第64話


 ***


「っていうか、よく明良信じたな」

 後ろ手をついたヒロの言葉に、なにを、と返す。

「俺の話。妄想が見えるようになったとか、日常的にそいつと話してたとか、どう考えても変な話じゃんか」

 普通そういうの疑いもせずにそのまま受け入れるかなぁ、と、その内容の発言者は本気で首を捻っている。それ、お前が言うのはどうなんだ。

「さっきの全部創り話なら今のうちに言っとけ。まだ許してやる」

「いや本当なんだけど、本当の話ではあるんだけど、だって、ねぇ?」

 慌てて言いつつもまだそんなことを続けるヒロに、何かご不満が御座いますか、とわざとらしく言ってやる。そんな俺に笑って、ご質問なら御座います、とヒロは片手を上げた。

「明良、なんで信じてくれたの?」

「お前のこと信じてるから。とでも言い切って欲しかったなら、残念」

「うわ……違うんだ……」

 ずんと表情を暗くしたヒロに、だってお前納得しねぇだろと俺は思う。

 こいつが本当に持っているのは疑問ではなく不安だ。

 俺が、ヒロの話を本当は信じてないんじゃないか、ただ聞き流してたんじゃないか、という不安。自分になかなか自信を持てず、加えて面倒臭がりの俺の性格をよく知っているヒロだから、本心ではそう疑ってしまっている。自覚してんのかは知らないが。

 だから、「お前のこと信じてるから」なんてだけの言葉をかけたところで、本当の納得はされないのだ。傍から見ると簡単な言葉で一喜一憂しているように見えるヒロだが、実のところこいつは俺なんかより頑固なのである。

「俺は、何より自分を信用してんだよ。お前の話の内容に、聞いてた俺からすりゃ突っ込みどころはそりゃ多々あったわ。でも、さっきのお前の様子からは、俺が見る限りでは嘘吐いてるようには見えなかった。お前の話が本当ならここ最近はそうでもなかったみてぇだけど、嘘吐く時のお前ってすぐ態度に出んだもん。……あとはまぁ、俺が今まで自分で見聞きしてきたものと照らし合わせて、自分が納得出来たり、合点がいったりしたものを繋げた結果、お前の話と大きな相違が無かったから信じられたってとこだ」

 それでもあんな話、発言者がお前じゃなかったら信じてたかどうか分かんねぇけどな、という本心は言ってやらない。理由はさっきのと、あとやっぱ恥ずかしいから。

 これだけ俺がヒロのことを考えて述べてやった答えに、

「もうちょい分かりやすい言葉にしてくれない?」

 眉を寄せた親友から、一丁前にそんな文句がつけられる。

「お前休み前の現代文何点だった? 読解力大丈夫か?」

「思ってたより良い点だったけど、話逸らさないでくれる?」

「……だから、単に思い至るところが多かったってだけだっつの」

 真顔で見つめ合って数秒、今回は俺が折れてやった。

「俺の記憶とお前の話で、あぁあれなって思うところが多かった。……いくら必死だったとはいえ、ケサラン・パサランは無ぇわ」

 俺がそう言った途端、あっ、とヒロが短く大きな声を上げた。

「俺、そうだ、明良にもう一個、隠しちゃってる事がある」

「今言える話?」

「いや……、俺には、俺が言っていいかどうか分からない話」

「だったら訊かねぇ。……つーか、その隠し事があるってこと自体黙っとけよ」

 こいつもこいつで生真面目な奴だ。

 目を逸らしつつオカルト研究会に参加していたことを告げた時の六原を思い出し、俺は呆れた息を吐く。あ、そうだよな、とヒロは素直に頷いていた。

「それにしたってさ、明良が俺の話信じたことがやっぱり驚きだよ」

 首を振りながら腕を組むヒロに、まだ言うか、と俺は思った。急に話を逸らすのもこいつなら、引き戻すのもこいつだ、いつも。

「むしろ、お前なんで俺がそういう話信じないって思い込んでんだよ」

「えーだって明良、俺と違ってガッチガチの現実主義者で、俺は頭良いので世の中全部分かってますから妄想なんて致しません、みたいな態度してるし」

「なんだその勝手なイメージ。そりゃ『嫉み』も分かんないやつよりか頭いいけど、完全な誤解だわ。俺そこまで現実なんてつまんねぇもんばっか見てないし、自分が世の中の何を分かってないのかも分かってねぇし」

