秘密

「ハッピーバースデー、ゼーレ様!」

 僕はそう叫んでお酒を自分の主人に注いだ。そんなお祝いの席、そして今日は一年の一番最後の日。

「皆も今年はお疲れ様、ご苦労だった! 明日からはしばらく休みだ、帰って来るな!」

 この宴が終わったら帰省するものも多く、遠くに住んでいるものはすでに帰宅済み。使用人の数も半分から三分の一くらいだろうか。

 もちろん僕はここに住んでいるので、帰宅するところはないのだけど。

 どんちゃん騒ぎも暮れに暮れ、半分が寝静まった頃、僕は主人の部屋に向かう。

 誕生日だというのに、全く嬉しそうではなかった主人を。気持ちは分かる。僕も誕生日を祝われて嬉しい年はとうに過ぎているし、年を重ねたところで百から上はほとんど変わらない。

「僕、五百歳の時は何してたっけ……」

 実は、主人は自分の年の半分で、つまり自分は主人の二倍生きていることになる。主人が生まれた頃はこの城に仕え始めてすぐで、主人がまだ赤ん坊でお世話した覚えもあるのだが……、それを主人は知らない。覚えていない方がむしろ助かるというものだ。

「ゼーレ様、いらっしゃいますか?」

 というか、年齢がまさか二倍上だと思われたくはない。色々面倒だ。

「ロドルか、入れ」

「こんばんは。サンドイッチ食べますか?」

「……お前は俺の親か」

 親というよりも曽祖父以上も年齢が離れてます、とは言えない。

「僕が好きなんですよ」

「……もらおう」

 むしろ抱き抱えたことがあります、とも言えない。しばらく沈黙が続いた。なんとなく気まずいのだが、余計なことを考えているせいでうっかり口を滑らせそうだ。

「お前は、俺の爺さんを知ってるな?」

「えっ、あぁ、そうですけど……」

「お前って本当はいくつだ?」

「……えっ」

「まぁいい、言う気は無いな、一回拷問でもして吐かせたいくらいには気になるが、俺の年はゆうに超えてる……そうだな」

「あはっ……まぁええ」

「自白剤でも作らせようか、うんときついものを打てば話すか?」

「ゼーレ様よりは上ですよ」

「……そういえば、バトラーのアルバートが拷問の類には詳しかったな。今度お前にやらせようか」

「あっ、それは、それだけはやめてください、あいつの拷問結構エグいんですから!」

 ほぉ、と黙り込み見下ろされている。

「お前って、あのバトラーと知り合いか?」

 幼馴染で親友です、同郷です。

「……やっぱりやらせるかな」

「知り合いです! たまたま故郷が同じなだけで!」

「……お前って、割と話すのに謎なことが多いよな。バトラーのアルバートはなんであんなに拷問の類に詳しいんだ?」

「……えっとぉ、僕にはあんまり分からないです……」

「やっぱり自白剤と拷問をするか」

「なんか趣味だったみたいです……」

 主人はまたサンドイッチを口に放り込む。あんまりここに居たくないものだが、帰れの指示があるまで帰れない。それが使用人というものである。

「地下牢を最近綺麗に整えたんだ、あそこはあんまり使わないが、放り込むにはちょうどいい」

「まさか僕に!?」

「……まぁ落ち着け。ここ最近情勢が変わったからな、お前はよく知ってる。全部喋ったら解決するが、……まぁいい」

 ふうと一息吐いて主人は言う。

「ロドル、お前がここで全部言うなら苦労はしていない。お前は演技も嘘も上手だからな、ベラベラと喋るなら苦労はしない。今、言った言葉も、半分は本当で半分は嘘か誤魔化し、有益な情報ではない。理解している。だから、お前をキッチリ吐かせるためには……」

 ゆっくりと近づいて肩を掴まれる。ガシッと言う効果音が聞こえるくらいに。

「拷問でもして吐かせるしかない。アルバートの得意はペンチだったな、まずはそれからだな」

「ちょっとちょっと待ってください、待ってください! やだ、あのっ、本当に、やめてください、嘘じゃないですっ! 本当に僕はっ、嘘なんかついてない!」

「……白々しいんだよ……、それがな」

 嘘だと見抜かれている。確かに、嘘なのだが。

「まぁな、拷問したところで本当に吐くかというと吐かないだろうからな。お前は」

 この主人は僕の性格を十分理解している。そして、僕はそれを言えないことも事情も理解している。

 僕の事情は複雑だ。

 僕は、かつて自分の主人だった人の罪滅ぼしのためにここにいる。

「……まぁいい」

 渡されたサンドイッチは最後の一つだった。

「俺の爺さんはどんな人だったか?」

 聞かれた質問はそれだった。

「俺は爺さんの顔を覚えてない。俺が赤ん坊の時に誰かに殺された。……それは、お前だろう?」

「はい」

 今度は素直に答えた。

「なんで殺した?」

「それが、あなたのお爺様、つまりゼウス様が僕に与えた指名だったからです。……僕が雇われた理由だからです」

 恩人でした。とある組織に捨てられ崖から飛び降りた先の、行く当てのない僕の隠れ蓑。死んでから居た場所から逃げ出し、捕まり酷い目にあい、僕は死のうと思った。もう死ねない僕は、死ねるか分からなかったけど、それが救いだと思っていた。

「僕は、救ってくれた恩人をこの手で殺し、その罪滅ぼしのためにここにいます。そして僕は、貴方を殺さないために今も貴方に仕えるのです。僕は、いざとなれば、貴方を殺さねばならない。……僕はもう二度と」

 ゼウス様、あの時の僕には、その選択肢しか本当になかったのでしょうか。もっといい方法があったんじゃないですか。



「人を殺したくはないのです」



 仕方ないと殺してきた人数は、もうすぐ僕を地獄に叩き落す。それまで僕は、自分の意思では動けない操り人形だ。




Uoraduran ot ustuguk in neznak aw ukob aberan ōs ,ihs ōdustah ag nij-ōham ura in akanes on ukob abesorok irotihota ag ukob ,arihsabotih on ematonos aw ukob .Uri etihs ot uosoboroh o iakes ettakust o ukob ,aw oruk on iakes onok.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る