僕のお父さんは魔法使い見習いにもなれなかった
Dod@
第1話 僕のお父さんは──。
『抱いて……』
ユキエは顔を紅潮させながら、彼の両肩に手を伸ばす。
彼との距離、わずか2センチメートル。耳元で聞こえる互いの息遣いが二人の距離をさらに縮めていく。
これまで人に、女性に求められる事がなかった彼にはきっと日本が沈没するより衝撃な出来事だったはずだ。ビックリした彼は約5秒フリーズする。苦渋の決断の末、
『だ、ダメだ。ぼ、俺には君を抱く事はできない』
と想いを寄せる彼女、想いを寄せてくる彼女を突き放し拒絶する。
『抱いて……』
それでも負けずに再度距離を縮め、ユキエは彼に抱きついて誘惑を続ける。誘惑……、おそらくこの場面には適さない言葉だろう。しかし、
『士郎、抱いて』
色気ではない力強い言葉だった。
彼女は彼を〈理解する〉というには程遠いものの〈知っている〉のである。どういう人間かを。どういう性質かを。
その上で敢えて誘惑ともとれる行動にでているのである。
結果は初めから解りきっていた。彼の事を考え、彼の事を見ていた彼女の思惑通り、目を瞑り必死に彼女から目を背けようとする彼の本能は正直なもので理性を凌駕し反応する。
『私はアナタが好き。出会った時から』
押し倒された彼は戸惑いながらも、
『……。俺も君のことが好きだ。でも、ど……どうすればいいかわからない』
『今は、ただ本能の赴くままに』
『ユキエ……』
一方的なリードだが、それはとても静かで、それでいて慌ただしい。「愛は静けさの中に(映画のタイトル)」とはまた違った形だった。
暗転。
そんな濡れ場のシーンから数十分経つ頃にはユキエのお腹の中には子どもがいて、
『sanctuary』という『槌田雨寄』の曲と共にエンドロールが流れる。
──守るべきものはきっとあって
両腕で抱き締めているものは
きっとこれから共にするものだから
その中にそっとあなたがいてほしい──
この映画の内容に沿っているような気もする。いや、そうあってほしいという願いが込められているのだろう。
スタッフクレジット。ふと、その中の原作者の名前が目に入る。
「
この映画「魔法使い見習いに俺はなる!」の原作者。
冗談として扱われ、皆に笑われるのだが、この話はノンフィクションらしいのである。
何を根拠にそう言えるのかって?
それは、原作者に聞いたからだ。
どうして原作者に聞けたんだって?
詳しく話すと長くなるのだが、端折って説明すると、ある時、父・母の馴れ初めについて別々に聞いてみたところ揃ってその内容が「みな俺!」にそっくりだったので問いただしたら実話だったということが判明した。お父さんが昔とある界隈で有名だったということは知っていたがまさか「みな俺!」の主人公だったとは。
そして、自分自身の話をネタに本を出しているとは!
いくら父親だからって「
あんたもしつこいね。
そうだね、確かにそうだ。本当かどうかわからない。仮に、こんなイタイ話を親が書いただけだとしたら僕は信じなかっただろう。真実だったら、もう恥ずかしくて外も出られない。
しかしどうだ。魔法使い見習いになろうとして、童貞を35まで貫いた男は結局、35歳の誕生日の日。正確には34歳と23時間58分あたりに童貞を卒業し魔法を会得するに至らなかったわけだが、本物の馬鹿であることには変わりはない。
そして、その馬鹿の子どもである僕が魔法を使えるのだから、世界はなかなかどうして面白い。その作り話かもしれない話を信じてやってもいいくらい面白い。
そんなこんなで神なき世界は、どうやらお父さんや僕を見捨てていないようだ。
僕のお父さんは魔法使い見習いにもなれなかった Dod@ @Doda
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。僕のお父さんは魔法使い見習いにもなれなかったの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます