何かを成し遂げるには、何かを捨てなければならぬ Ⅱ
「アルバート様、こちらのお部屋です」
「……ひろい」
負ければ魔物にされて奴隷としてこき使われる、勝たなければ生きて帰れない。
そんな賭けに乗る人間はいない。
まずはどんな手で信じてもらえるか……。
書き物机には紙とペンが置いてあり、ベットはふかふか、窓の外は真っ暗。
――赤い月が登っている。
「……綺麗だなぁ」
奴隷になったらいつも見る風景になるのだろうか。いやでも、殺された後の傀儡なのだから、意識なんてないのか。意識もないまま働かされ続けるということが、嫌かと聞かれれば嫌なのだが……。
ベッドに腰をかけた時、コンコンとノックの音がした。鍵はかけていなかった。だから、そのまま外の人物はドアを開けた。
「……鍵、かけなきゃダメよぉ?」
「えっ、えっと、誰でしたっけ……」
そこにいたのは肩まで真っ黒い髪が長い、女の人だった。
「あら! 紹介したのにぃ? ゼウスったら、私の説明雑にやり過ぎよねぇ? もうっ、嫉妬ばかりするくせに、最愛の妻をおざなりにするなんてぇ」
ゼウスというのは、この城の魔王のことである。
その妻ということは……。
「アンジェリカ、さん?」
「あらやだ、アンジュ、って呼んで? アンジュ、ジュッって口をすぼめてね? その顔ってすごく可愛いんだからぁ」
彼女は俺が座っているベッドに駆け寄り、そして隣に座った。隣に座ったと思いきや、足を俺の足に絡め、動かないように固定される。そのまま、俺の膝の上に足を乗せて座る。
「えっ」
「アンジュって、こう」
目線の先には彼女の豊満な二つの丘。
「ねっ?」
むにっと頬を指で摘まれる。
「……ッ!」
気付いた時には頭が後ろに行かないように押さえられていた。優しく唇を撫でされ、そして彼女の唇と合わせられる。抵抗しようにも動けない。舌を撫でられ、歯茎を撫でられ、なんの抵抗もできないまま――。
なんだこれ、なんなんだこれは。
「……ハァッ、ハァッ」
乱れる、息が、
「ふふっ、可愛い。ちょっと抵抗しても良かったんじゃない? 気持ち良かった? ふふっ、可愛い。目がとろんとしちゃってる、良い子ねぇ。そんな素直で良い子にはご褒美をあげる。ちょっとだけね、ゆっくり横になってね、大丈夫、怖くないから、ねぇ?」
身体が熱くて、どうしようもなくて、力が抜けたこの身体が自分のものでないようで……。彼女がつぶやく独り言に声も出せず、頷くばかり。
抵抗するにも体に力が入らない。
そっと頭をベッドに置かれ、熱くて脱ぎたかったシャツに彼女が触れる。シュルシュルとシャツを止めている紐が解けていく。
はらっとネクタイが床に落ちる。それを目で追って、また顔を動かないように固定される。目の前にはいつ脱いだのか、大きな二つの丘が目の前にあった。
興奮よりもギョッと驚きの方が勝る。
「そういえば15歳って言ってたっけ。初めてだった? ……そう。私が貴方の始めて、奪っちゃった。ふふっ、忘れられない夜にしましょ? 絶対忘れない、忘れられない、頭に刻み込んであげる。何度も悪夢を見るくらいに」
彼女の体が重くて、肌を重ねる熱が艶かしくて……、動かない、動けない。彼女の細い指が頬を撫でて口を塞ぐ。首を舌でなぞられる。チクリと細いものが突き立てられる。針が刺さっていくみたいな微かな痛み。
「……っ」
声が、出ない。
「私が貴方を愛の傀儡にしてあげる。大丈夫よ、私と貴方の約束、誰にも話さないから」
「ねぇ?」
「……」
シャツのボタンをきっちり締めると苦しいんだなと初めて知った。どうすれば良いんだろう。首に残る跡を隠すには――。
「アルちゃん……ちょっとおいで?」
「嫌だ」
「もう! もう何もしないわよー!?」
「じゃあ、服を着てくれ、本当にもうダメ、無理、身体がもたない、やめて、」
「あらぁ、体力なんてぇ、君の方があるじゃない? 吸血されて意識あるなんてなかなかよぉ?」
フワァとあくびをする彼女が、のそのそと着替えている。魔法なのか出したその服に。
「……これはアルちゃんへのプレゼントぉー、この外交期間はこれを必ず着てねぇ? 身体の露出がほとんどなくて、きっちりした服だから安心してねぇ」
出された服は首に布を巻いたり、袖の先まで布があったり……確かに露出は少ない。
「あのさ、もしかして、俺、三晩必ず襲われる前提……」
と、言いかけた時には彼女はもういなかった。信用を得るための外交、確かにそれは策ではあると思うけど、それは俺には利がないのでは? 俺が体を差し出す理由ってなんだ。
「俺、娼家生まれだけどそこまで仕込まれてないのに……?」
嫌な予感がする、いや本当に奴隷に堕ちた方が良さそうじゃない……? 頑張らなきゃダメなの? そこまでする? ――頭によぎった四文字を打ち消す。
「生きて出られるかな……」
不安になってきた。
助かったのはアンジェント(クソストーカー悪魔)がそばにいなかったことだ。あいつに知られてたら永遠にからかわれそうだ。それがないだけマシ。
あいつは俺が呼ばないとこないから、今も側にはいないのだろう。
――いないんだよな?
「鍵、かけておこうな……俺」
変な淫魔が入ってくるかもしれないから……、邪念が頭に張り付いて取れないから……。
「あーもう! 仕事! 仕事!」
もしかして、俺はもうすでにアンジェリカの傀儡に成り果てているのではないか? この痕が、何よりの証拠なのではないか? もう逆らえなくなってるんじゃないか?
弄ばれた心は、もう奴隷も同然である。
「……っ」
俺はあいつだけの従者なのに。
「ゼウス様!」
書き物をしていると彼は言っていた。スケジュールは貰ってある。仕事をしなければ。俺が魔物に堕とされたならば、おそらく危惧されるのはこの魔王のおもちゃにされることではない。
あの女の、おもちゃになるということだ。
「ゼウス様、手伝いをしますから、俺に仕事をください! お願いします! なんでもやりますから!」
ただ今は、あの昨日の夜のことを忘れたい。
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