金貨で売られた僕の人生

 金貨百枚。

 それが、僕を買ったご主人様が払ったお金だった。

 僕は、人攫いに捕まって競売や、市場で見世物のように売られたわけではなく、教会の孤児売りとして買われたのだ。

 当時のお金にしては破格の値段だった。どれくらい破格かというと、僕を売ったお金で、僕が生まれてから今まで過ごしていた教会は一年分の衣食住が全て賄えた。

 僕に払ったご主人様は僕を見て、僕を引き取れることを知って、僕に覆い被さるようにして泣いていた。

「やっと、見つけた」

 ――と、僕は彼の胸の中で聞いた。


 後で知ったことは、この御主人様は僕を血眼になって探していて、僕を買い戻すためならばどんな大金を払っても良かったのだろう――、そんな話だった。


 ◇◆◇◆◇


 ――僕が死んだ日は、マウォルス歴348年の4月5日。


 その、二年前の春。その日は、青く透き通るような晴れ晴れとした日だった。

「ガタッ、ガタッ……」

 僕は馬車の外をみて頬杖をつく。

 人身売買を商いとする者たちに何度も攫われ、実際に暴行を受けた身としては――。十四歳の時に貴族の養子になったと知らされた時に思ったこと。それは、自分はやっと人に「買われた」のだということだった。

 自分の知らないところで話が進み、着ている服のまま黒塗りの大層立派な馬車に乗せられた。頭の中にあるのは、これから先自分がどうなるのかということよりも、自分が誰かの所有物となり、自分の自由が本当になくなってしまった恐怖であり、今まで築き上げてきた周りの人との交友関係を遮断された疎外感だった。

 自分が、物の様に扱われることにも反吐が出た。

 馬車に無理やり押し込められ、嫌だ嫌だと首を振っても周りは僕を助けてはくれなかった。

 同時に考える事は、幼い時から人売りにとって、売れば高い値段がつくことは知っていたから、買われたことによって自分がどんな値段で売られたのか気になった。僕を売ったのは、僕が育てられ家族同然に思っていた教会の人達で、ある日訪ねてきた貴族に僕を売って欲しいと持ち掛けられたそうだ。

 初めはそんな売る気はないと拒んでいたが、僕を買う為に貴族が提示したお金で僕は売られた。

 どのくらいのお金かって?

 教会が一日三食食べられるくらいだから、かなりの額だよ。

 僕は大人しく馬車に座っていた。抵抗しても無駄なのだ。

 あっちはグルだ。

 僕は本当に売られたのだ。

 でも、「養子」になるということで、少なくとも奴隷やお飾りとして迎えられるわけではないことは分かっていた。奴隷なら屋敷に行っても働かなくてはならないし、大した扱いはされないだろう。お飾りとして、綺麗な服を着られたとしても、ずっと鎖に繋がれたままは嫌だ。

 その点、養子というのは、その家の子どもとして迎えられるということだろう。ご飯も用意してくれるだろうし、もしかしたら勉強も教えてくれるかもしれない。文字の書き方や読み方、本だって読めるようになるかも――。

 それはある種、絶望の中の希望だった。

 売られたことは忘れよう。誰だってお金がなければ生きてはいけない。

 それに見たか、あのアナの嬉しそうな顔を。またいつでも遊びにいていいからと言ってくれたし、僕が彼らを助けたんだ。

 今年はどうやら作物が不作のようで、疫病も万永している。食べ物がない貧しい人達から順に死に、体の弱い貴族にもそれが広がっているっていうじゃないか。あの教会は真っ先に潰れるところだったんだ。

 それが僕を売ったお金で足しになるならそれで良い。

「ジャック君。落ち着きましたか?」

 僕はその声に答えなかった。

 その代わり、馬車の窓を見る。

 僕が立ち入ったことのない、レ・カンパネラ街道の入り口に入る。豪華で華やかな通りだと僕は思う。

 僕はこの世界にこれから入るのだ。

「ジャック君、ここが我がお屋敷です」

「うわぁ……」

 僕は思わず馬車の窓に張り付いた。

 煌びやかな装飾のお店が立ち並ぶ貴族街にて、その中でもひときわ大きな貴族屋敷。周りの人はみな、豪華な装飾のドレスに身を包み、紳士は真っ黒なステッキを携える。庭には噴水が吹き、水が流れている。

 貴族多かりと言うけれど、ここまで大きく美しく豪華な屋敷はないだろう。中に入っていく馬車の中、この場に合わない安物の服を着た僕は、この光景に目を見開いた。

「すっごい、すっごいよ!」

 僕はテンションが上がってしまって、馬車の中で足をバタバタさせていた。お目付役と思われる侍女に睨まれているのも気づかずに、僕は窓の景色に見惚れていた。

「ジャック君。今日から貴方はここに住むのですよ」

 名家の中の名家。その言葉がそのままの意味をなす。

「本当に、本当にここに住んでもいいの!」

 僕は興奮して声を荒げる。

「ここに住んで、ここのご飯を食べてもいいの!?」

 侍女はその言葉に一瞬眉を顰める。

「そうです。貴方を養子として迎えるのです。貴方はそれに見あった召使いとしてここで働きなさい。その言葉遣いも直さなければなりませんね。しっかり稽古いたしますわ」

 綺麗な敬語。

 それがただ単に召使いとして稽古するつもりだったのか、はたまた違う意味なのかその時は分からなかった。

 ただ、その時は嬉しくて無邪気だった。

 その時なにを噂されているのかも知らずに――。

「――……あの子が……――」

「そうです。あの子こそがフィレッティ家の三男坊様ですよ」

「消えた跡継ぎ様か」

「今になって養子に迎えるなど」

「兄二人が危篤状態の今、慌てて連れ戻すなんてなぁ」

 そして、こうも言うものもいた。

「あの人も悪いお方だ」

「聞きました? あの子の噂」

「十四年前に消えた理由を」

「ある日、突然いなくなったというのはでっち上げ」

「実際に手離したのは実の両親なんですってねぇ」

 どういう意味でここに僕が立っていたのか、どういう意味でここに迎えられていたのか、どういう意味でここに今まで見捨てられていたのか。

 ――その時、僕は知らない。

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