何かを成し遂げるには、何かを捨てなければならぬ Ⅲ
「……終わった」
「お疲れさまぁ、いい子いい子。よく出来ましたねー」
「……うん」
窓の外を見ると月が上がっていた。その月は赤い。真っ赤に燃えるような綺麗な月。
「………………………っ!」
「アルちゃん。今夜もお楽しみしましょ?」
振り返るとそこにいたのは昨日の魔女、アンジェリカだった。
「鍵!?」
「この部屋の鍵は私たちが作ってるのよ? 合鍵くらいあるわ。アルちゃん、またまたよろしくねぇ?」
「……おい! 俺の苦労は!」
なんだったんだ、本当に!
「気づいてないかもだけど……アルちゃん、後ろね、頸のところを見てごらんなさい?」
「うなじ?」
「……そこに赤いマークがあるでしょう?」
鏡を通すと確かにある。魔法陣のような変な丸い徴。ぼんやり光っている。
「私のマーキング。アルちゃんはもう既に私のもの、どこに行っても居場所が分かるし、……私の命令には逆らえない」
「えっ」
「跪きなさい? お願いしなさい?」
気づくと膝をついていた。
「今日もお願いしますってね」
「……お願いします……?」
「もっと、」
「お願いします!」
なんだここれ、なんでいうことを聞かないんだ。違う、俺はこんなことがしたいんじゃ……。違う、違う、違う!
「アルちゃん、ごめんねぇ。洗脳、しちゃってごめんねぇ? でも、可愛くって素直だからいけないのよ? 大丈夫よ、血を吸ったら終わりにするから。だから美味しい血を今日も吸わせてちょうだいな」
ただ俺は術に惑わされているだけ、逆らえないだけ、俺はこんなことを教え込まれるためにここに来たんじゃない。
「あらっ、昨日より上手くなったわね。そうそう、こうやるのよ? お上手お上手。……目を開けて? 睫毛も長くて可愛いけどぉ。お目々が見たいわぁ。綺麗な琥珀色のお目目。もう慣れたでしょ? うん、いいわ。でも、まだ固いわねぇ。お姉さんが優しく教えてあげるから、ほら身を委ねて?」
この女には逆らえない。
「……っぁ」
絶対に逆らえる気がしない。
「……アルバート」
「はい」
「アンジェリカにはきつく言っておくが、マーキングはなかなか取れないぞ。お前が死ぬかお前が勝つかの二択しか、マーキングは外せない……」
「勝つ?」
「……お前にはまだ早い」
ぴしゃりとそう言われ、俺は少し考えた。なんか昔聞いた気がする。生まれた家で、そんな話を……、しかし今の自分には到底出来ない。第一、連続で負けている。
無理だろう。
「……俺、どうしよう。こんなはずでは」
アンジェリカのマーキングで、もしこの城から生きて出られたとしても俺がこの城から出ることができない。だって、マーキングが外されなければ、俺自身が彼女を求めてしまうから。逃げられないのだ。
「……俺もう、奴隷コース……」
アンジェリカと会った時点で、俺はもう彼女の奴隷にされたのだ。
部屋を去り際に溜息を吐きながらゼウスはこう言った。
「……お前がこの城から出られなくなったら、お前の意識は刈り取って傀儡にしてやる。大丈夫だ、苦しまぬようにやってやる。アンジェリカのことは諦めろ。お前の要求は飲んでやる。無事、お前の主人の屋敷に招待客として行ってやる。お前のことは話してやるし、大事に預かってやる。逃げられないが、苦しむことはない。安心しろ」
「…………それが一番嫌なんですって」
「魔物になるのがか?」
「アンジェリカ様の奴隷になるのがですよ!」
「……諦めろ」
「嫌です! 嫌! いやぁ! やだ! やだ! そんなことになるなら死んでやるぅ!」
「……ここは魔王城だぞ、ここで死んだものは魂だけの傀儡になるが」
「ゼウス様が預かってください! アンジェリカ様だけは嫌だぁ、絶対に嫌だぁ、やだ!」
「……でもなぁ、今のお前はアンジェリカの奴隷も同然なんだぞ。俺よりもあいつの方に引き寄せられかねない。お前の意思が消えた後ではどうしようも出来ない」
「だからってあんまりだぁ!」
頭をかきながら、魔王は困惑する。
「俺も人間のまま返したかったが、お前はもうすでに人間でないからなぁ」
「……血を吸われたからですか」
「それもあるが、お前は元々契約者だろう。悪魔が一人、しかも厄介なやつだ。俺も敵わないような厄介なやつ」
「ええ」
「ジェイムズはそれを込みにお前を仕向けたのだろうな。アンジェリカはその血に誘われたんだろう。俺でさえも理性で抑えなければならないからな、その血は確かに吸血鬼の好物なのだ」
「……」
「だがしかし、それとはまた別だな。お前をどうやってマーキングから外すか……淫魔のマーキングは自分の物にして餌にするためのもの。本当の傀儡は血を一滴残さず吸い取り殺すこと。あいつは吸血鬼になりたてだから、コントロールが出来なかったんだろう」
魔王の言葉を聞く限りでは、アンジェリカのあれは魔王の指示ではない。独断なのだろう。
「……お前、貧血気味か? 血は足りてるか?」
「ひぇ?足りてると思いますが」
「少しつづしか我々は飲めない。理性があるからな、傀儡にしたら血は無くなる、それを分かっていれば自ずと少しづつ飲むのだ。……お前ができるとは思っていないが……これしか手はない」
そうして教えてくれた策は、
「お前がアンジェリカを堕とせ」
とんでもない手だった。
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