ミッション福神漬け

長尾麦星

第1話

注文がすんで店員が奥へ戻ると、前の席に座った吉村が片目をすがめて笑った。

「さてと、はじめますか?」

「いいですねぇ。はじめちゃいましょうかねぇ。」

隣にいる山崎が福神漬けの容器をテーブル中央にずずいと移動させる。

「これだよ、これを待っていたんだよ。」

吉村はプラスチックのふたを開け、右手に福神漬けをのせた。完全にフライングだ。

「では手をあわせて!」

音頭をとってやる。

「「「いただきます!」」」

山崎は両手をあわせてぺこんと頭をさげ、吉村は手のひらに福神漬けをのせたまま左手をぴん、とたてる。顔だけは神妙だ。

「國原まじめだな〜」

吉村は手のひらの福神漬けを一枚づつつまんでいる。口をつけてガッとひとくちで食べるのかと思った。

「ヨッシーは以外とお上品な様で。」

ちょっとむっとしたので言い返してやる。

「まあね。でもヨッシーはやめや。」

わかってる。

「マリオの乗り物みたいだから?」

自分の端末をいじっていた山崎が首を傾げる。

「それもあるけど、うち、上も下もヨッシーなんだよ。母ちゃんがな、電話で『何年生のヨッシーですか?』って言ってたことがある。」

兄弟あるあるだな。

「次ヨッシーっつったらクニッキーって呼ぶからな。」

「それは避けたい。」

妹はなんて呼ばれてるんだろう。帰ったら聞くか。

「じゃあ、おれのことはザッキュンて呼んで。」

山崎が言う。

「…それも避けたい。」

「嫌だわ。呼ぶ方が嫌だわ。」

しばしの沈黙の後、ふたりで頭を抱える。

「そういやあ、山崎って双子なんだろ?どんな感じなの?」

吉村が聞くと、画面を何度か突いてテーブルの上に置いた。

「双子だから似てるよ。」

山崎と、ポニーテールにした山崎がVサインで写っている。ご丁寧に、マーカーでカラフルに「さとる♡」、「みさと♡」とデコってある。

「デコったの、おれじゃないからね。」

当たり前だ。

「そっくり兄弟だなぁ。」

吉村に賛成だ。とりあえずグラスに水を注いでおく。

「双子だもん。」

「二卵性だろ、性別違うし。」

山崎に水を配りながら言ってやる。

「何その理屈。でも双子だからそっくりなんだって。」

まあなんでもいい。

「どこ行ってるの?友達紹介して欲しいな。」

さらっと吉村が言う。また福神漬けを手に取っている。

「鷹女。みさとは紹介しないからね。」

「嫌だわ、お前と同じ顔の女子とか。」

「吉村ひどい。みさとはそれなりに可愛いわ。」

「それ自分が可愛いって言ってる。」

言ってやると、なぜか嬉しそうな顔になる。面白い。

「そう、これみてよ。」

山崎はそう言って、画面をとんとんとん、と指で叩いた。それが前奏とつながって、柔らかな音楽が流れはじめる。

画面のうえに、ふわりと小さな少女があらわれた。そして、ハミングで歌いだす。

猫耳の少女はハミングしながらくるくると舞い、最後に両足でジャンプして空中で一回転してから、画面に吸い込まれた。

「今回のもすごいな。」

ほめてやると、山崎はうれしそうに、

「へっへー、昨日三時くらいまでかかった。」

と鼻高々だ。しかし、それだけしか寝てなくて、よくあれだけバドミントンできるな。自分だったら上むいたら鼻血でる。

「なあ、この桜吹雪、ずっとでてるんだけどいいのか?」

吉村が福神漬けをつまみながら画面の上の空間に指をくぐらせる。

「それ、はなびらじゃなくて、雨だよ。」

雨って、そんな風に左右にふわふわ揺れながら落ちるものか?

「水色のはなびらにしか見えん。」

山崎はむくれて、

「低重力下の雨なの!」

と主張する。なんだそりゃ。

山崎の立体のデザインを見せてもらうのは、2度目だ。前のも同じく猫耳の少女で、お玉を手に持って「みが〜なるんだよ〜」と歌っていた。今回の曲は、聴いたことがない。

「曲も山崎が作ったの?」

「うん、そう。歌詞はめんどかった。」

胸を張って答える。すごいな。

「だからふんふん言ってるわけか。」

「そう。吉村作って。」

身を乗り出して、吉村の手のひらの福神漬けをつまむ。なんというか、甘え上手だよな、山崎は。

「お待たせしました。」

店員がカレーを持って来た。

「ルックカレー三つですね。ご注文の品はお揃いでしょうか。」

マニュアルどおりに店員は言う。

「はい。」

答えると、山崎と吉村は店員からひとつづつ受け取っていて、はやくも臨戦体制だ。

福神漬けの容器を開け、カレーの色が見えないくらいの量、どっさりかける。ちらりと山崎を見ると、ごはんが赤いものに覆い隠されている。吉村にいたっては、カレーの匂いの福神漬け丼という風情だ。

「では改めて、「「「いただきます」」」!」

我々は、ミッションに取り掛かった。



結局いちばん福神漬けを食べたのは吉村だった。入った時には結構入っていた福神漬け容器のおかわりができたのも、吉村ががんばってくれたおかげだ。

「さっすが吉村〜、バド部のスーパーエースだけあるね〜。」

「何事にも全力!」

「えらいえらい。ほめるの変だけど。」

店の外で自転車のスタンドを上げながら、吉村を讃えてやる。

「ミッション成功、おめでとう!」

「やったあ!」

「はいはい」

さすがに飽きてきたらしい。

店の外はまだまだ明るい。もうすぐ7時になるけど。やばい、7時!

「げ、道場遅れるわ!」

焦ると自転車のバランスがくずれ、倒しそうになる。

「頑張れ、二刀流!」

山崎、やってるのは柔道だ。

「夕日に向かって走れ!」

吉村、逆方向だ。

受け身の練習で、福神漬けを口から産まないようにしなければ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミッション福神漬け 長尾麦星 @arcturus10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る