止まっていた俺の青春が、なんか突然動き出したんだけど
左衛門
一章「幼馴染みとその親友」
活動記録・春 1
「ただいまー」
「あら、おかえりなさい。早かったのね」
まるで夫婦の会話だな、母よ。部活も無く友達と買い食いしたり、寄り道したりといった青春イベントが皆無な俺は、いつも通りの時間に帰宅しただけだぞ、母よ。気づいているか、母よ。
「友里<ゆり>はまだかしらね、夕飯までに帰ってくるかしら?」
「さあー」
たしかアイツ、今日から今年度<こんねんど>最初の部活って言ってなかったか? テニス部の。面倒だからあえて指摘しないけどさ。
「困ったわねぇ、今日お父さん早めに帰るって言ってたのに」
「先に食べてりゃいいじゃん」
アイツももう中三なんだし、別に気にしないと思うけど。
「お父さん最近忙しくて帰りが遅いから、みんなで食事できてないってこの間ぼやいてたのよ?」
気にしてんのはそっちかよ! あえて口には出さず、心の中でツッコミながらソファーに座る。
「ならLINEでもしとけば?」
「そうねぇ、お母さん今ちょっと手が離せないから、まことが代わりにしといてくれる?」
ほ、ほう。なんという大胆なことをおっしゃりますか母上殿。スマホなんて、ゲームするか時間割確認するぐらいでしか使わない俺にLINEをしろと。
高校入学したときに舞い上がってインストールしたはいいものの、未だに数人しか登録していない、ほとんど開くことのないLINEを開けと。
「わ、わかった」
慣れた手つき(嘘)でLINEを開き、〝友達(5人)〟と表示されている中から妹を選びトークを開く。ちなみに、五人のうち四人は家族だ。大内田誠、家族を大切にする好青年。……なんとも悲しい響き。
な、なんて書こう。全く文面が思い浮かばない。い、いや、待て落ち着け俺。ただの連絡事項だ。業務的な文面でいいはずだ。さらに言えば相手は妹。なにを緊張しているんだ。
『親父、早めに帰宅。 寄り道せずに帰ってくるように。』
よ、よし、これでいい。一切の無駄を省いた実に効率的な内容だ。
キーボードのタイピングならそれなりに早いんだけど、スマホだとどうしても遅いな……。この〝フリック入力〟ってやつがどうにも難しい。
――送信。
ふ、ふうミッションコンプリート。なんとか成功だ。
――ピンコンッ――
「う、うわっ!」
「な、なに!? どうしたの!?」
キッチンで夕飯の支度をしている母親がビックリして身を乗り出している。
「な、なんでもない」
あまりにも久しぶりすぎて、LINEの着信音にビックリした、なんて言えないよな……。
それにしても返信早いな……。
トークを開くと、白くて丸いなんとも奇妙な生物が敬礼をして「了解ッ!」と言っている。なるほど、これがスタンプというやつか。存在は知ってたけど、使ったことないからな……。
「友里、『了解』だって」
「そう、良かったわ。あの子いつも友達と寄り道してくるから」
とんでもない不良の妹だ。俺の妹とは思えない。俺なんて夜六時以降に帰宅したことなんてないというのに。
はあ……、宿題でもやるか。
母親に特に返答することなく、LINEを閉じて傍らにおいてあった学校のカバンを持って立ち上がる。
「あら? 二階に上がるの?」
「あー」
「そう、お父さんと友里が帰ってきたらすぐ夕飯にするから、降りてくるのよ」
「あー」
生返事をしてそのまま二階の自分の部屋へ行く。
部屋に着くと、カーテンと窓を開け、小学生のころから使っている勉強机の横にあるフックにカバンを掛け、椅子に腰掛ける。
「ふぅ……」
俺が一番落ち着く場所。俺だけの空間。
「一応、挿しとくか」
学校でもほとんど触ることがないため、夕方になってもまだほとんどフルで充電が残っているスマホを、充電器に差し込む。
「ま、意味ないけどな」
学校で喋らない分、ここぞとばかりに独り言。部屋に居るときが一番喋ってるかもな。
もし、俺になんらかの特殊能力が備わっていて、その力が地球を滅ぼすほどの潜在能力を秘めていて、それを監視するために俺の部屋に盗聴器なんかが仕掛けられていたとするなら、俺の部屋はいつもお客さんがいると錯覚することだろう。
「…………フフッ」
そんな妄想に自分で笑ってしまう。
「うわっ、キモ。何一人で笑ってんの、キモ」
窓の外から聞きなれた声が俺を罵倒している。
「なんだよ、もう帰ってきたのかよ」
脚で床を蹴って、窓際まで移動する。
「アンタに関係なくない? ていうかキモくない?」
「…………」
……散々な言われよう。慣れているとはいえさすがに落ち込む。
こいつは【時任かなで】。同じ高校に通う同級生で、隣に住む幼馴染。東京という世界屈指の人口密度を誇る都市の弊害で、隣の家とはほんの数メートルの距離。お互いの部屋の窓をあけると特に声のボリュームをあげることなく会話が出来てしまう。カーテンを開けると部屋の中の様子が丸見えだ。
幼馴染みと言っても『おとなになったら、まことのおよめさんになるっ!』とか『私を甲子園に連れてって』的な、甘酸っぱい記憶は微塵もない。
〝かなで〟が幼い頃はショートカットで男勝りな性格をしていたことを差し引いても、そういう雰囲気になったことすらない。コイツの破天荒な言動に振り回されていた記憶だけが頭にこびりついている。今では髪の毛を伸ばし、〝茶羽ゴキブリ〟よろしく髪を染め、厳正なる俺基準では、ギャルと言って差し支えない見た目になってるけど。
「ごめんって、いつものヤツじゃん。そんなに落ち込まないでよ」
うな垂れる俺を見てさすがに悪いと思ったのか謝ってきた。
「ほんの数十秒で『キモイ』って三回も言われたんだぞ……」
「だからごめんって言ってるじゃん」
「……言っとくけどな、俺の顔はそんなに悪くねえぞ」
「そういうの自分でいっちゃうとこが無理。キモイ」
「四回目……」
「アンタが悪いんでしょ」
た、確かに。反論できない。
「お前、今日は寄り道してこなかったのか」
いつもは九時十時になるまで帰ってこないくせに。なぜそんなに詳しいのか? い、いや別にストーカーとかじゃないぞ。隣の家だから、大体の生活リズムがわかるんだ。断じて違うからな?
