失った後に

「アルバートお帰り〜! お疲れ様、なんか大変なお仕事だったんだって?」

 その次の日、僕の元にアルバートが帰ってきたという。アルバートの元に駆け寄ると、アルバートは泣き始めた。

「……ジャック、俺は、なんか大切なものを失くして、俺は、もう、」

「どうしたの!?」

「お前みたいな綺麗なやつの隣にいれない……」

「あっあっ、アルバート! どうしたんだ!? えっ! 大丈夫か!?」

「慰めて……俺、もう、死にたい」

「ひぇ!? ちょっと、アルバート! 生きて、僕は君がいなくなったら悲しいよ!? 生きてよ、アルバート! ねぇったら!」

「お前ってほんと、俺の天使……」

「気持ち悪い! なにがあったんだ!? アルバート! ねぇ! 話して!?」

「……絶対話さない! 死んでも話さない!」

「えっ、なんで!? 僕は意味が分からないよ!?」

「……天使……俺にはお前が天使に見えるよ……、羽根が生えててふわふわ……」

「ねぇ! それ僕の髪の毛!」

「俺もうお前から離れないぞ!」

 アルバートはぎゅっと僕に抱きついて、泣き続ける。おろおろし続ける僕に、なんの抵抗もしないのをいいことに。

「なんなの!? 本当に! ……いい加減に離れて!?」

「ジャックぅー、俺ほんとよかったぁ、よがっだぁ」

 僕はそんなアルバートを抱きかかえながら、考えていた。そういえば、アルバートは三日の外交に行ったんだよな。

 なのに、僕はなぜ、あの女の人の元に数日いたのだろう?

 ――時間が狂っているのではないか?

「ジャッァックゥ」

 まぁ、そんなこと、この親友の顔を見たらどうでもいいだろう。よしよしと子供をあやすみたいに撫でながら慰める。

 ――あぁ、こんな日常が続けばいいのに。

 昨日の事が嘘ならばいいのに。この親友ともう二度と同じ位置に立てないなんて。親友と自分が、身分差という高い壁に阻まれてもう二度と、隣に立てないなんて。

 僕は、アルバートと主従の関係にはなりたくなかった。

 アルバートとは、隣で無邪気に笑い合える友達のままいたかったんだ。あいつは、僕の騎士になろうとしてくれるし、あいつもそれを望んでいるし、目標にしているけど、僕は――。

 僕は、あいつに『坊ちゃん』だなんて呼ばれたくなかった。

 僕は、あいつの主人にだなんてなりたくはない。

 あいつの友達のままいさせて欲しかった。

 ふざけた話で笑い合ってさ、一生できると思ってたんだ。

 もう望めない。

 だからいっそ、僕は君の前からいなくならないよ。愚かな僕はそれが簡単にできると思っていたんだ。

 君を従者にした僕の罰。

「アルバート、ごめんね」

 僕はこれが友達としての最後の抱擁だと思って、きつくきつく親友の体を抱きしめた。

「僕は一生、君の前からいなくならないから」

 不完全な人間にとって、完璧な人間は疎ましく見えるらしい。

 そんなこと知らんがなと思いながらも、自分が知らない間になにか不手際があるのならば申し訳なく思ったりもする。

 けれど、限界はある。

 自分は、みんなが思うほど完璧じゃない。

 そう見せているだけだ。

 完璧な人間なんて、この世には、一人だっていないと思う。

 誰にだって、何かおかしいところがある。確かに見抜いてしまう勘の良さはあるのかもしれないけれど、それはこれあれはこれ。

 きっとそれは、僕も同じ。

 自分に足りないものを誰かに追い求めているだけ。それがないからって裏切られたと咎めるのはお門違いじゃないだろうか?

 誰しも勝手に人の事情を推察して面白おかしく騒ぎ立てるものだ。ならば僕は、あくまで中立として、相手の背景を推察して黙り通す。

 頭の良さというものは実際、外に出さない方が余計なことに巻き込まれずに済むものだ。

 それが賢い。

 それが正しい。

 それが堅実な答え。

 たとえそれが叶わなくとも、むやみやたらに動くよりは、それが正しいのではないだろうか。いいや、僕にはまだその答えしか出せなかった、だから僕はあの時の最大の答えとしてその答えを導き出しただろう。

 この世界の混沌が、僕によって調和されるのであれば。

「――約束さ」

 守れない約束を軽々しくするななんて、君は恨んだろう。僕は、愚かだったよ。

 僕を踏台にしておくれ。

 僕は、それほど君を失くしたくなかったんだ。

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