第47話

 ***


 生徒保護者の何人かが予定より早めに学校に来てくれたおかげもあり、ボランティア内組はどうにか頼まれていた内容を時間内に済ませることが出来た。

 参加終了の時間となり、保護者に礼を言われつつ、俺たちは家庭科室を後にする。

「やべー、手、めっちゃ土臭ぇー」

「見て見て、親指だけぷるぷるしてんだけど、これマズくない?」

 そんなことを言い合いながら、荷物を置かせてもらっている一年教室に向かった。

 後から来た外組の生徒と教室で合流し、互いの苦労を話しあう。こっちの方が大変だった、いやこっちこそ大変だったと、どっちも意見を譲らないが、最終的には、学校は少しくらいバイト代を出すべき、との意見で結託する。

 六原のことは皆既に知っていた。知っていて、密告者は一人も居なかった。

「者ども、お疲れー!」

 タオルを首に巻いた谷崎が、そう言いながら教室に入って来た。

「好きなの一人一本貰ったら、後はもう帰っていいってよ」

 谷崎に続く野中の顔は、日に焼けて真っ赤になっていた。

「一人一本、なに、ジュース?」

「いや駄菓子」

 喰いついた三谷の予想も虚しく、野中は随分と軽そうなナイロン袋を持ち上げる。

「やっす! 俺らの労働力、やっす!」

「どんだけ軽んじられてんだよ!」

「訴えようぜこれマジでよー」

 不平不満を言いながらも、その後行われた人気の味の争奪戦参加者は多く、そしてなかなかに真剣だった。結局安いやつらなのだ、俺たちは。

「じゃ、課題の感想文忘れんなよー。集めて提出すんの俺らなんだからな!」

 谷崎の言葉で解散したのは、夕方のチャイムが鳴る少し前だった。

 待ち時間を空調の入った駅で過ごし、その間に面倒臭い感想文のザッとした流れを考え、

 やっと来た列車に乗って、俺は帰る。

 毎日ぐだぐだとした生活を送っていたこともあり、いろいろあった今日は疲れた。

 座席に座って欠伸をしつつ、六原のことを考えた。

 ――あいつは、ほんとに納得してんのか。

 終業式の日、あいつがつらつらと語った内容。そしてそれを受け入れきった顔。あれは、嘘を吐いているとは思えない態度だった。

 あれだけ心配されることを仕方の無いとする、そんな事情って一体なんだ。

 お前どっか、ロシアあたりの有名な殺し屋にでも狙われてんの?

 実はちょっとしたことで壊れるような、繊細なアンドロイドだったり?

 それともあれか、見かけからは分からない、秘密で特別な病に侵されてるとか?

 眠気に任せて瞼を閉じていると、そんな有り得ない妄想が膨らんでいく。まさかなぁ。ゆるっとぼけっと、いつだって抜けたような態度のお前がなぁ。

 もうすぐ地元駅に到着するというアナウンスで目覚めた時には、その内容も、そんなことを考えたことすら、忘れていた。

 風呂上がり、届いていたことに気付いた一通のメール。

 それは六原からのもので、つい先ほど送られてきたもので、前に同じ送信者から貰った文面と比べると、長いものだった。

『いろんなひとからメール来た

 鈴掛さんが頑張ってくれたと聞いた 

 とても感謝しています』

 そして、行を変えて、もう一文。

『でもごめんなさい。俺がバレた、母さんに』

 なにしてんだよ、と、思わず俺は天を仰いだ。

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