新たな仕事と波乱の幕開け

「旦那様、ご用件は」

 懲罰牢から出て、真っ先に呼ばれるのが旦那様がいる執務室とは。いつから俺はそんなに仕事漬けになったのか。

「アルバート、少々大きな仕事を頼みたい」

 懲罰牢にいたのは、自分の主人たるジャックと寒中水泳に行き、それはそれで楽しかったものの、ジャックが風邪を引き、俺の職務怠慢を罰したから。

 それは俺が悪いし、然るべきだ。

「一年後に双子の御披露目をする。それのための客を招待するのだが……」

 貴族というのはめんどくさいものだ。

 平民どころか貧民生まれの俺は自分の誕生日すらも分からないのに、貴族はこう誕生日を盛大に祝うと共に、家の権力を誇示するためにめいいっぱいの人を集めて交流会をするのだという。見せられたリストは膨大だった。まだ一年も先なのにこう依頼するのは、このリストの量ゆえだろう。

 世に言う「社交界」である。

 主人を見ると「こんな面倒なことはやめにしたいが」とは言っていた。

 この人は本当に貴族に向かない。

「貴族は、俺が集めるが、お前には裏の仕事として夜の招待客を集めて欲しい。ここは俺が集めることができない。汚れ仕事になってしまうが、お前に頼みたい」

「夜?」

 もう一枚、リストがあった。

 そこに書かれていたのは、魔族の家系図だった。

「リアヴァレトに出張して欲しい。周りから抑えて行くが、最終的には現在魔王である吸血鬼の一族の元に行って欲しい」

 東西南北にそれぞれ伯爵家があり、その中心にある公爵家。

「まぁ、あいつとは知り合いだが……」

「えっ、知り合い?」

 魔王と知り合いとはどういうことか。

「昔、こそっと留学してた時の同級だ。少々昔の魔術について……研究してた仲だった」

 どういうことなんだ。

「とりあえず、俺の話はいい。あいつは仮名を名乗っている。あいつと共にしていた研究の書物に出ていた名前だ」

 詳しく聞きたいとは思ったのだが、隣の国同士の公爵家同士、なにか知り合いたる理由があるのだろうか……と思って聞くのをやめた。

 別に戦争をしてるわけではないしな……。

「ゼウス、そうあいつは名乗っている」

「なんか聞いたことある」

「そうだな、神の名だという」

「英雄王を信仰するカポデリス信教より前の時代にあった異国の神話、……?」

 前に旦那様に見せてもらった資料にあった、ような気がする。チラッとしか見ていないが、なんとなく印象にあったのである。

 英雄王を信仰する宗教の名が「カポデリス信教」ということも、俺はこの時に初めて知った。それ程、俺は無知なのだが……。

 よく覚えてるな、と旦那様は前置きしてから話し始めた。

「世界がリセットする前にあった、らしい神話だ。あいつは、いや、……あいつの嫁がな、その神に似てるからな……あいつは面白半分に自称してるらしいぞ。そういう、分かる人にしか分からない事は、辞めたほうがいいと言ってるのだがな」

 俺は首をひねった。そこまでは知らないのである。俺が知ってるのはどんな神様だったか、それだけで。

「魔族は真名を名乗らない。真名を名乗る魔族がいたとしたら『いつ殺されても構わない』という狂った奴くらいだ。それ故にみんなそうなのだが……、もし真名を名乗るものがいたら注意しろ。そいつは普通じゃない、常に捨て身であるもの程、怖いものはない」

 その時は、その意味があまり理解できなかったが、魔族になった今なら分かる。

 真名を名乗る『俺』という魔族は、異端であるということを。死ぬことを恐れないものは、総じて狂っていて、総じて畏れるものだ。何をするのか分からないから。

 刑罰を恐れず、死を恐れないから。

「分かった。行く」

「よろしく頼む。危なかったらお前の悪魔が護ってくれるだろう」

「……保証は出来ないけど?」

「いや、護ってくれるさ」

 どんな確信を持っていうんだ、と俺は不思議に思った。旦那様はふう、とため息をついて机に膝をついた。

「悪魔とはそういうものだ」

 急に、その目が鋭く射抜くので動揺する。

「……そういうものなのか」

「そういうものだ」

「そうか」

 そう言われてはそうとしか言えない。

 もしかして、

「経験がおありで?」

「…………………………忘れたいのだがな」

 どうやら経験ありきのアドバイス、ということらしい。

「とにかく。君には重要な大仕事だ。準備をして向かうといい。……あったかくしていけよ」

 なんか、なんだろうな。

 と、その時の自分にはこの気持ちがなんなのか分からなかった。旦那様は自分の雇い主。ここで功績を残せなければ自分は貧民街の孤児に逆戻り。必死ではあった。

 成功させなければならない、それはプレッシャーであったはずだ。

 その時は、武者震いかなと思っていた。


 後からこれが、今までされたことがない親が子どもにする心配であることを、それが嬉しいということを、俺は後から知った。



 ◇◆◇◆◇◆



「ベル、……かぁ」

 アルバートが部屋を出た後、旦那様は一人呟いた。頬杖をついて、頭を掻き毟る。

「アルバート・ベル……」

 彼にこれを依頼した理由は、悪魔を従える彼しか出来ないことともう一つ理由があった。

『国王陛下崩御』

 数日後に新国王即位の儀式がある。そこにフェレッティ家はもちろん参加をする。貴族は全員参加しなければならない。

『アルベルト・カポデリス=ロートリンゲン・ベルンシュタイン国王陛下』

 あいつも、駆け上がってきたなぁ。と、その記事を読む。あいつは兄弟の中で下の身分だったような。だから遊びまくっていたような。なのに急に国王だと。何をしたらそんなことになるのか。昔から世渡り上手ではあったけれど。確かに前国王の一番のお気に入りであったけど。けれど、いきなり国王になるのか普通。……昔から波乱しか持ってこない男だった。

「アルバート・ベル」

 また呟いて頭を抱える。

 その名前は、その顔見知りが宮殿から出て遊びまくる時の偽名だった。王族というその大層な身分のくせに、政治よりも夜遊びが好きな腐れ縁の友人。

 若い時、何度あいつを街へ出て探したか。揉み消して無かったことにしたか。

 何度叱ったか。

『王族の私にこんなに説教をするのはお前くらいだ』

 なんて言うくらいに。

 また面倒な事案を持ってきた。タイミングが悪い。けれどフェレッティ家としては出席しないわけにはいかない。

「……アルベルトが力を引いた……か」

 これから波乱になるだろうな、今分かるのはそれだけだった。



「アルバートはもしかしたら……」

 と、旦那様はあり得そうでありえないあり得ることを考えて、深い溜息を吐いた。

 自分が知る悪友は、そういうことをする人だった。

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