
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