騎士として、親友として Ⅰ
ヴァイオリンの稽古が終わった後だ。
「お坊ちゃん、次は歴史の勉強ですから、一時間ほど休憩していてくださいまし」
そう言って召使が部屋を出た。僕は楽譜と楽器をしまって窓の外を見る。そして周りを見渡し、窓から出て茂みに隠れた。
目の前には高い塀だ。
僕はそれをよじ登り、塀の外に出る。周りに誰もいないのを確認して、部屋から持ってきた帽子を被る。なるべく顔が見えないように深く。レ・カンパネラ通り、貴族街。カポデリス王国公爵家フェレッティ家の庭園の外。
いま、僕が立っているところだ。僕はまっすぐ進む。
一番街、二番街、三番街と、外に出ると、周りで歩いているものも僕が貴族の家から逃げてきたとは思わないだろう。
シメタ。四番街まで来ると足のスピードを落とし、そこで待っている親友の名前を叫んだ。
「アルバート!」
「お、ジャック。お前遅いぞ」
「ごめんごめん」
「服変えずに来たのか?」
「うん。ちょっと外出を許してくれなかったし、服買う余裕もなかったから」
僕が着ているのは質のいい綺麗な服だ。
ここらだとちょっと目立つかもしれない。一目で、服のテカリで良い服だとバレてしまう。
「お前、本当に貴族になったんだな」
アルバートが感心したような顔をする。
「いや、養子として召使いをしてるだけだよ。かえってやる事こと多くて手一杯さ」
仕事の合間に勉学。テーブルマナーに楽器、行儀作法、社会学……本当に色々だ。朝から晩まで休む暇もなく――、遊びに行く時間なんてない。
「だから、脱出した」
僕がそう言うと、アルバートはゲラゲラ笑い始めた。
「そりゃいいわ。もう慣れたの? ……可愛い子とか屋敷にいた?」
最後の質問は彼の本題だろう。
「慣れたし、いたよ。僕と同じ黒髪の子。僕、自分以外で黒髪の子を初めて見たよ」
「へぇ。見てみたいな」
「うん、可愛い」
僕は黒髪の人を自分以外で初めて見た。僕を鏡に映したような同じ年くらいの女の子。黒髪はかなり珍しいし、なかなかいないのだ。
「僕が仕えるようになった子なんだけど……、その子、部屋から出られないからずっと同じ部屋にいるんだ。僕はその子に紅茶持っていくのが仕事」
「なんで出られないんだ?」
「体弱いのかな? だから連れて来るのは難しいかも。屋敷の最上階だし、窓も閉め切ってカーテンも開けないんだ」
僕が言うとアルバートは残念そうな顔をした。
「でも、可愛いのか」
僕は素直に頷く。
「うん。あといい匂いする」
十四才の僕達の会話だ。
「どんな」
「えっと、お花系かな? というかちょっと恥ずかしいんだけど」
僕がそう言うとアルバートは脇腹を小突いた。
「お前、惚れた?」
「……そんなわけないだろ。だって僕は仕える方だぞ。惚れるとか……そんな」
ありえない。貴族に惚れてたまるか。僕は思う。僕は孤児だ。惚れてたまるものか。
「それより広場の方、ちょっと人混みになってるけど、何かあるのか?」
僕が話を切り返すとアルバートは顰めっ面になる。なんでそんな顔をするんだろう。僕は分からなかった。
「あぁ、今日は処刑みたいだぞ。断頭式だ」
「へぇ。珍しいな。公開処刑だなんて最近じゃなかなか無いだろ」
僕が聞くとアルバートは眉を顰めた。
「いや、お前が貴族の養子になってから公開処刑増えたぞ。今日は……、お前、何年か前に拉致られただろ。ほら、お前が酒飲めなくなった日だよ」
僕は首をかしげる。確かにあったけど何故それを聞く。
「その犯人捕まったんだよ」
「……そうなのか」
「あぁ。かなり手こずったけどやっとな。あいつ、お前の後も何人か攫ってたんだけど、一人、攫った子どもを殺しちゃったんだ」
アルバートはわなわなと肩を震わせた。
「やっとだよ。――本当にやっと」
アルバートは僕を見た。
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