何かを成し遂げるには、何かを捨てなければならぬ Ⅳ
「アルちゃん? ……こんばんわ」
彼女は毎晩俺の部屋に来る。俺を押し倒し襲うために。赤い月は今宵も輝く。
「……アンジュ」
「あら、やっとその名前で呼んでくれたの? 嬉しい。ほら、今日も……」
あぁ、最悪だ。大っ嫌いな母親の真似事を、ここで外交のためにするなんて。
俺が一番嫌いな名前で呼ぶ女のために、俺が
最悪だ。
「始めましょうか」
でも、この女の傀儡にされて、永遠に絞り出されるなんてごめんだ。意識がないまま永遠にそれのための操り人形になるなんて。
それだけは嫌だ。
「うん、あら上手ねぇ。私が仕込んだこと、練習したの? 上手くなっちゃって……」
もうこんな夜なんて開けてしまえ、俺が自由になるために、これは仕方ないことなのだ。仕方ないことだ。仕方ないことなのだ。
「あっ、うん……ちょっと本当にお上手かもぉ、うん。うんっ……」
散々仕込まれた二晩、俺だって嫌々受けていたわけじゃない。大丈夫だ、覚えている。
「ちょっとっ……」
俺、馬鹿じゃないし。
欲望のままにこれをするんじゃないし、俺は俺のためにこれをする。俺は単細胞のあいつらとは違う、一瞬の快楽のために堕ちてやるなんて俺はしない。
「……ぁっ」
そんなヘマなんてしてやるものか。
「……ふぅ」
息が少し乱れている。くったりとした彼女を見下ろして、眺める。俺は、こんなところで終わるわけにはいかない。
「アンジュ、今日でおしまいね。俺、二度と、こんなことしないよ。お前と交わるのなんて、そんな悪夢、」
「二度とごめんだから」
◆◇◆◇◆◇
「アルバートお帰り〜! お疲れ様、なんか大変なお仕事だったんだって?」
駆け寄られた声にホッとしつつ、俺は泣いた。
――……泣いた。
「……ジャック、俺は、なんか大切なものを失くして、俺は、もう、」
「どうしたの!?」
「お前みたいな綺麗なやつの隣にいれない……」
「あっあっ、アルバート! どうしたんだ!? えっ! 大丈夫か!?」
「慰めて……俺、もう、死にたい」
「ひぇ!? ちょっと、アルバート! 生きて、僕は君がいなくなったら悲しいよ!? 生きてよ、アルバート! ねぇったら!」
「お前ってほんと、俺の天使……」
「気持ち悪い! なにがあったんだ!? アルバート! ねぇ! 話して!?」
「……絶対話さない! 死んでも話さない!」
「えっ、なんで!? 僕は意味が分からないよ!?」
「……天使……俺にはお前が天使に見えるよ……、羽根が生えててふわふわ……」
「ねぇ! それ僕の髪の毛!」
「俺もうお前から離れないぞ!」
ぎゅっとジャックに抱きついて、俺は泣き続ける。おろおろし続けるジャックが、なんの抵抗もしないのをいいことに。
「なんなの!? 本当に!」
おろおろしつつも、ハグを返してくれたり、無理に引き剥がそうとしないからいい奴なんだよなこいつは。良い子なんだよなぁ。
天使とは、こういう奴のことをいうんだ。
「……いい加減に離れて!?」
「ジャックぅー、俺ほんとよかったぁ、よがっだぁ」
あー、よかった。本当によかった。
それを噛み締めながら、俺は屋敷の部屋に入った。久しぶりの自分の部屋。襲われない安心した部屋で今日は眠る。
「自分の部屋ー!」
嬉しい。これほど嬉しいことはない。
「……寝れるー!!」
「じゃあ今晩も寝る?」
「寝よー!」
そこでぴったりと俺は動きを止めた。何か聞こえた。いるはずがない。ここはカポデリスだ。しかもフェレッティ家の屋敷。
「アルちゃんが嫌ならぁ、アルバちゃんっでいいかしら? あの、可愛い女の子みたいな坊やが貴方につけたあだ名ならいいでしょ? アルバちゃん、もー、可愛い」
「…………なんで!?」
振り返るといたのはあの魔女だった。
「私ね、アルバちゃん気に入っちゃった。可愛いし、かっこいいし、あの夜は最高だったわぁ! 押し倒してる時の雌の顔も良いけど、雄もいいのねぇ、最高。だからぁ、カポデリスにね、私のお店を作ったの。私、吸血鬼になる前は街では魔女って呼ばれてたけど立派に人間やってたのよ? その経験を生かして、私があの人と出会ったお店をまた作って紅茶と薬を売ることにしたのー! でねでね、そうしたらアルバちゃんに毎日会えるしぃ、フェレッティ家を太客にすれば毎日この屋敷にこれるじゃない! 最高! アルバちゃんのためならなんでもするわ! でね、こうして会えたんだからぁ」
あぁ、俺は、とんでもない奴に目をつけられた。昔からそうなのだ、変な奴に好かれてしまう。
彼女はもうすでに俺の上にいる。
「ね? 二度となんて、寂しいこと言わないで、いつでも慰めてあげるから」
あぁ、最悪だ。
「ねぇ?」
俺の悪夢はまだ開けない。
「誰にも言わない秘密。誰かに言ったら、その子にマーキングしちゃうわよ?だからね、ずっと永遠に秘密。私と貴方の関係は、」
「誰にも言えない秘密ね」
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