**2章**

第4話


 **2**


【田中弘人】


 この一週間、無視されたことに焦れったくなった犯人……つまりは手紙の差し出し主から、何か探りを入れられるようなことは無かった。加えて、俺以外に手紙のことを知っている明良が、月曜の帰り以降にそれを話題に出すことも無かった。

 つまりそれは、俺の『浪漫』に横槍を入れるものは何も無かったということで。

 自分の結論に納得してからというものの、何度となく読み返した手紙の文章から、俺はその書き手の性格を予想して、背格好や得意な教科、好きな食べ物まで考えた。

 クラスはもちろん俺と同じ。放課後も一緒に帰りたいから、俺と明良と同じく、部活は無所属の列車通学。俺たちが降りる駅の一つ手前の駅、芳口駅のあたりに家があって、初めて話をしたのは、入学式翌日の朝の通学の時だ。高校から知り合ったやつなのに何故かすごく馬が合って、人見知りの俺でもすぐに仲良くなれた――ということにした。

 ただし、理想ばかりを詰め込んだあまりにも完璧な友達にしてしまうのは、都合の良さに自分自身で白けてしまう。だから、ところどころでわざと俺と合わない意見を持たせたり、自分には興味のないものをそいつの趣味の一つとしたりした。俺と明良だって全然性格が違うんだし、仲の良い相手でもそういうところもあった方が本当っぽい。

 ただ、顔と名前はいつまで経っても決まらなかった。

 いくらか考えてみたものの、こういうのでどうだろうと思い浮かべる、そのどれもに納得がいかないのだ。リアルなものを考えようとすると知り合いや芸能人の顔にイメージが引きずられるし、そうであった本当の顔や名前があるはずなんだと思うと、どうしても簡単には決められない。でもいつかは必ずこれだというものを導き出してみせるんだと、この件に関して、むしろ俺は意気込みを増していた。

 そう、こうなったら開き直ろうと思う。

 こんな風に、手紙を書いた友達を妄想することに、俺は物凄くハマっていた。

 今となってはその『友達』は、日常生活のふとした時、こういう時にあいつだったらこんなことを言うだろうなんてことを考えるのに、充分なほど創り込まれていた。

 いや、考えるというよりむしろ、一人の人間の台詞として自然と聞こえてくるくらいのリアリティを持って、そいつは俺の中に存在していた。こう言うだろうという予測の内容が、普段の俺自身なら思いつかないような言葉ですらあることも多々あったのだ。

 まるで、消えてしまった誰かの断片が、俺の中で発言しているみたいに。

 ――みんなはこいつのことを全部綺麗に忘れてしまったけど、実は俺だけ、ちょっと覚えてたんだったりして。それで、俺がずっとこいつのことを諦めずに考え続けたから、こいつは俺の中でだけ、復活することが出来たんだ。

 多分、他人に話せばバカバカしいと笑われる考えだろう。それは自分でもよく分かっている。

 だけど、そう考える楽しさはどうにも止められなくて、思うほどに創り込まれていくそいつのリアルさがどうにも嬉しくて、

(俺にとってのこいつは、それほど大事な友達だったんだ)

 そんな気持ちになりきれば、そいつへの思い入れはぐんと強くなった。

 そいつの存在が、俺に良い変化を与えた点もある。

 俺は自他共に認める人見知りで、大勢での人付き合いが苦手だ。規模の小さかった小中学校から高校に変わって、その意識は更に強まった。

 かといって、誰かからの誘いを拒絶する程ではない。むしろ完全に孤立しているように周りから見られるのも怖かったから、俺はいつも微妙な位置を維持することに努めていた。隠れ蓑のようにどこか集まりの中に入っては、適当な相槌を打って、その場から弾き出されないように常に周りを窺っていた。今まではそうだった。

 妄想の類が大概そうであるように、そいつの像は、一人で居る時の方が結びやすい。というか、俺の場合は一人で居る時にしか想像が出来なかった。

 その代わり、一人の時の俺がそいつを意識した途端に、そいつは何か喋りだす。心の中だけでそいつに言葉を返すと、そいつが笑ってまた喋る。その姿さえ見えてきそうなほどリアルな想像が楽しくて、俺は気付けば一人でいるのも苦では無くなっていた。

 おかげでこれまで無理して大勢と一緒にいた場面なんかでも、折を見て一言告げ、そっと抜けられるようになった。弁当を喰った後、いつもはそのまま集団での雑談に混じっていた昼休憩にも、最近では裏庭のベンチに座ってのんびりしていることが多い。

 今までにやってこなかったそれは、頭の中の話し相手が居れば、実際は一人での行動だとしても、虚しさなんてこれっぽっちも感じることは無かった。

 人付き合いの中で周りの顔色を見て言葉や態度を選んでいた今までより、自分自身の意思で行動出来るようになったみたいで、嬉しいし、楽しい。自分が楽なように過ごしていられるだけあって、今の方が時間を有効に使えているようにも感じていた。

 誰にも教えない、明良にさえ分からない、俺だけの楽しみ。

 ――俺だけの友達。

 傍からすれば、俺がやってるのはさみしいことなんだろうけどな。

 呟くようにそう思えば、


 あいつ急にどうしたんだって思われてるかもね、


 と、そいつに脳内で付け加えられた。


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