何かを成し遂げるには、何かを捨てなければならぬ Ⅰ

 あの呼び出しから数日後。俺はまた、ご主人に呼ばれ膝をついていた。

「……これがお前に頼みたいことだ」

「まぁ、……御意?」

「向こうには話はつけてある。お前に取り憑いてるソレも……相談して来い。ソレはお前の生気を吸い取りかねない」

「ん……そうか、分かった」

「ではよろしく、アルバート。終わったら迎えに来よう、それまで、」

 青い炎が地面から上がる。事前に説明は受けていた。それは、地面に描かれた文字と図形の羅列。それが一つづつ反応をすることによって一つの魔法となる。それに飲み込まれるように、段々と空間が歪んでいく。

「さらばだ」

 タン、と足元には石畳の感触。

 さっきまで自分が膝をついていたのは、室内だったというのに。

「……すげぇ」

 嘘みたいだ。

「リアヴァレト魔王国、魔王城……」

 見上げると空にはドラゴン、怪しげな屋台には気味の悪い目玉。何を焼いているんだろうか、わからない代物。

 幼い時にジャックと遊んだ、お祭りのような雰囲気だった。懐かしい。ふと、フェレッティ家に来てからはお祭りに行っていないことを思い出した。

 いつもお祭りに行くとジャックは「酔っ払いから金を貪れる」と言って、賭場を開いて集まった大人から勝ち星を挙げていた。ほくほくと嬉しそうな顔を見るのは、俺も嬉しくてお祭りが近づいてくるとウキウキ浮き足立ったものだった。

 浮かれる気持ちを抑えて俺は、主に注意されたことを呟いた。

「……フードは深く被ること、人間だとバレたら一巻の終わり……」

 フードを深くかぶって顔を出さないようにする。ここで、自分は異端で、いてはいけない人物。そのことは肝に命じている。

「早く魔王城に向かおう」

 そそくさと用事を済ましたい。




 外交という席に参加するのは初めてだ。なぜ俺が外交の場に行かせられたのも分からぬままなのだ。

「……アルバート、といったな?」

「はい。ジェイムズ・フェレッティの従者、アルバートと申します。本日はご招待してくださり、誠にありがとうございます」

「下の名前はないのだな」

「えっ、あぁ、そうですね……私の両親は貧しい生まれで、私はそのようなものは持っていません」

「……母親が娼婦で、父親が蒸発とは、ジェイムズも面白いやつを部下に置いておくものだ」

「……知ってましたか」

「あいつは、面白いやつだろう?時間があるときにあいつは手紙をよこすが、貴族にしては柔軟なやつよ」

 なぜ、自分がこの場に行かせられたのか。

 それは自分が貴族でなく、出世の野心があるわけではなく、それにいざとなれば俺に取り憑いている悪魔が護衛をするだろうという……ことだろう。

「さて、本題に入ろう。アルバート、ジェイムズの頼みならば断らないが……あいつは良くてもあいつの周りのものは信用ならない。我らを捕らえるために策を講じておるかもしれん。お前はそのための人質。三日三晩、この城で過ごし、お前の屋敷にいるものがどれほど信用に足るものなのか我を説得して見せよ。お前が信用足るものならば生かして返そう、しかし、信用足るものでないならば、お前を殺し、お前の皮を剥いで魔物に堕とそし、永遠に我の奴隷としよう」

 それが俺に課せられたミッション。

「……はい」

「気楽にな、アルバート。魔物に堕ちても可愛がってやるからな」

「……それは遠慮したいです」

「ふはっ、面白いやつだ。気に入ったぞ。ますます堕としたくなった。ジェイムズもいい部下を持ったものだな、それにお前が堕ちたら私の妻が嬉しそうだ」

「……妻?」

 今日から始まる三日三晩の外交。その火蓋は切って落とされた。

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