騎士として、親友として Ⅱ
「見に行かないの?」
「行かない」
「僕は……、どんな顔なのか見たい」
「お前は絶対行っちゃダメだ。お前はダメだ」
アルバートは僕の手を掴んで引き留める。
「なんでだ?」
「なんでも。首が落ちる瞬間なんて見るもんじゃ無いだろ」
確かにそうだ。
「分かった」
僕が言うとアルバートは安心したようだった。
「お前に、あの事件を思い出せたくないんだ」
アルバートはジャックに聞こえないように呟いた。ジャックにそれは聞こえない。――聞こえないふりだったのか。
「それで、今日はどこ行くの?」
「俺の家。元お前の家だ」
アルバートは、昔僕が住んでいた家に住んでいる。ボロいアパートみたいな貸家。前は僕が住んでいて、僕がいなくなるからアルバートが続いて住むことになったのだ。
「買い物はしないのか?」
僕が聞く。しばらく歩きながら買い物をしていたのだが、何回かアルバートは僕の元から離れていた。
それを僕は遠目で見ていたのだが――。
「いや、もうしちゃったから今日はないよ」
「そうなんだ。あのさ、さっき、アルバの隣にいた男は誰なんだ? なんか真っ黒い服を着ていた――」
その時だった。アルバートはギクッと肩を震わせた。アルバートが妙に急かしていたわけ。それがこれだ。
「お坊ちゃん! ここで何をしているのです!?」
僕も驚いて振り向く。
「……ナ、ナンシー」
「チッ」
僕が彼女の名前を呼ぶと、アルバートの舌打ちが聞こえた。声をかけて馬車から降りてきたのは、フェレッティ家の使用人であり僕のお世話をしている彼女、ナンシー・アンヴィルだった。
「何って……うぐっ」
僕が言いかけるとアルバートが言葉を遮った。
「俺が連れ出しました。だから、ジャック様に非はありません。罰するなら俺を。雑用でもなんでもさせればいいです」
僕はアルバートが自分に『様付け』するのを気味悪く感じていた。今までだって敬語で話されたことはない。自分が貴族になっても変わらずに接してくれていた。なのに――。
「お前何を!」
「いいから。俺が悪いってことにすりゃいい。お前は俺に言われて脱走した、それでいいだろ」
抗議しようと思った。でも、アルバートは僕の言葉に耳を貸さない。
「こいつは何も悪くないのですから」
ちぐはぐでめちゃくちゃな敬語だった。
「貴方様は誰です?」
ナンシーがアルバートに聞いた。アルバートは真っ直ぐ彼女の目を見て答えた。照れるそぶりも見せずに。
「こいつの友達」
ナンシーは一つため息を吐いて、僕たちが思いもよらなかったことを告げた。僕は知らなかった。
彼だけが僕がいなかった間にしていたこと。
「貴方様がジャック様のご友人であらせられますか。では貴方には感謝せねばなりません。わたくしは旦那様からこんな伝言をいただいておりますゆえ、是非とも貴方を我が屋敷へご招待致しましょう」
アルバートも目を点にしている。僕だってそうだ。アルバートは何をしていた?
「ジャック様、お屋敷を抜け出した罪は後で聞きます。今は馬車にお乗りくださいまし。旦那様からお話があります」
僕とアルバートはお互いの顔を見合わせた。
「どういうこと?」
「お坊ちゃんの身に関することです。さぁ、早く」
僕たちは訳が分からないまま馬車に乗る。
ナンシー・アンヴィルという名の使用人は、僕のお世話を主にするメイドである。代々僕の家に仕え、後継の男の子の世話をするのが習わしらしい。僕がそれを知ったのは、彼女と初めて会った時だ。彼女は初めから僕を「お坊ちゃん」と呼んでいた。養子として僕が屋敷に来た日からそう呼んでいるのである。
「お坊ちゃんね」
「なんだよ」
僕はこの呼び方に慣れない。
「お坊ちゃん」
「やめろって」
まぁ、様付けされるのも未だに慣れないのだ。この先、どんなに偉い立場になっても、呼ばれるたびに背筋がウズウズする気がする。それほど慣れない。
アルバートが馬車から窓を見てため息をついた。
「俺とお前って別々の世界の住人になっちまったんだな」
僕は「そんなわけないだろ」と言いたかったが、僕はあのアルバートの台詞が耳に残っていた。様付けで、自分を敬称で呼ぶ親友の言葉ほど、心に突き刺さるものは無い。
僕は、親友の隣に立てなくなったのかもしれない。
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