**11章**
第48話
**11**
【田中弘人】
明良の課題の進み具合を聞いてから、五日間。
お墓参りや休憩の時間を度々取ってはいたものの、俺は日中ほとんど机に向かって、それまでほぼ手つかずだった課題と戦っていた。
簡単なものから片付けると、後が苦しくなってしまう。それが分かっているから、むしろ期末のテストの点数が低かったものから手に取った。その作戦のおかげかどうかは分からないけど、残る宿題はもう、量としては月曜に聞いた明良のものとほぼ同じだ。問題集の写しが数ページと、交流キャンプについての感想文が二枚。
これは好きだと言える教科も無く、毎年夏休み最終週まで課題を残しがちだった俺にしては、この短期間で辛さに耐えて本当によくやったと思う。だから、毎日こつこつやっていればという突っ込みは、自分でも分かっているので無しにしてほしい。
さて、と俺はファイルから作文用紙を取り出す。
明日のボランティアが終わったら、これを書いてしまおう。用紙は忘れないように出しておくとして……最低必要って先生が言ってた文字数は、何文字だっけ。
どこかにメモしたはず、と記憶を掘り返していると、手元の携帯電話が鳴った。
短い着信音はメール。
送信者は、
「え、あ、これって結局……」
六原君。
と、なってはいるが、そうかどうかは分からない。
とりあえず内容を確認してみると、どうやら俺の登録ミスなどではなく、アドレスは六原君のもので間違いないようだった。
『三組の役員と聞いていたのでヒロさんに連絡しとく
明日の午後、俺も三組と参加します。班は六班って言われた
必要ならもう一人の役員にも伝えてください』
前回よりも大分長いけど、メールに書かれた言い回しは六原君に似ている。それに、俺のことをヒロさんと呼ぶのは六原君しか居ない。
送信者は分かったものの、……え、これ、どういうことだ。
いや意味は分かる。意味は分かるけど、そうじゃなくて、えーと。
眉を寄せて考えつつ、俺は返信を入力する。
『わかった 六班なら俺も一緒だわ
昨日は休んだの?』
――送信。
六原君から返信がきたら、それで分かった理由も添えて、佐々木に一報入れておこうと思った。でも、数分、十数分、数十分経てど、返信はなかなか来ない。
六原君、前の返信も遅かったしなぁ。
そう思って諦めかけた時、携帯が鳴りだして驚いた。
しかも今度は電話だ。ただし、かけてきたのは六原君ではなく谷崎だった。
アドレス交換以降、特に打ち合わせの日の後からは、彼ともよくメールをやり取りするようになった。交流キャンプについてのことだけでなく、『とうとうシエルのネタバレ見ちゃった俺を叱ってくれ』とか『明良から聞いたけど田中もラグーンジェット持ってんのか!』とか『そういや俺もヒロって呼んでいい?』という、常に明るい調子のメールが度々届き、俺もそれに逐一返していた。
だけど、電話がきたのは初めてだ。急な用事なんだろうか?
「もしもし?」
「あ、ヒロ、今って家? 電話して大丈夫?」
笑顔の印象が強い谷崎のいつもより真面目な様子に不安になりつつ、家だし大丈夫、と答える。
「あのさぁ、今部活終わって寺坂先生から聞いて知ったんだけど、明日のキャンプ六原も参加だって、三組に混じって。合流すんのは昼からな」
あぁそのことか、と、俺はほっとする。
「うん、本人からメールが来たわ。佐々木にも俺が伝えとく。六原君から特に理由は聞いてないんだけど、どうしたの? 昨日は休みだった?」
いいや来たけど、と、そこで谷崎からようやく笑った気配がした。
「途中でエスケープして帰った。のが、バレた」
「六原君がぁ?」
思わず、裏返った声をあげてしまう。だって、え、エスケープ?
