最終話 解夏(げげ)

 人というものは「口には出来ぬ秘密」というものが誰でも背負っている。

暗い底のない闇だが、口に出すことはない。そういうものを背負っているから人間なのだ。

これはさだまさし氏著「解夏」の中にある文章だが、夏の間坊さんたちは寺にこもっている。なぜかというと夏になると虫が冬眠から覚め地上に出てくる。

それを踏まないように寺にこもるのだ。これを「入夏(にゅうげ)」という。

寺にこもって共同生活をしてやがて夏が終わり虫たちも地下に潜るようになり、僧たちは各々の場所を目指す。文字通りの「一期一会」で終生会うこともないかもしれない。しかしそれぞれの場所に行くのである。これを「解夏(げげ)」という。

 

 その日薫先輩が指示した場所はお寺だった。

小さなお寺で苔が生すような古格のある寺だった。

寛治は覚悟を示すように喪服を着ていった。

寺の人に案内されて墓に行くと、

小さなお墓の前に一人の女性が手を合わせている。

今にでも消えそうな影が薄い。

薫先輩だった。

寛治を見つけると「かんちくん」と手を振る。

急いで駆け付けると先輩は頭を下げた。

「今日はありがとう」

「いえ」

沈黙が包む。

「誰の、」

「誰のお墓なんですか?」

寛治は勇気を出して聞いてみる。

「わたし、 の」

「わたしのむすめの。。」

「私の娘が眠っているの。。」

「え」

「私が貴方にキスした日。。。。。」

「キスした日。。。。。」



「娘が。。。死んだの」


「え」


頭が真っ白になる。

気が付くと先輩の眼から滝のような涙が流れている。

「わたし、、ね。担任の斉藤先生と付き合っていたのよ。」

「でも」

「でもね」

「あの日、、、、」

「あの日。。。赤ちゃんが。。。流れて。。。。流れてしまったの。。。。」

「で、で。。。彼とは別れたの。」


それ以来先輩は何も語らなかった。


寛治は彼女を優しく抱きしめて、墓前に導いた。

深々と頭を下げ、

「高木薫さんを、、、、お母さんを一生守ります。」


彼女の鳴き声だけが聞こえている。





半年後

二人は結婚式を行った。

鶴岡八幡宮で挙式を行い観光客からも歓迎された。

同級生が大勢集まり「先輩を取られた」と涙する者も少なくはなかった。

健一夫婦は三つ子と新しく産まれた女の子が参加してくれた。

夏希も「へいぞーくん」という若者と来月に結婚する。

華やかな華燭の典が終わった後、二人はあのお墓の前にそろった。


「もうすぐ、おねえちゃんになるのよ。」薫は愛おしそうにお腹をさする。

「楽しみだなあ。お父さんか。。。。」

二人の笑みは絶えることがなかった。


人という生き物は深い深い底なしの闇に生きている、と書いた。

しかし、どんな底のない深海のような状況にあっても一条の光は指すものである。

それを人は「幸せ」と呼ぶ。



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封印 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya

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