騎士として、親友として Ⅳ

「それで?」

 アルバートは目の前の侍女に聞いた。結構冷たいじゃないかとそういう意味も込めて、責めるように。ナンシーはそれ言うかとため息を吐いた。

「お坊ちゃんの為を思うなら、この話を聞かせるべきではない……アルバート君、分かっていますね?」

 様付けだったのが、いつの間にか君付けに変わっていた。

「旦那様とやらに俺は、初めて会うよ」

「無礼は承知です。いえ、旦那様たっての希望ですから、無礼はある程度なら許してくれましょう。お坊ちゃんの身の内はこの屋敷でも安全とは言えませんから、その点、貴方は好都合なのです」

 アルバートは思っていた。この人も苦労が多そうだなと。

「それで?」

 アルバートはさっきの敬語が嘘のように聞いていた。

「俺に何の用なの。俺はあいつと違って……、本当に何にもないんだよ」

 アルバートはナンシーの顔を恐る恐る見た。自分はただの孤児である。なんの力も身分も持たない。ナンシーはそれを見てにっこり笑った。

「何にもないか、は、私が決めるものではありません」

 ナンシーはドアを開けて、入るように促した。

「さぁ、お入りくださいまし。アルバート君」

 ドアの向こうには確かに一人の男が見えた。アルバートは会釈してその彼の前に腰をかけた。

「君が?」

 黙ってアルバートは頷く。

 アルバートには、その男がどのくらいの年なのか一目では分からなかった。若い男のようにも見えるが、二十歳には見えない。立ち振る舞いは老紳士のようにも見えるが、四十代には見えないのである。そうなれば中間の三十代という事になるが、三十代でも前半か、後半か判断はつかなかった。

 多分、身分と戦地での経験が、その独特の雰囲気を醸し出す要因となっているのかもしれない――、とアルバートは判断する。

「あんたが?」

「そうだ。私がジェイムズ・フェレッティ。公爵フェレッティ家の頭領……と言ってもこの身分は実は私の兄が継ぐはずだった。兄はここにはいない。兄は……、ここを出て行ったのだ。でも、その兄が、私をよく思っていないのは明白だ。おそらく、ジャック……、あの子を始めに攫ったのは……、兄であると思うから」

 最後はどもりどもりだった。

「どういうことだ?」

 アルバートは率直に聞いた。

「……感謝している。君には」

 ジェイムズはアルバートの問いに応えようとはせず、ナンシーにお茶を出すよう促した。出された紅茶にアルバートは首をかしげるが、ジェイムズは構わず啜っている。

「どういうことだ」

 アルバートは少し恐い顔をする。

「アルバート君、君に今働き手が無いのなら」

 アルバートはジェイムズの顔を覗き込む。

「ここで働いてくれないか」

「なんでだ?」

「……ジャック、あの子の『護衛』をして欲しい」

 アルバートはそれを聞いて目を見張った。護衛だって?

「ご、……えい?」

「賃金は出す。仕事として、あの子の側にいて欲しい」

「――ちょっと待てよ、なんで護衛が必要なんだ? 外に出て欲しく無いなら分かる。でも、護衛って家の中でもか!」

 アルバートの大声に、ジェイムズは頷いた。

「もちろん外も護衛が必要だ。私ぐらい屈強な戦士ならまだしも、あの子はまだ十四だ。剣の稽古はこれからする。それを抜きにしても、あの黒髪は目立つ。君も知っているね? 何度も攫われかけているということを。その度に君が助けてくれたというじゃないか。孤児でもそうだった、なら今、貴族として攫われたのなら――、犯人は何を要求する。金か? それとも違うものか? 私だって公爵だ。それ相当の『恨み』は買っている。それこそ見せしめに殺されることもあり得る。暗殺も警戒せねばならない。家の中もあの子には危険過ぎる。兄がもし、戻って来たとしたら……、彼を見て次は……、殺すかもしれない」

 アルバートはジェイムズの淡々としたその言葉を聞いていた。

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