「うん、リサがバイトの面接に行くって言ってたからさー」
あぁ、そう、バイトね。大変だこと。
「ほら、リサのお父さん、去年倒れちゃったでしょ? だから結構厳しいんだって……」
……そういや、去年の秋頃騒いでたな。白血病だっけ。
「でも、保険とかあるだろ?」
「あるにはあるみたいだけど、病院代だけで精一杯なんだって」
……そういうものか。はたから見てる限りじゃ元気そうなんだが、……大変だな。
「なるほどなぁ、お前はバイトし
ないのか? 部活もやってないだろ」
毎日遊び歩いてるんだからバイトぐらいしても罰は当たらないと思うけど。ま、まぁ、俺が言えた義理じゃないか。
「うちの学校校則厳しいじゃん? ウチはたぶん無理だと思う」
そうだった。『学生たるもの、勉学とスポーツに打ち込むべし』だったっけ。なんとも古い考えだ。
「ま、そうか。ならちゃんと宿題やっとけよ」
「……ん? なんて?」
わざとらしく、手を耳に当てて聞き返してくる。
「俺は困らないからどっちでもいいけど、泣きついてきても見せないからな」
「えー! なんでー!?」
ふざけるな、キモイと連呼されてまで見せてやる義理はない。
「そんなんだから、アンタモテないのよ。〝ぼっち〟」
「うるせえよ、ヤリマン」
「ヤリッ!? ……アンタ言っていいことと悪いことがあんでしょ!?」
窓から落ちそうになるほど身を乗り出し大声で怒り出す。
「事実だろ」
「事実じゃないわよ! そもそも付き合ったことすらないわよ!」
おいおい、そんな大声で言うことじゃないだろ。恥ずかしくないのか。
「お前、この間サッカー部の前田と一緒に歩いてただろ? つうか、落ちるから普通に座れ」
駅前の本屋に買い物にいった時に、たまたま見かけた。
「は? キモ。なんで知ってんの? キモ。ストーカー? キモすぎなんですけど」
身体は元に戻したモノの、怒涛の〝キモ〟ラッシュ。もうやめて! 誠のHPはゼロよ!
「た、たまたま見たんだよ」
「キモいんですけど。 ていうかあれ、前田に誘われたから嫌々一緒に帰ってただけだし」
心底面倒くさそうな表情を見る限り、どうやら本当らしい。
「へぇ、羨ましいな。モテモテじゃねぇか」
皮肉交じりにそう言うと、かなでがまるで夏場のゴキブリでも見るような目つきでこちらを見てくる。
「な、なんだよ」
「ア、アンタ。もしかして……ゲイ?」
「はあああ!? 何言ってんだ――」
突然何を言い出すんだコイツは!
「だ、大丈夫。アタシ、そういうの理解ある方だから。いいの、幼馴染みがもし、アブノーマルな趣味に走ったとしても。アタシ応援してるから!」
そのガッツポーズやめろ。真剣に励ますんじゃねぇよ!
「はあ……もうめんどくせえ。宿題やるからな」
あえてツッコまずに無視してカーテンを閉める。
「終わったら写メってLINEで送ってねー」とカーテン越しに聞こえるが無視して、床を蹴って机の前に戻る。
家族以外で唯一、登録されているのがコイツだ。
高校入学時に念願だったスマホを手に入れた時のテンションとかなでのお情け(本人曰く)で交換した。
とはいっても、隣どうしで窓を開ければ話せるため、これといってやりとりはない。
「面倒なやつ……」
またボソっと独り言を呟いて、カバンから取り出した宿題を机に広げて取り掛かる。
〝隣の部屋〟からはテレビの音が聞こえる。たぶん宿題はやってないんだろうな。
寝る寸前に写メって送ってやろう。フフフッ、なんとも邪悪な考えだ。明日先生に怒られたくなくば、寝る間も惜しんで宿題に勤しむがいい……。フッハッハハハハ。
などと考えながら宿題を進める。
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