第21話
【鈴掛明良】
六原が谷崎と打ち解けるのは、会話の開始からものの数分もかからなかった。
いや、打ち解けるのはというよりは、一方的に気に入られるのには、と言った方が近いのかもしれない。相変わらず掴みにくい六原の態度が一貫して変わらないのに対し、谷崎のテンションが上がっていっているのは目に見えて分かった。
そんな具合に授業合間の休憩ごとで会話を重ね、昼休憩に入ると、俺たちは当然のように六原の席の周りに集まった。示し合わせた訳でもないが、なんとなくそうなったのだ。六原も特に拒む様子も無く、給食みたいだな、と一言だけ口にした。
飯の最中にも谷崎が矢継ぎ早に質問し、六原はそれに一つ一つ答えていく。
「じゃあ次、次な。小さい頃、大きくなったらなりかったものは?」
「たしか、学者か……何かだったような」
「学者ぁ? まじで? 俺、学者とか教授になりたいって気持ち、ぜーんぜん分かんねぇんだわ。もしかして六原って勉強すんの好きだったり?」
「大嫌いだよ。学者も今はなりたいと思ってないし」
「へー。ちなみに俺はレーサーだった! スーパーカーって男の浪漫だろ?」
それがどんなもので、どんな方向転換をしても、生真面目に。
「マクラーレンとか」
「そうそう! やっぱさー、マクラーレン・ホンダとセナの組み合わせは最ッ高にカッコイイと思うんだよなぁ! っていうか六原、もしかして語れるクチか!」
「いや、名前だけ知ってた」
そっかーと気を落とす谷崎に、期待させてごめんなさい、と六原は言う。
六原のトーンは常に低いところに留まっていて、表情もそう大きく変化するという訳じゃない。それでも、会話に合わせて笑ったり、不満そうな顔をしたりもする。一人で居ることが多かったという割に、少なくとも傍から見た感じでは、ヒロのように大勢での人付き合いが苦手という風でもないようだ。
こいつが単に来る者拒まずのスタンスで、今までは自分から六原に関わっていくやつが居なかっただけか。俺はそう納得し、寺坂先生の杞憂を笑った。
「そんじゃ、えー、あっ! 血液型は?」
これ聞いてなかったよな、と楽しそうに谷崎が言う。
「B型か、O型っぽいよな」
「うーん。ABもアリかなと思うけど」
野中と、去年も俺と同じクラスだった三谷が、六原を見ながら予想を口にする。鈴掛は?と三谷に促され、Oにしとく、と俺も予想を張った。
「じゃあ俺は敢えて残されたAで。で、どうなの六原?」
わくわくとした顔を隠さない谷崎に、六原は口の中のものを飲み込んでから、
「たぶん、O。……たしか、O?」
と、非常にあやふやな解答を出した。
「お前ぇ……そんなんじゃ献血出来ねぇじゃん」
「いや献血は出来るだろ」
むしろそこで分かるだろ、と、呆れ調子の谷崎に、呆れ調子で野中が突っ込む。それに笑いながら、三谷が両方の人差し指を立てて言った。
「両親Oなら大体Oだっけ。あとどんなパターンあったっけなー、Oになるのって」
それを思い出そうとする前に、両親、と六原が眉を寄せた。
「うちは片親だからその方法じゃ出ない」
その発言に、一瞬だけ時が止まる。ぶち壊したのは谷崎だった。
「片親? どっち? 別れたの? 死んじゃったとか?」
思わず焦って谷崎を止めかけて、実際、野中は谷崎の腕を掴んでいた。
だけど、
「居るのが母親。父親は元から居ない。離婚とか死別じゃない」
気にした様子も無く淡々と、むしろちょっと笑ってすらいるような感じで、六原は谷崎の質問に答えた。
「あの、一人で産んで育てた、あれ。うちの母さん、あれなので」
「あーあー、なんだっけ、ハンドルシートじゃなくて」
「……シングルマザーな」
見かねて言った野中に、それだっ、というはっきりとした明るい声でのものと、それだ、というぼそっとした低い声でのもの、二つの色の台詞が揃った。
お前らこんだけキャラ違うのに、打ち解けるの早過ぎだろ、ほんと。
何も言わず、野中がそっと谷崎から手を離したのが見えた。
「というかもし両親が居ても、親の血液型覚えて無いと思う、俺」
「自分の血液型ちゃんと覚えて無いくらいだったらなー、そうだろうさ」
真面目に言ってのける六原に、うんうんと大げさな振りで三谷が頷く。
「きょうだいは? 上とか下とかは居ない?」
パンの空き袋を結びつつ、野中が訊ねた。六原も弁当を食い終えたところで、箸をしまいながらそれに応じる。
「片親ってなると、やっぱり厳しいものかな」
「おぉ一人っ子か! 俺と一緒だな、明良も入れて同盟組もうぜ!」
「え、ずっるー。じゃあ野中は俺と同盟な」
騒ぐ谷崎たちを前にしながら、俺は違和感に眉を寄せていた。なんだ、今の。
何がかは分からない。分からないけど、さっきの六原の様子に、何か引っかかるものがあった。こいつの言い回しに妙なところがあるのは始めからだし、さっきの言葉も態度も何気ないものだった。だけど、なんだ? 確かに何かが。
ふと、野中と目線が合う。
たぶん俺と同じようなことを思ったのだろう野中は、だけどやっぱり俺と同じくその正体が掴めなかったようだ。一度だけ俺を見たまま小さく首を振ると、
「言っとくが、足羽も大澤も江野も、俺ら側だからな」
と、何事もなかったかのように、谷崎たちの会話へと加わっていった。
「あぁ、あいつらそろそろ来るんじゃね? トランプする?」
飯も食い終えたし先にやってるか、と、谷崎がポケットからケースを取り出す。
「六原はトランプで好きなやつある? あればリクエストしなー」
三谷が組んだ腕を机に乗せつつそう訊いてから、
「でも、ダウトは野中の手法が汚いからやめた方がいいかも?」
付け加えて、にっこりと笑った。お前もかよと野中が舌打ちをした。
「じゃあ」
むしろそれで、という六原の答えで、今日の勝負種目は決まった。
後から順に加わってきた面子に六原のリクエストだと告げる度、「マゾかよ」だの「なんで挑んだ」だのと茶化しを含めたブーイングが飛んだが、なんだかんだで久々にやったダウトはとても面白く、結局昼休はその連戦で潰れた。
「はじめは、少しっくらい自信あったわけ?」
午後の授業が始まる直前、ボロ負けし続けた六原を笑う。
いやぁ、とゆっくり首を振った六原は、
「本物とか偽物とか見抜くの、やっぱり苦手だ、俺」
でも次回は打倒野中さん、と、意外にも負けず嫌いな性格を出していた。
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