封印

若狭屋 真夏(九代目)

第1話 再会

仕事という名目の飲み会が終わって駅でタクシーを拾おうとしたが、金曜の夜では捕まえることがなかなかできなかった。仕方ないのでバス停でバスを待つがなかなか来ない。

34にもなって独り者というのは気楽な身分と世間では思われているが、家に帰っても電気がついていないというのは気分が落ちる。

「はぁ」バス停でため息がでる。そういえば最近「ため息」が多くなったな。

「高橋 寛治」はそう思っていた。

彼は普通に地元の高校を卒業して東京の2流大学を出、今は2流の会社で営業という、スタンプで押したような人生を歩んできた。

恋人もかつてはいたし、決して侘しい人生ではないということはわかっていた。

友達は次々と結婚して行き、子供が生まれると疎遠になっていく。

櫛の歯が落ちるように友達の数が減ってゆく。

彼にとって「結婚式のご祝儀」とは「手切れ金」であり、いまだ結婚できない自分にとって最大の「不良債権」なのである。

そう考えているうちにバスがやってきた。

バスの中は多少アルコール臭に満たされているが自分もその一人なので文句は言えない。

混雑しているわけではないが座ることはできない。寛治は席が空いていても座ることはしない人間である。つまりは慣れっこなのだ。

バスがゆっくりと出発する。

普段と変わらない風景である。

この後、家に帰って風呂に入って寝る。ルーティーンのようなお決まりのこれからが待っている。

やがてバスが止まり新しい乗客を乗せる。複数の女性が乗ってきた。寛治の降りるのは次の駅だ。

そして出発。何事もない。そう思える。

するとバスが急ブレーキをかけた。

キーと甲高い音が聞こえてくる。

乗客は前のめりになる。つり革につかまっている数人は体が前に投げ出されそうになる。寛治はつり革をぎゅっと握り耐えたが後ろのつり革を持っていた女性は寛治のほうに体が飛ばされる。

寛治は高校大学とサッカー部に所属していたから体幹がしっかりしている方だ。

後ろをふと見ると女性の体が自分の方へ向かってくる。

彼は体勢をかえて彼女を抱きしめた。

「はっ」彼女はびっくりしているようだ。

車体が安定すると「すみませんでした」寛治は彼女に告げ、体を離す。

彼女も頬を赤くしながら「すみません」蚊の無くような声で答える。

車内に運転手のお詫びのアナウンスが流れる。

そして再びバスは出発する。

しばらくして先ほどの女性が「もしかして。。。かんちくん?」

「え。。」 かんちというのは寛治の高校時代のあだ名だ。

寛治は女性の顔を覗いた。

「薫先輩??」

女性はメガネを外すと、

「そうだよ。かんちくん少しも変わってないわね。」

「先輩こそ、、ってか綺麗になりましたよ。昔も綺麗だったけど。」

「上手になったわね。昔はそんなこと言ってくれなかった癖に。。。。」

彼女の名は高木薫、寛治の高校の一学年上の先輩であり、、、、、

「今度ランチでも行かない?ってそんなこと言ったら彼女さんに悪いか。。」

「今はフリーですよ2か月前に振られました。。先輩は??」

「彼氏は。。。いないよ。」

そんな話をしてお互いの連絡先を教えて寛治はバスを降りた。

「封印」が開放されたことにまだ気が付いていない。。。




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