「じゃあ妄想とかもすんの? ……俺が、してたみたいな」

 茶化しを引っ込めた不安そうな口ぶりに、俺は再び息を吐いた。だけど今度は呆れからのものじゃなく、ちょっとした覚悟からのものだ。

 お前が俺を、どんだけパーフェクトな人間だって勘違いしてんのか知らないが。

「あのな、そもそも……俺は、あの手紙を信じたんだよ」

「それ絶対嘘!」

 弾けたような声のヒロの反応速度に驚く。

 まぁどうせそう言われるだろうと予想していたが、俺が信じてたらそんなに意外かよ。なんかムカつくな、それ。

「なんでそう思う」

「お前、だってあんなにきっぱり言ってただろ、俺はこの手紙を信じないって」

「あぁ言ったな」

 俺は頷く。頷いて、すぐに続ける。

「確かに信じないとは言ったけど、信じてないとは言ってない。ついでに言うなら信じたくなかったから、俺は信じないって言い通した。あれは別に信じられなかったから信じないって言った訳じゃねぇんだよ」

「しんじら、え、ちょっと、ちょっと待ってもっかい」

「――……だからな、」

 発言を邪魔しようとするいろいろな感情を取っ払って、俺は自分の考えをヒロへ話した。

 だって、その手紙の内容をすべてそのまま信じるとすれば、だ。

 俺たちには、世界に居られる最後の時に手紙を残す相手として、俺たち二人を選んでくれるような、そんな友人が居たことになる。手紙を読む限りでは俺たちととても親しく、俺とヒロの間程度には仲が良くて、いつも傍に居るのが当たり前の、明るくて茶目っ気もあってフレンドリーで、少しアホでうるさいところもある、そんな友人だったんだろう。

 そして俺たちは三人組で、いつも楽しく過ごしていたんだろう。

 でも、手紙を信じれば、その友人が消えたということも本当のことになる。

 ヒロがそうしたように新たに友人を作り出すことが出来ても、結局ヒロがそれに気付いてしまったように、それは消えた友人ではない。

 消えてしまった友人は、その手紙が届いた時点で、もう消えている。

 だから俺たちは、大好きだったのだろう友人を、諦めるしかないことになる。

 そんなのは、

「辛いだろ。俺たちが」

 だったらそんな手紙なんてただの悪戯だって決め付けた方が、ずっと楽だった。

「……明良はさ、やっぱり凄いわ、賢いよ」

 保身のための考え方をしたズルいだけの俺のことを、ヒロはそんな風に言う。

「本当だな。手紙をちゃんと信じてたなら、俺はあいつを作ることなんてなくて、最終的にあいつを……本当に、消してしまうことになんてならかった」

 作らなかったら、消えもしなかった。

 寂しそうに笑うヒロに、お前のはそこだよ、と俺は言う。

「その『あいつ』ってやつがただの妄想だったって、お前今ではもう理解してんだろ? それなのに、お前はそうやって『あいつ』のことをまだ気遣ってる」

 それに対してヒロは眉を寄せ、暗い表情で俯いた。

「それが俺の、ダメなところか」

「なんでそうなる」

「え? だって、今の明良の言葉……」

「はぁ? 今ので、だからなんで――」

 あぁ、と俺は気付く。

 これはあれだ、昼飯は素麺だな、だ。

「違ぇよ。あぁもう、本ッ当に面倒臭ぇな!」

 そう言いながらも、俺の顔には思わず心からの笑いが浮かんでいる。

 同じ言葉を使っていても、その読み取り方で、全然別の意味になってしまう。

 だから、どうしても本当に伝えたい気持ちや分かってもらいたいことがあるなら、相手に対して本気で向かって、自分の使える言葉を全部使って、誠心誠意、諦めることなく、正しい意味を伝えようと、一生懸命に頑張らなくてはならない。

 それがどんなに照れくさくて恥ずかしくて面倒でもだ、あぁ畜生め。

「『あいつ』を作りだした元々の思いは、まぁさっきお前が言ってたみたいな、自分にこういう友達が居たら嬉しいってもんだったんだろうよ。だけど、そいつを懸命に引き戻そうってし続けたのは、お前が、手紙に込められてた消えたくないって気持ちを汲んだからだ。俺が自分の事情だけで考えるのを諦めた、もしかして居たかもしれない『そいつ』の気持ちをちゃんと本気で考えてやったからだ。六原が増えるって知った時に不満だったのは、ずっと三人目だった『そいつ』のために、席を空けておいてやりたかったからだ。ポッと出のやつに譲るのは、『そいつ』が悔しいだろうって考えたからだ。お前はそれを持っちゃいけない感情だなんて言ってたけど、そんなことねぇよ。真っ当な感情だよ。

 つまりお前は、自分以外のやつのことを考える気持ちがすげぇ強ぇんだよ。俺なんかよりよっぽど優しいんだよ。だから、そうやって、他人のことを大切だって大事だって、心の底から思いやりを向けられる、あのな、お前のそれはな、ダメなところなんかじゃなくて凄いところだ! ……分かったか!」

 分かったらそろそろ自信持って胸張ってろこの自己卑下男が!

 という俺の暴言に。

「面倒臭がりの癖に人を放っておけない気遣い屋がよく言うよ」

 と、ヒロは笑った。

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