ミスリルラッシュ

カワシマ・カズヒロ

第1話


これは世界に未踏破のダンジョンが幾つも残っていた荒々しい時代の物語だ。

その頃の「巨像の館」と言えば西部でもそれなりに名の知れたダンジョンだった。

かなり危険だったが実入りも良かった。

だから「巨像の館」周辺は大勢の命知らずで昼夜を問わず賑わっていた。




ある日、クライドという流れの冒険者が「巨像の館」の近くにある酒場の1つ「金色の枝亭」にやって来た。

クライドは中々にイカした男だったが残念な事に童貞だった。

だから「金色の枝亭」を仕事場にしていたスカーレットという半エルフのお嬢さんに一目ぼれしてしまった。

この手の商売女に本気で熱を上げる男が出て来ると大抵良くない事が起きる。

そして実際に起きた。




「おう兄ちゃん、人の女に手を出すとは良い度胸だな」


クライドはスカーレットを贔屓にしていたハイエナのクロックという悪党に喧嘩を吹っ掛けられた。


「巨像の館」から帰って来た冒険者から上前をはねて回っていたからそう呼ばれていた。


だがそんな事は知った事じゃないとばかりにクライドは言い返した。


「彼女は別に誰の物でも無いだろう」

「気持ちは嬉しいけど、あの人は私の大切なお客なの。だから彼に謝ってあげて。そして2度とこの店に近寄らない事をおすすめするわ」


スカーレットはクライドに忠告してやった。

だがクライドは言う事を聞かなかった。


「もしまとまった金があったらこの商売をやめる気はあるかい?」とスカーレットに聞いた。


スカーレットは遠慮がちに「ええ。そうね。考えるかも」


「よし。ならそれだけの金を稼いで来るとしよう」


そう言ってクライドは「巨像の館」に向かって行った。







クライドはモスというヒゲがまばらなドワーフと組んでいた。

モスのヒゲがまばらなのは、実験に使っていた火がヒゲに引火したからだそうだ。

実を言うとモスは東部で学者をしていたが色々あって西部に逃げてきた学者だった。

クライドは彼の噂を聞いて「巨像の館」で一山当てられそうだと考えたのだった。

クライドはモスが怪我をしないようにあれこれ世話を焼きながら凄まじいペースで「巨像の館」の奥を探検して行った。


「巨像の館」には人間の大人が子供に見える様な生きた巨大な像が何十体、いや何百体といた。


クライドは1度に何体もの巨像と出会わないように工夫し、1体ずつ仕留めて行った。

クライドと同じ事を考えた冒険者は大勢いたが、巨大な像がどういう仕組みで動くのか知っていた者は今まで誰もいなかったので成功したのはクライドが初めてだった。


そしてクライドの成功はモスの力によるところが大きかった。


「よく巨像の動きが分かるな」


クライドは倒れて動かなくなった巨像からミスリルを剥ぎ取りながら言った。


「このダンジョンを守ってる巨像なんかは構造が単純だからな。もう今までに教えた動きだけで全部あしらえると思うぜ」


モスはクライドの剥ぎ取ったミスリルを背中に背負った荷物袋にせっせと詰め込む。

クライドはかなり腕の立つ男だったが流石に大量にミスリルを抱えた状態では動きが鈍る。

そしてモスは大荷物で移動するのには慣れていたが戦いはからっきしだった。

だからそういう役割分担が成立した。


「酒場のボンクラ共の1年分くらいは稼いだと思うんだがどう思う?」

「俺と酒場の姉ちゃんはしばらく遊んでくらせるな。あんたの取り分は、もう一頑張りしなきゃまだビール1杯分ってところだな」モスはヒゲをひっぱりながら愉快そうに言った。

