第2話 涙の理由(わけ)

 あれは高校二年生の夏だった。寛治はサッカー部に所属していた、というのは言ったが、図書委員会にも所属していた。寛治はサッカーと読書に夢中だった。

小学生の時「星の王子さま」を読んでいらい、いろいろな物語を読んでいる。

特に赤川次郎のミステリーが好きで、読みだしたら飯も食べずに夢中になった。

図書委員会はそんな寛治にとって趣味の延長だった。

高木薫は図書委員会の先輩でわれらが「マドンナ」だった。

美人だったがそれを鼻にかけることもなく、女子からもラブレターをもらうほどの人気者だった。

もちろん寛治も恋心を抱いていた一人である。図書委員会に入った理由も本音を言えばこそにある。

しかし、薫には「かわいい後輩」としか見られていなかった。

会えば最近読んだ本の話題がほとんどで先輩の個人的な情報を得るという高等な外交技術を高2の若造が取得しているわけもなく日々が過ぎていった。

その日、寛治は図書室で図書委員の仕事をしていた。

仕事というのは返却された本を元の場所に戻す作業だ。

寛治はこの仕事が好きだ。いろいろな本のタイトルを読むことが出来る。

自分自身では決して読まない本をいろいろと知ることが出来る。

すると、薫先輩が女子の後輩と一緒に入ってくる。

「えー先輩、彼氏いたんですか~」

寛治はこの言葉に耳を立てた。

「でも、みんなには秘密だよ」

「わかってますよ。」

黄色い声が図書室に響いた。

寛治はそんな図書室をそっと出て行った。

 それから一週間後、蝉時雨が校内を包んでいる。

サッカーの練習を終えて制服に着替えた寛治は図書室に行った。

図書室には誰もいなかった。

いなかった「はず」であった。

窓は全開してあってカーテンが夏の風に吹かれている。

白く揺れるカーテンが寄せては返す夏の海の満ち引きにみえる。

その波の前に薫先輩はいた。

頬を涙が伝っている。声を殺して泣いている。

「せ」戸惑った

「先輩??」

寛治は声をかけた。

「かんちくん?」

先輩は寛治を見つめると恥ずかしそうに手で涙をぬぐった。

「ど、、どうしたんですか?」

少しの、そして長い時間が流れた。

「な、何でもないの。」

いつもより元気のない声。

彼女を見つめていると、彼女は立ち上がり、寛治の方を向いた。

そして先輩は寛治の胸に飛び込んだ。

それを寛治が受け止める。

密着した先輩の体から心臓の音が伝わる気がした。

そして彼女は寛治に唇を重ねた。

一年を体感する時間いわゆる「体感時間」は20代は60代の倍以上にあたる。

10代の数学の授業が長く感じるのはこのためである。

おそらくキスしていた時間は2.3秒だっただろう。

しかし寛治には長かった。

キスが終わると先輩は2.3歩下がって

「ごめんなさい」そういうと図書室を出た。

カーテンの波が寄せては引いていた。


それから春まで先輩は今まで通り接してきた。

寛治は戸惑ったがどうしようもなかった。

そして春になり先輩は卒業していった。

 

 「なぜあの時先輩は泣いていたのか?」そして

「なぜあの時キスをしてきたのか?」

寛治にとって謎であった。

そして彼と彼女は再開した。

まるで封印が解かれるように

運命はゆっくりと動き出す




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