するのか、そんなこと。
あの、何もかも動じず、流れに逆らおうとしない、六原君が。
「な! その反応しちゃうよな! 俺もあいつがずっと不登校の問題児だったってこと、すっかり忘れてたわ」
「なんで、っていうか……誰に気付かれたの? 小学校の人? 赤井先生?」
厳粛な俺の副担任は、怒るとかなりねちっこい。
前に職員室で、赤井先生が自分の席の隣に立たせた生徒を説教しているのを見て、あんな風に怒られたくないなと心から思ったものだ。
「いや、昨日の夜まではバレてなかったんだよ。途中見に来た寺坂先生には流石にバレたらしいけど、俺らの明良様がどうにか言い含めて、ほかの先生には黙っといてくれるって約束取り付けたから」
「どうやって」
「さぁなー。それは教えてくんなかったから分かんねぇけど、明良だし、『小学生の悪い見本になるようなことが起こったって事実は内緒にしといた方がいいんじゃないすか』くらいはしれっと言いそう。って、俺も昨日、淳と話してた」
あぁ、と俺も頷く。
それは明良が言いそうなことでもあるし、寺坂先生ならそんな言い分でも笑って許してくれる気がした。……寺坂先生のこと軽く考え過ぎか?
「でも、じゃあどうやってバレたんだ?」
「それがなー、聞いてくれよ。六原、あいつ本人が母ちゃんにバレたんだとさ。やっぱり肝心なとこが抜けてんだって、あいつ。そんで高校に問い合わせが入って、事態発覚。赤井先生はお冠って流れよ」
「お、お冠って……」
怖々と言う俺に、心配すんなよ、と谷崎が明るい声を出す。
「六原が映画の時に具合悪くなって外出てったのは、小学校側にも証人が居る本当のことだからな。赤井先生に早退の許可を貰いに行く余裕が無かったんでしょう、見に来た時に気付かなかった自分が一番悪いんですって、寺坂先生もフォローしてくれたらしいし。ついでに俺も、さっき一芝居打ってきたし」
「一芝居?」
「『六原くんから調子が悪いから帰るって聞いていたのに、役員の俺が赤井先生に伝え忘れてしまったんです、ごめんなさい』って、形だけ頭下げといたったわ」
「実は頭良いよな谷崎って。っていうか、それでいいの? 谷崎は」
実はってなんだよーと笑いつつ、谷崎は明るく言う。
「まっ、六原の恩人になっとくのも良いかーって。それに、全部知ってる寺坂先生からすりゃ、罪を引っかぶった俺って友達思いのすげぇ良いやつじゃん? 別クラスの副担より、自分のクラスの担任の評価の方が上げときたいもんだろ?」
「うん。……やっぱり頭良いよ、谷崎」
「だっろー? つーか前にも言ったろ、俺ってデキる子なの!」
真面目に尊敬の念を持つ俺に、谷崎はけらけらと笑った。
そしてその調子の良さそうな声のまま、説明を続ける。
「で、まぁ、六原に対する大きなお咎めは特に無しになったわけよ。小学校側には事実話さなくたって早引けしたってことで通るから、鉾高が恥かく訳でもねぇんだし。ただ、課題に感想文あるだろ? それは絶対三枚出せってのが、赤井先生からの厳命。つっても六原、昨日は体調崩して映画も全部は見れてねぇから、その量はキツいじゃん。そこで明日も半日でいいから参加して、しっかり感想文書けって話らしい」
「はぁ成程……ようやく分かったし、そういう片がついたなら、良かった。……けど、びっくりした」
「だーよなぁ! 六原、あいつやっぱ変だけど面白いわ」
抜けてんのはなんとかしてもらいたいもんだけど、と、谷崎は言った。
電話を切った後、俺はしばらくそのままだった。
いやぁ、びっくりした本当に。だけど良かった、これも本当に。
「佐々木にメール……なんて送ろう」
悩んだ末、『六原君、昨日途中で帰っちゃったから明日一緒に参加するって 午後からだけで六班に入るらしい』と、打ちこんで送信しておいた。
あ、合宿お疲れって入れておけば良かったな。
送ってしまったメールに若干の後悔を残しつつ、次のメールを作る。
『谷崎から連絡があって軽く話は聞いた
明日待ってる そういえば飯嶋も同じ六班だよ』
相手からの返信は、今度は短く、そしてやっぱりまた数時間後だった。
『よろしく』
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