「そうか。じゃああともう一頑張りするか」


クライドは少し休憩した後、自分の取り分を確保するために巨像狩りを再開した。


2時間程粘った後、流石にクタクタになったクライドは宿に帰ってすぐに寝た。


換金は夜の間にモスが行った。







そして翌日、クライドとモスは肩をそびやかして「黄金の枝亭」へと向かった。

店は早速大盛況だった、スカーレットもばっちりいた。


スカーレットの表情には憂いの色があった。

「黄金の枝亭」にその時居合わせた客によればそれはまたそれでそそるものがあったと言う。


それはともかく、クライドは一点の曇りも無い笑顔で彼女に声を掛けた。


「約束通りまとまった金を持って来た」


そう言って札束が幾つか入った袋を渡すクライド。


「あんたは本当にバカよ! さっさとそのお金を持って出て行って!」


だがスカーレットはクライドに対して怒った。

そして袋をクライドに強引に突き返した。

クライドは受け取らなかった。

受け取る気配が全く無いのでスカーレットはモスに金をパスした。


「クライドが忠告を無視して戻って来るんじゃないかって心配してたように見えたんだがな。女ってのは本当に分からん」


そうこうしている内にハイエナのクロックが店にやって来た。


「おやおや、まさか本当にやってのけるとは驚いたな」


クロックはモスにパスされた袋から札束を取り出して中身をあらためた。

モスはすぐにクロックから札束を取り返した。


クロックはそれに抵抗しなかった。

どうせ後で幾らでも取り返せると踏んでいたからだ。


「さて、お前達は俺がなんでハイエナのクロックって呼ばれてるか分かるか?」

「他人の得物を掠め取るからだろうな」モスが言う。

「解説ありがとう。だが由来はもう1つある。ハイエナってのは大勢で狩りをするもんだ。勉強になったか?」


クライドとモスを中心に不穏な空気が醸成される。




スカーレットはクロックに縋り付きクライドのために命乞いをした。


「ダメ。それだけはやめてあげて」

「ああ? あの若造に惚れたか? いや、金か。まぁどっちでも良い。あの若造とヒゲ無しドワーフは見せしめに死んで貰う」


クライドはクロックの手下の外見を急いで観察した。

粗野で飢えた獣の様な目付きをしていた。




クライドはピンチに陥った時の秘策を実行した。


クライドは札を空中にばら撒いた。


クロックの手下は一斉に札に群がった。


「何時でも言う事を聞かせられるように手下を飢えたままにしておいたのは間違いだったな」


クライドは剣を抜き放ちクロックに斬り掛かる。


クロックは慌てて応戦するが、奇襲を受けて防戦一方だ。




クロックは不利な状況を引っ繰り返すために手荒な手段に出る。


投げナイフを壁に投擲し、注意を引いた。


手下達の手が止まる。

クロックはすかさず大声で命じる。


「バカ共が、さっさと剣を抜け!」


だがその直後、モスがそれに負けない大声で言った。


「ハイエナ野郎を助けるより儲け話を聞いてけよ。簡単に巨像をのせるようになる方法だ。ハイエナにつくより儲かるぜ」


また手下の動きが止まる。


「バカか! そんな物、クソガキを殺したあとじっくり聞けば良いんだよ!」


ようやく手下の数人が剣を抜くが、その時にはもう勝敗は決していた。


ハイエナは喉元に剣の切っ先が突きつけられ、剣を地面に捨てた。


「失せろ。2度と面を見せるなよ」クライドは冷たく言い放った。







それからしばらくしてクライドとモス、それにスカーレットは町から姿を消した。

3人がその後どうなったか詳しく知っている人間はいない。

「巨像の館」の方はどうなったかと言うと、モスのやり方が広まってミスリルラッシュが起きた。


「巨像の館」周辺はそのおかげでかなり潤った。


だけどみんなやり過ぎた。


あっと言う間に巨像はいなくなり、ミスリルは少しも取れなくなった。

周辺が急速に寂れて行ったのは言うまでもない。


今「巨像の館」を訪れても見るべきものは何も無い。


昔、クライドという男が「巨像の館」にやって来て、普通の男には出来ない事を2つもやってのけたという話が残っているだけだ。

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