成し遂げるには棄てなければならぬ Ⅴ

「ジャック様。お食事です」

 その日から僕の生活は一変した。服も召使いの物ではなくなった。今着ているジャケットはあの女の人に会う前、仕立ててもらったものだ。

 金の刺繍が入ったこのジャケットは自分の背丈にピッタリ作られたオーダーメイド。貴族御用達の高級店で作られた一等品だ。

 作ってもらった日は嬉し過ぎて跳ね回ったが、まさかこれを毎日着るようになるとは思いもよらなかった。

 御主人には『お前がパーティに付き添う時、着てくれ』と言われていた。それはいわゆるでまかせだと気づいたのは、悲しいかな、今だった。

「慣れない……」

「そうですね。坊っちゃん、せめてこう呼びましょうか」

 僕の気難しい顔を優しく咎める侍女。

「笑顔ですよ、坊っちゃん」

 侍女の励ましに僕は不器用ながらに笑って見せた。

「そういえば、おじょ……さまは?」

 食事の後、僕は侍女に聞いた。侍女は少し首を傾げたが、すぐにあぁ、と思い出したように言った。

「お嬢様でしたら、ジャック様と入れ替わりにあの方の元に預けられました。ですから、リアヴァレトですね」

 しばらく考え込んで思いついた。

 あの方……、というのがあの女の人のことなのだろう。入れ替わりに、というのがそのことなのだ、と説明づけている。だが、何故入れ替わりになのか。

 そして何故、あの女の人の元に預けられているのか。

「あの。聞いてもいいのか分からないのですが……」

 侍女はなぁに? と僕の方に耳を傾けた。

「あの人は何者ですか。何故、一庶民の田舎……、者がこのフェレッティ家と関わりを?」

 僕は少し怯えながら聞いたのだが、そんな僕に侍女はニヤリと不敵な笑みをこぼした。そんな気がした。

「あの人は秘密主義ですからねぇ……元々うちのお得意様の家系ですよ。いわゆるフェレッティ家の分家、といったところです。前にも説明したとおり、フェレッティ家は三大公爵家の中で『魔法陣』を扱う一族です。それは代々守り継がれる技術と魔族の血が混ざる一族だからです。本家である、フェレッティ家には魔族の血と言うのはあまり混ざってはいませんが、たまに先祖返りと言いましょうか。人間ですが魔族の血が色濃くでる者が生まれます。それがリアヴァレトに住む、フェレッティ家の分家です」

 この説明は以前聞いたことがある。

 僕が正式な貴族として認められた日の翌日、御主人……いやお父様に話があると言われた時に。

 ――悪魔がこの土地を襲った大昔。

 人間は悪魔に打ち勝とうと様々な戦い方で対抗したが勝てず、人間は窮地に追いやられていた。

 だが、ある日。一人の優しい青年が怪我をして動けなくなった悪魔を助け、のち恋に落ちてしまった。

 その青年はのちその悪魔と結婚し、子どもを授かった。その赤ん坊は人間だったが、満月の夜に真っ赤に輝く髪と瞳を持っていた。そして、悪魔は青年を他の悪魔から守るために対抗する力を預けた。

 それが『魔法陣』。

 青年はそれを大切に守り、生涯、彼女を愛し続けた。

 その後、青年は彼女よりも先に死に、彼女と子どもが残った。

 彼女は深く悲しみ、夫を大きな大樹の下に埋め墓を立てた。そして毎日彼女は涙を流し、彼を悼んだ。その涙はその大樹を癒し、その大樹に不思議な力を与えたという……。

 ――そんな話だった。

「あの方は貴方達のお母様のお姉さんなのですよ。フェレッティ家の分家と言っても遠い遠い親戚で、我が当主、ジェイムズ様は研究のためと度々リアヴァレトに訪れておりました。それは魔法陣のことと、この家の言い伝えを調べるためにと聞かされております。そんな中、二人は出会いました」

 侍女はそこで話をやめた。いや、話さなくなったと言った方がいい。これ以上は子どもが聞く事ではありません、とそう目が訴えていた。

 あっ、と口を開こうとした時。

「それと、この話は誰にも話さないこと。いいですね?」

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