第7話
***
明良と俺はいつも、先に終礼が終わった方が自分の教室で待ち、後の方が相手を迎えに行く。担任の先生が話をしている途中、明良と同じ一組の生徒が次々と廊下を歩いていくのを見て、今日は俺が行く方だなと思った。
親しいクラスメイトにだけ挨拶をして、リュックをかけて明良の教室に向かう。
明良は自分の席についたまま、他にも居残っていた数人の男子生徒と談笑していた。その面子の中には、谷崎君と野中君も居た。犯人候補として名前の挙がっていた二人だ――喉の奥あたりがきゅうっと締まる。
扉の前に立ち尽くす俺に、明良が気が付いた。
「帰る。お前らも早く部活行けよ」
「はーい。もうちょっとだけサボってからなー」
そんな風なやり取りをしながら、明良は机の横にかけていた鞄を手に取る。俺の横を通り過ぎるように教室を出て、今日は余裕で一番近いやつに乗れそうだな、と言った。
無意識に同意の言葉を返しつつ、俺はその隣に並ぶ。
あのさぁ明良。お前、あの手紙の……あのさぁ、明良。
答えを知りたいような知りたくないような、頭の中でぐるぐる回る質問。それをやっと口に出して言えたのは、学校の校門を抜けてからだった。
「明良、あの手紙書いた人、見つけたの?」
自分でもびっくりした程に、その声は尖っていた。
俺の顔を見る明良も、とても怪訝そうな顔をしている。
「はぁ? 急にどうしたんだよ」
明良の伺うような口ぶりに、さっきみたいな声にならないよう注意しつつ、いや掃除中に聞いたんだけどさ、と俺は飯島とのやり取りを話した。
「さっきも谷崎君と野中君と話してたし、明良は勝手に、一人で犯人探ししちゃってるのかなと思って」
この言い方だと、責めているように聞こえてしまっただろうか。いや、責めたい気持ちもそりゃあ無いでは無いんだ。
だって、……俺にも一言くらいくれても良かったじゃないか。
口を閉じて、俺は明良の答えを待つ。
駅に向かう歩調を緩めることもなく、一度鞄を肩にかけ直し、前を向いたまま明良は答えた。
「犯人は見つかってないし、別に探してもねぇよ」
つーか俺手紙のことなんて忘れてたし、と続ける。
「今日たまたま飯島の字を見る機会があって、そういやそんなこともあったなってようやく思い出した。住所はついでに聞いてみたかっただけで、飯島が犯人候補から外れたのは言ってみりゃただの副産物。さっき谷崎や野中と話してたのも、来月発売のゲーム買うかどうかって話。あんな手紙のことなんて話してねぇって」
「あぁ……そうなんだ」
明良の言葉を聞きながら、俺は自分がほっとしているのに気付いていた。
「嫌がらせっていうのも言い間違いだって撤回したんだけどな。ヒロにまで探り入れるとか、あの詮索好きの世話焼きお節介野郎め」
「心配してくれてるんじゃん、むしろ有り難いと思えよ」
「有り難い……けど、言い訳すんの面倒臭ぇだろ」
そんな風に、煩わしそうな溜息を吐く明良を笑う余裕も出来ている。
だけどその余裕は、
「もういっそのこと、いろんなやつに手紙見せて回るか。学校に犯人が居れば、いつまでもシラ切り通していられなくなんだろ」
見比べれば誰の字かもわかるだろうし、という明良の提案で吹っ飛んだ。
「それは嫌だ」
「なんで。手っ取り早くていいと思うんだけど」
「だってそんなの、面白がって騒がれて、大ごとにされるに決まってるじゃん。俺、あれが他人に知られるのは嫌だ。手紙は絶対に学校持ってこないから」
決意を込めてそう言えば、明良は珍しく呆気にとられたような顔をして俺を見た。
明良の提案内容の拒否は、俺の人見知りをよく知っている明良には充分予想出来そうなものだ。それなのに、なんでこんなに驚いているんだろう。
「……明良?」
不思議に思って名前を呼ぶと、明良はひとつ瞬きをした。俺から視線を少し逸らして、まぁ別に、と言う。
「これからわざわざ犯人探すのも今更だし面倒だし、ヒロが嫌だってんならやらねぇよ」
つーかそこまで興味ねぇもんと笑う明良は、いつもの調子に戻っている。
さっきの明良の反応は何だったのか分からないままだけど、とりあえず学校での一斉調査は免れたらしい。俺は再びほっとした。
駅に着き、年配の駅員に定期券を見せてホームに出る。
特に明良と話すことも無くて、俺は携帯電話をいじる。しばらくそのまま列車を待っていると、俺でも携帯でもなく、まだ列車の見えない線路の先を見つめて明良が訊ねた。
「ヒロ。お前さ、手紙の犯人分かんないままでいいんだな」
突然の、まるで確認のようなその問いかけに、携帯を閉じて俺は答える。
「うん。なんか、いいや」
あぁそ、という明良の返しは、俺の答えなんてどうでもよさそうな響きだった。
だけど、と俺は思う。今更だとか面倒だとか言いながら、本当は明良は、犯人を探し出したかったんじゃないだろうか。
分からなくていいという俺に気を使って、それを止めてくれただけで。
その可能性に気付きながらも、
「でも明良が犯人見つけたいなら俺も協力するよ」
とは、俺は口にはしなかった。
犯人の存在が確定したら、『俺の友達』の設定は揺らぎ、きっと消えてしまう。「やっぱり悪戯だったんじゃん」という自分の声に負けてしまう。それが分かってるから、言えなかった。俺にとって幻の友達は、それぐらいもう、離しがたいものになっている。
犯人分かんないままでいいっていうか、分かんないままの方がいいんだ、俺。
だから、ごめんな、明良。
明良の後頭部に向けて、俺は心の中で呟いた。
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